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11話 タイグルサル・セルペンス・ヌエ 2

マコテルノは、(ラグナードの剣が折れぬよう対処するつもりだった)が、ラグナードはすでに敵へと向かって駆け出していた。(必要ない)と、心中で強く言い切り、そのまま動いた。


そのとき、メルカニアが斬り落としたはずの魔獣の尾は、すでに再生していた。


そして魔獣は、彼らを完全なる敵と認識し、容赦ない殺意をもって襲いかかってくる。


疾風のごとく駆けるラグナードだったが、黒蛇の機動力はそれを上回っていた。


彼の身にはいくつもの傷が刻まれていたにもかかわらず、その顔には一片の怯えもない。


むしろ、(やれる――!)と炎のように燃え立つ闘志と、挑む者の笑みが浮かんでいた。


一瞬、ラグナードの動きが止まる。洞窟を満たす静寂に水滴が落ちる音がした。


その一拍の間を逃さず、魔獣は狙いすましたかのように、巨体の勢いをそのままに、右足を振り下ろして踏みつぶそうとしてきた。


だが――(誘いに乗ったな)とラグナードは、相手を誘っていた。


踏みつけられる寸前、彼は軽やかに横へと身を転がし、その巨足の下を瞬時にすり抜けていた。


洞窟全体に響きわたる地響きと同時に、「グワァアアア!」と魔物の絶叫が洞窟に響き渡った。


黒石の棒が魔獣の1mもある右足を貫いていた。


ラグナードは、この洞窟に入る途中、(剣の代わりになる石を用意しておいた)と心中で確認しつつ、数本の細長い石を拾い集めていた。


それらは背中の大きなバッグの中に収められていたが、刃を持たず、ただ硬く、重く、長さ一メートルほどの黒い石の棒にすぎなかった。


この魔窟に転がる石は、あの秘境の村の洞窟と同じく、極めて硬質で、重く、容易には破壊できない黒石であった。


ラグナードは、その一瞬の隙を逃さず、魔獣の右足を伝って登り、激痛をこらえながらも、


魔獣の体の背面――黒蛇の付け根付近に(どう料理してやろうか)と笑みを浮かべて立っていた。


黒蛇の尾が唸りを上げて、猛然とラグナードを噛み殺そうと迫る。


だが彼は、その動きを見極め、(こいよ……)と素早く身を逸らした。


魔獣は自らの背を深く貫いてしまい、またも断末魔の悲鳴を上げた。


ラグナードは、高速で前後へと動くことで、敵の狙いの深さを絶妙に狂わせていたのだ。


次の瞬間、魔獣は体ごとラグナードを潰そうと、背中を大きく倒してきた。


だが、その巨躯が沈む直前、ラグナードの姿はすでに魔獣の頭部近くまで移動していた。


そして今、魔獣の背中には黒石の棒が二本、深々と突き立っている。


相手の力を見極め、それを逆手に取って撃ち倒す――(これが俺の戦い方だ)と心で呟く。


魔獣は、蛇の尾で頭上のラグナードを薙ぎ払おうとした――だが、その動きを途中で止めた。


この魔物には、ある程度の知性があった。


先ほどと同じように攻撃すれば、また自らの体を傷つけることになると、理解していたのだ。


次の瞬間、魔獣は激しい痛みに耐えながら大きく跳ね起き、立ち上がった。


その頭のてっぺんには、ラグナードがなおも立ったまま、鋭く魔物の目を上から睨みつけている。


(俺の女に傷をつけるとは、八つ裂きにしてやる――!)と心中で激しい決意を燃やす。


ラグナードの一方的な片思いであったが、その想いは片思いゆえにさらに強かった。


魔獣の右腕が、ラグナードを掴み取ろうと勢いよく伸びてくる。


ラグナードは即座に、あらかじめ用意していた長い黒石の棒を手にし、そのまま魔獣の頭部を強く蹴りつけながら、棒を突き刺した。


その棒は、超高回転で回転しながら、さらに細かく振動していた。(ヴィン!)と石が唸るほどに。


その力は魔獣の分厚い手のひらをも容易く貫いた――


だが同時に、ラグナードの体はその巨大な手に捕らえられていた。


(ヴィン!)と回る音は強さを増している。


フィーネは心配そうにマコテルノを見ていた。(無事でいて……)と心中で祈る。


メルカニアも、(なんて無茶な戦い方を……)と顔をしかめていた。


だが、次の瞬間、魔獣の手がこっぱみじんに砕け散った。


ラグナードは、手のひらほどもある黒石を何十個も拾い集め、背中のバッグに忍ばせていた。


彼は自らの体を高速で回転させ、その動きと同調するように、


黒石にも微細な振動と渦を巻くような回転を加えていた。


そのうえで、全身の回転の勢いを乗せて――


