19話 異形の魔王レヴィアタン
魔界の深い森――そこは、満月の夜だけ現れる、サタンが傲慢の力で創り出した楽園【パラディソ】だった。
天界の頂点に君臨する【唯一神】――ヤハウェのもとで、人間の愚かさに不満を持っていたルシファーは、己こそが唯一神であるという傲慢さを、何億年もの間抱き続けていた。そして、ついに神々に対して戦いを挑んだが、敗北した。自ら“愚かなる人”を滅ぼすため、傲慢の力をもって地上界に降りたのである。堕天使ルシファー、人々はその存在を【大魔王サタン】と呼んだ。
永遠に続く満月の光が巨大なリングを天へと伸ばし、魔王城の玉座には傲慢の王サタンが笑みを浮かべて座っている。
湖面には魔王城が映り、その姿は『月光湖』の中でいっそう幻想的な美しさを放っていた。
異形のレヴィアタンが安堵して謁見している。
(アメノミナカナ神の所在が判明しました)
(ウツシヨ王国で二つ目の魔窟の作成が完了しましたが、何者かによってすぐに破壊されました)
(神の力が使われたという報告です)
(今回生まれた神は、まだ16年しか経っていないとのことです。これまで送り込まれた神々の中でも、非常に幼い存在です)
(ウツシヨ王国は最果ての地にある小国です)
(アメノミナカナ神も未知の神で、神々の中でもその名を知る者はごくわずかとの報告です)
(直ちに先鋭部隊を編成して排除にあたります)
傲慢の魔王サタンは自ら問いかけることはほとんどなかった。
彼が話を聞いているのかどうか、周囲には分からない。
サタンは、そばにいる魔獣の姿と自らの美しさを『写し鏡』に映し比べて、ただ微笑んでいるだけだった。
(それでは、私も前線の維持に戻ります)
サタンは横を向いたまま、即座に(愚かなる)と考えた。
玉座の間の空気は一瞬で凍りつき、重い圧力が漂った。レヴィアタンも背筋が凍る思いだった。
レヴィアタンは震える脳で、すぐに違う提案を考えた。
(危険は少ないので、放置する判断にいたします)
圧力はさらに強まり、レヴィアタンは身動きできず、地にひれ伏していた。
(私が確実に仕留めてまいります)
その瞬間、圧力はふっと消えた。
(大魔王サタン様のお考え、承知しました)
天使たちに性別はない。美しさが力であり、同時に恐怖でもあった。そして、美しさと恐怖を持つ者を愛する――それが天使の本質であった。四魔王もまた、ルシファーを深く愛し、共に天界と戦った神々であった。
レヴィアタンはその場から逃げるように消えていった。
(恐ろしい。しかし、美しい方だ。あの方の寵愛が欲しい)
(なぜ、私自らなのだ。あの幼き神を恐れてる?)
(おもしろい、圧倒的な力の差でアメノミナカナ神を葬る)
(私の力を示そう、そして憎き、アザゼルへの寵愛を私に向けたい)
その唇は笑みを浮かべていた。
圧倒的な力の差でアメノミナカナ神を葬る。
もし大魔王サタンが警戒するその存在を排除できれば、
今度は自分こそが四魔王の頂点であることを証明できるはずだ。
かつて四魔王を束ねるアザゼルに受けた屈辱――
その借りを返し、今度こそ自らが頂点に立つ。
しかも、そのための“確実な策”もすでに手中にあった。
魔窟核の近くにいる魔獣が強くなる理由――
それは、魔窟核から発生するエネルギーが、距離が近いほど魔獣に吸収されやすく、同時に力を増幅させる特性があるからである。
天之御中主神――マコテルノが魔窟核の破壊に現れるという確かな情報を、レヴィアタンは手にしていた。
絶対的に有利な状況を用意し、そこで戦えば必ず勝てると確信している。
さらに、魔窟核の力を最大限に引き出すには、防衛役が一体だけのほうが好都合だ。
神ならば、最深部に巣くう“魔人”が何者か予知できるはず――
レヴィアタンは、強力な魔人を食らってその力を自分の糧とし、さらにその姿へと変化して、今は魔窟核を守っていた。
異形の魔王レヴィアタンは、心を躍らせ、舌なめずりをしながら、
魔人の姿で最深部の部屋に身を潜め、獲物が罠にかかるのをじっと待ち構えていた。
――
ウツシヨ王国は、マコテルノの提案を採用し、王都に出現した巨大な魔窟を一斉に壊滅させる方針を決定した。
そのため、地方の都市にいる冒険者たちも一時的に集結させ、総勢一万人という大編成で作戦に臨むこととなった。
全員が最深部まで進むわけではなく、それぞれのレベルに応じて魔窟内の魔物を抑え込む役割を担う。
最深部に近づくほど、魔窟核は危機を感じてあらゆる魔物を最深部へ集結させようとする性質があった。
そこで、五聖は速攻で最深部の魔窟核を破壊し、
他の一万人の冒険者は、周辺の魔物や魔獣たちの動きを一時的に足止めする役割を担う――
こうして、ウツシヨ王国最大規模の魔窟消滅作戦が、かつてない大規模さで実行された。
ラグナードは少し余裕を見せ、頭の後ろで手を組んでいる。
「ここまでは順調だな。これなら、魔窟核も大丈夫そうだ」
「テルノ、この最深部のボスは、ツカミ・ケタノスで間違いなさそうか?」
マコテルノは神の顔と神の声で答えた。
「今まで出てきた魔物や魔獣の傾向からすると、同じタイプだと思う。」
「ただし、今までは作りものだったが、今度は本物のツカミ・ケタノス鬼だ。」
「知能も高く、今までのものとは全く違う。僕たちの力を見て、かかってくる。」
「油断しなければ、僕たちの力があれば、勝てる。」
その言葉に、みんなも安心して自信を深めていた。
(私の“月光”があれば、魔獣でも鬼でも一撃よ)
(この盾さえあれば、僕も負ける気がしない)
フィーネも(テルノが言うから大丈夫。でもなんか不安。わたしが治す)と思考を巡らせていた。
そして五聖は、最深部の魔窟核の巨大な門の前に立った。
ほんの一瞬、沈黙が場を包む。
だが、ラグナードが大きく息を吸い、みんなの前で拳を突き上げた。
「ここまで来たんだ。絶対に勝とうぜ、みんな!」
メルカニアも、いつもの冷静な声を少しだけ柔らかくして続けた。
「まあ、負けるわけないけどね。でも、ここで全力を出さなきゃ後悔するわよ」
フィーネは、ぎゅっと自分の両手を握りしめ、みんなに微笑みかけた。
「私たちなら大丈夫。どんな困難でも、みんなでならきっと乗り越えられるよ」
ガルディアは無言でうなずき、鋭い目をさらに強く光らせ、盾を掲げた。(この国を救う)
その一瞬、彼らの心はひとつになり、これまでの訓練や苦労がすべて背中を押す力となった。
(僕たちならできる)
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