14話 ケーキ
装備を揃えた翌朝、カーテン越しの淡い陽射しが部屋を明るく照らしていた。
朝の静けさがまだ残る時間、マコテルノは皆に声をかけようとした――(魔物を狩りに行こう)と内心で思う。
だが、その時。
仲間たちは丸くなってひそひそ声で話し合っていた。
ラグナードが少し困ったように笑い、みんなを代表して切り出す。
「なあ、テルノ。俺たち、ちゃんと頑張ってるよな?」(え、俺が言うのかよ)
他の仲間たちもそれぞれうなずき、表情には少し疲れが見えるけれど、どこか前向きな光も宿っている。
窓辺にもたれたメルカニアが、やや強めの調子で言葉を続けた。
「未来を変えたいって気持ちは分かるけど、そんなに焦ったら絶対どこかで転ぶわよ。もう少し落ち着きなさいっての」(まったくまじめすぎ)
フィーネは優しく微笑みながら、やわらかな声でマコテルノを見つめる。
「無理しちゃだめだよ。少し休まないと、みんな倒れちゃうから……」(テルノも、ちょっと疲れてる顔してるよ)
そのみんなの瞳を見た時、マコテルノは強く心に問いかけた。
(アメノミナカナ様、僕も正直、けっこう大変です。少し休んでもいいでしょうか)
(僕だって未来は早く変えたいけど、毎日こんなふうに全力だと、やっぱりしんどいです)
天之御中主神の肉体には、“魔王を倒す”という強い使命感だけが、なおも消えずに残っていた。
また、マコテルノがふと気づくような直感も、それは天之御中主神の深層意識から来るものだった。
おそらくマコテルノは、その使命感に押し負けてしまっているのだろう。
(もう少し、みんなとゆっくりしてもいいのかもしれない)
そう願っているうちに、マコテルノの心は少し軽くなった。
みんなの顔を見て、自然と微笑みがこぼれる。
「そうだね、みんな、ありがとう。みんなに心配かけてごめん」(みんな言ってくれて助かった)
メルカニアが椅子の背にもたれ、涼しげな目でみんなを見渡す。
「じゃあ今日は何しようか。せっかく王都に来たんだし、少しは見学もしたいよね」(王都は華やかだからみたい)
ラグナードが身を乗り出して言う。
「やっぱり、かっこいい剣も欲しいしな。他の武器屋も見てみようぜ!」(装備は何本あっても困らないしな)
するとフィーネが、きっぱりと言い切る。
「そんなお金、どこにもありません」(ダメ。絶対ムリ!)
そう言いながら、マコテルノの方をじっと睨んでいる。
ふいにガルディアが、ぽつりとつぶやいた。
「……おいしいケーキが食べたい」(あまいもの……食べてみたい)
その一言に、みんなの顔がぱっと明るくなる。
「ケーキって、どんなのだろう?」「食べたことないよな」「すごく美味しいらしいよ」
――次々に好奇心が弾けていった。
メルカニアが立ち上がって言った。
「じゃあ、探しに行こうよ。テルノ、どこか美味しい店、わかる?」(テルノに任せれば大丈夫)
マコテルノは少し考えてから、小さく首を振った。
「……ごめん、まったく出てこない」(戦いのことならいくらでも分かるのに……)
魔物や戦闘に関する知識はすべて自然と湧いてくるのだが、それ以外の知識はまったく出てこない。
なぜか皆から「使えないやつ」という目で見られている。
メルカニアが男子たちを鋭く睨みつけて言う。
「壁を見て。今から着替えるから、少しでも見たら……殺すからね!」(ちょっとぐらいならいいかな)
装備を揃えたあと、普段着も買っていた。
今日は、女子たちはその新しい服を着たがっていたようだ。
そして五人は一つの部屋で過ごしている。
子どもの頃からの付き合いだから、みんなそのほうが落ち着くのだった。
男子たちは言われるままに壁を見ていた。
マコテルノは背筋を伸ばして、静かに壁を見つめていた。その姿にはどこか神々しさがある。漆黒の髪、強い意志が宿る黒い瞳。顔立ちは整いすぎるほど整っていて、まさに“神の顔”だった。ただし、表情だけはまったく動かない。心の中ではちゃんと喜怒哀楽があるのに、外からは全く分からないのだ。
マコテルノは、異性に少しずつ興味が出てきたころ、自分の顔をじっくり鏡で見て驚いたことがある。(やった、これっていわゆる“ハーレム転生”じゃないか?)と、一度は心の中で思った。けれど実際は、顔が整いすぎて“神”のように見られ、表情がなくて、気味が悪いと言われていた。
ガルディアもまじめなので、言われた通りきっちり壁を向いている。(メルカニアに怒られたくないし、フィーネも……見れない)
だけど、ラグナードはいつもそわそわしていた。(少しだけでも見たい……でも、見たら絶対メルに怒鳴られる……)
それでもメルカニアに嫌われるのが怖くて、結局は大人しくしている。
「着替えたよ」とメルカニアの声がした瞬間、全員がいっせいに振り返った。
メルカニアは、水色のゆったりしたズボンに白いシャツ。背が高くて、シルクのように輝く青い髪を後ろでまとめている。銀色の目は落ち着いていて、顔立ちはきりっと整っている。どこか大人っぽい雰囲気で、完璧なプロポーションをしていた。
フィーネは、淡いピンクのカーディガンと白いワンピース。小柄な体にふわりとした服がよく似合い、おだんごにまとめた薄い金髪、空色の瞳がきらきら輝いている。春の光の中に現れた天使である。
メルカニアが男子たちを見て、ちょっと得意げに言う。
「どう、似合ってる?」
フィーネは少し下を向いて、もじもじと恥ずかしそうにしている。
マコテルノは、(好感度を上げたい……!)と頑張って言っている。
「メルはやっぱり美人で綺麗だと思う。フィーは本当に可愛いよね」
ラグナードは顔を少し赤くしながら、照れ隠しで言う。
「べ、別に……普通だろ」
ガルディアはフィーネの方を見ようとして、でも直視できずに下を向いてしまった。(……可愛すぎる)
心の中でそう思いながら、そっと視線を落としていた。
メルカニアが、どこか残念そうな口調で言った。
「テルノはいつも褒めてくれるけど、その表情のない顔と透き通るような声、ほんと損してるよね」
フィーネが、少しかばうように言葉を添える。
「マコテルノも頑張って気持ちを伝えてるんだから、いいと思うよ。
神様の体に入っちゃったんだから、仕方ないよね」
あまりフォローになっていない気もするが、マコテルノは苦笑いするしかなかった――もっとも、顔にはまったく出ていないのだが。
(あ~、この体では結婚とか無理だな。やっぱり元の世界に戻ろう……)
そう、マコテルノは心の奥で強く決意していた。
実はこの“神の体”には、男性としては致命的な【下半身にあるものがなかった】のだ。
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