黒石を、魔獣の手に向けて次々と投げつけていった。


「ビシッ!バシッ!」と石の貫通音が洞窟に連なる。


だがその間も、魔獣の鋭い爪は容赦なくラグナードの体を傷つけていた。


それでも、(止まるな――)と、彼は決して動きを止めようとはしなかった。


しかし、またもや魔獣の左手が迫る――。


そして、次の瞬間、


その左手もまた、爆裂した。


「ドゴォン!」と空気が震える。


背中のバッグには、まだ黒石が十分に残っていた。


魔獣の両腕からは肉片があたりに飛び散っていた。


その中で、ラグナードは顔を上げ、魔獣の瞳を真正面から睨み上げていた。


(――お前に、俺が倒せるか?)


言葉にはしない問いが、眼差しを通してぶつけられる。


魔獣は、わずかに身を引いた。怯えの色を滲ませながら、ラグナードを見据える。


もはや攻撃するそぶりさえ見せない。


これ以上動けば自分が傷つく――それくらいは、つたない知恵で理解しているようだった。


そして、次の瞬間――


ラグナードは、まるで瞬間移動したかのように、マコテルノのもとへと戻っていた。


満身創痍の姿ながら、彼はいつものように薄く笑い、


(……大したことねえな)と虚勢を張るように心中で呟く。


そして、メルカニアの方を見たが、(やばい、かなり怒ってる……)と感じ、横を向かれてしまった。


(魔獣との戦いよりも、こっちの方がダメージでかい……)と内心で苦笑する。


足元が崩れそうになったが、(かっこ悪いところは見せられない)と、なんとか踏みとどまっていた。


その姿を見ていたガルディアの中に、静かに、しかし確かに闘志が沸き上がっていた。(今度は俺の番だ――)


次の瞬間、彼は何の躊躇もなく、魔獣に向かって体ひとつで突撃していった。


しかし――魔獣の両手は、すでに回復していた。


右も、左も。だがその巨体には、はっきりと疲労の色が滲んでいた。


回復に、相応の力を消耗したのだろう。


そんな魔獣に向かって、ガルディアが突進する。


彼の肩には、この洞窟のあちこちに転がっている黒く巨大な石塊が担がれていた。


それはまるで、神殿の礎に使われる岩のごとく重く、硬質だった。


魔獣も、警戒している。だが――相手は明らかに自分より小さな人間。


その油断に怒りが混じった。


「がおおおおおッ!!」


雄叫びとともに、魔獣は天井に届かんばかりに跳び上がると、


上空から右の拳を振り下ろし、ガルディアを叩き潰そうと襲いかかった。


(来い――!)


次の瞬間――


巨獣の拳と、ガルディアが担ぐ黒い巨石が激突した。


洞窟全体が震えるほどの轟音が鳴り響く。


衝撃の熱で、黒巨石と魔獣の拳が激突した部分が赤くなっている。


だが――


ガルディアは踏みとどまっていた。


肩に激しい痛みを覚えながらも、全身に走る衝撃に耐え、足を踏みしめて耐えきった。


そして――


(力の抜き……ここだ)


彼はあえて、わずかに体を横へと崩す。


その一瞬の“力の抜き”が、魔獣の体勢を崩させた。


バランスを崩した魔獣は、そのまま――


重たい音とともに、腹ばいに倒れ込んだ。


(今だ――)


その瞬間を見逃さず、ガルディアは肩の黒石を力強く振りかぶる。


そして――


魔獣の黒蛇の尾の付け根めがけて、渾身の力で黒石を投げつけた。


「メリメリッ」という不快な音とともに、石は肉を裂き、深く食い込んでいく。


怒りに駆られた黒蛇の尾が、反射的に振り上がり、ガルディアを噛み殺そうと襲いかかる。


だが、彼はそれを片手で受け止め、噛まれたまま振り回した。(効かない――)黒蛇の牙は、鋼のように鍛えられた肉体に砕かれていた。


痛みは全身を駆け巡ったが――(慣れてる……まだ動ける)


そして次の瞬間。


黒石を右手でつまむように持ち上げると、ガルディアはそのまま、何度も、何度も――


黒蛇の尾の根元を叩き続けた。


やがて、黒蛇の尾は、静かに動かなくなっていた。


ガルディアは、肩に担いだ黒石を軽く持ち直し、数歩、後ろへと下がる。


そこには、すでにメルカニアとラグナードが並び立ち、鋭い眼差しで魔獣を睨みつけていた。

おもしろいと感じた方は、「亀の甲より年の功」をクリックして、他の作品もぜひご覧ください。まったく異なるジャンルの物語を書いています。

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