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12話 タイグルサル・セルペンス・ヌエ 3

ガルディアもその横に静かに加わる。三人が並ぶその姿は、まるで――動かぬ意思が“壁”となって現れたかのようだった。


「お前が、俺たちに勝てるか」


言葉こそ発せられないが、その沈黙の圧力は、確かにそう問いかけていた。


もっとも、ガルディアは穏やかな笑みを浮かべていたため、睨んでいるようには見えなかったが――。


次の瞬間、魔獣が咆哮を上げる。


「がおおおおおっ!」


その咆哮を断ち切るように、メルカニアが小さく呟いた。


「……月光げっこう


その言葉と同時に、ラグナードが回収していた黒石を一斉に投げ放つ。


ガルディアもまた、肩に担いだ黒巨石を全力で投じた。


怒濤の一撃が、魔獣を容赦なく貫いた。


顔面には無数の穴が穿たれ、脚は粉砕され、胴は――


音もなく、真っ二つに鋭利な刃物で切られたように切れていた。


絶叫を上げる間もなく、魔獣はその巨体を地に伏せた。


すべてが終わったかのように――


ただ、静かに、横たわっていた。


メルカニアが、ため息まじりにラグナードを見やる。


その口元には、呆れと皮肉がにじんでいた。


「私の“月光”で、いつでも倒せるのに。……そんな傷だらけになって戦うなんて、ほんとバカじゃないの?」


ラグナードはそっぽを向いたまま、肩をすくめて返す。


「ふん。一人でも、指先ひとつで殺せるんだよ」


その言葉に、隣のガルディアが真剣な顔で頷きながら、静かに口を開いた。


「……いや、指先ひとつでは無理だと思う」


その言葉に、どこか微笑ましい緩みが走る。


そこへ、フィーネが柔らかな笑みをたたえて近づいてきた。


「みんな……治そうか?」


すると、ラグナードが軽く笑って答える。


「いや、大丈夫。汚れただけだ。綺麗にしてくれればいい」


フィーネは頷き、優しく手をかざして魔法を放った。


彼らの体は清められ、破れた衣も元どおりに修復されていった。


マコテルノは、静かに立ち尽くしながら、仲間たちの戦いを見つめていた。


胸の奥で、何かが熱くたぎるのを感じていた。


――みんな、本当に強くなってる。


冷静で、勇敢で、そして決して折れない心を持っている。


それぞれが己の役割を理解し、恐れを飲み込み、ただ前へと進んでいる。


「このままみんなで進めば……魔王を倒せるかもしれない」


そんな希望が、ふと胸をよぎる。


だが――傲慢の魔王サタンは、あまりにも強大だった。


そして、“四魔王”たちにも、今のままでは勝てない。


もっと鍛えなければ無理だと、マコテルノは心を鬼にしていた。


今回、ラグナードとガルディアが使った“黒石”の技は、


かつて秘境の村の洞窟で、子どものように夢中になって磨いたものだった。


だからこそ、ふたりはそれを自然に、そして自在に使いこなしていたのだ。


戦いの華は、たしかに三人に咲いたように見えたかもしれない。


だが、今回の戦いの要となったのは、他でもない――フィーネだった。


彼女の弱体抵抗がなければ、結果はまったく違っていただろう。


そして何よりも――


たとえ相手が魔物であっても、フィーネは決して自ら攻撃しようとはしなかった。


その心は、誰よりも優しく、そして誰よりも強い。


マコテルノが少し大人びた口調をするのは、アメノミナカナ神社の神主であり、


厳格で厳しい父・神来かみき 秀和ひでかずの口癖が影響している。


「礼節をもって常に人には接しなさい」


そう、彼は繰り返し言い聞かせていた。


また、秘境の村全体も、そうした穏やかな空気に包まれていた。


子供が良いことをすれば、誰もが自然と頭を撫で、優しく褒めてくれた。


悪いことをすれば叱られたが、少々の悪さ程度なら、「俺も昔はよくやったものだ」と笑って済まされることが多かった。


ただし――人を傷つけたり、他人を害するようなことをすれば、厳しく叱られた。


決まりごとなどはほとんどなく、自然と共に暮らす、穏やかでゆるやかな村だった。


マコテルノは、みんなに優しく微笑みかけた。


「お疲れ。みんなの強さには、僕もびっくりした。……お腹、空いてない?」


ラグナードが少し不思議そうな顔で答える。


「腹は減ったが……街に帰るしかないだろ?」


マコテルノは魔獣の方を指さしながら、まるで当たり前のように言った。


「もったいないから、あれを食べてしまおう」


またしても、皆から変な目で見られてしまった。


だが、フィーネだけは、マコテルノの言葉を信じていたようだ。


「魔物って、普通に食べられるんだ。


もちろん、そのままだと毒が強いからダメだけど……聖属性で毒を完全に浄化すれば、おいしくなる。


昨日、僕たちが行った食堂でも魔物の肉や素材が使われてて、みんなおいしいって言ってたよ」


フィーネも含めて、他の仲間たちも、改めて驚いているようだった。


料理を運んできていた店員は、彼らを恐れるような表情を浮かべ、


料理の説明をすることもなく、足早に立ち去っていった。


「口で言うより、食べてみたほうが早いと思う」


マコテルノは、適当な大きさの肉片を見つけると、それを指さして言った。


「フィー。聖属性で、あれから毒素を取り除いて」


「メルは、炎で肉を焼いて。しっかり火を通して。でも、焦がしすぎないように気をつけてね」


ほどなくして、洞窟中に香ばしい匂いが広がっていった。


一口食べると、もう皆の手は止まらなかった。


「これ……なんだ、うますぎるぞ。なんか力も湧いてきそうだ!」


実際、強い魔物であるほど、その体は美味となる傾向があり、


さらに含まれる魔力や生命力も強いため、食べた者の身体にエネルギーとして蓄積されるのだ。


さすがに、この巨大な魔獣をすべて食べ尽くすことはできなかったが、それでも半分近くを平らげてしまった。


ガルディアが、満腹そうな顔でつぶやいた。


「……もう、僕は食べられない。でも、なんか元気になった。まだ、戦えそうだ」


その言葉に、皆も満足そうに頷いていた。


ゴブリンのような弱い魔物は、魔核しか残さない。


食材や素材にできるのは、ある程度強い魔物でなければ、実体が残らなかった。


そして、「魔獣」と呼ばれる魔物の毒性を除去できる聖魔法の使い手は、ほとんど存在しない。


マコテルノが申し訳なさそうな顔をしている。


「今日は力を測るために強い敵を選んだけど、しばらくはお金稼ぎだ。いい装備が必要だからね」


そう、みんなは、まだ秘境の村から出てきたときの古ぼけた服を着ているだけだった。


【補足】

この世界では、人間の生命力はまだ強く、自然治癒能力も高かった。


ただし、回復魔法で回復してしまうと、その本来の自然治癒効果は得られず、


また、あまりに頻繁に回復を使いすぎると、自然治癒能力が下がり、


他の能力までも低下することがあった。


回復魔法は、決して万能ではなかったのである。

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