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10話 タイグルサル・セルペンス・ヌエ

今、マコテルノたちは、その魔窟の地下深く――ひときわ大きな空洞の入り口に立っていた。


ここは、討伐依頼が出されていた魔獣が、ひそかに気配を潜めている場所。


やがて、マコテルノたちが中へ足を踏み入れると――


洞窟の中央には、「この場所は俺の縄張りだ」と言わんばかりに、


堂々とアグラをかいて座る一匹の魔獣の姿があった。


「ぬえ~、ぬえ~」という不気味な響きが、洞窟の魔獣の体から発せられ洞窟から何度も木霊する。


この音は強力な弱体化と精神異常を洞窟全体にいる者に徐々にもたらす極めて厄介な音魔法であった。


だが、マコテルノの頼みで、フィーネが仲間たち全員に耐毒性と無効化の加護を施していたため、その音の影響は抑えられるはずだった。


《タイグルサル・セルペンス・ヌエ》であった。


威圧を放つ虎の顔に、猿のようなしなやかな筋肉、


そして尾からは黒い毒蛇が高速に動き、毒をばらまくという、合成魔物であった。


力、素早さ、弱体化――


そして銀色に覆われた毛は高い魔法耐性と防御力を持っているという、極めて強力な魔物。


それは、魔物の域を超えた魔獣であった。


体長は優に十メートルを超えていた。


いざ戦闘が始まると、その強さは想像をはるかに超えていた。


メルカニアが距離を取り(分身)と内心で唱え、分身で撹乱しながら連続で魔法攻撃を浴びせる――


だが魔獣の黒蛇の動きは速すぎて、分身も次々に霧散していく。


隙を見つけ、強力な雷撃、竜巻、氷結などの魔法を(雷撃)(竜巻)(氷結)と内心で詠唱し放っていたが、魔獣の動きは鈍らない。


魔法耐性の強い体に弾かれてしまっている。


逆に、メルカニアの髪は黒く焦げ、体をかすめた黒蛇の牙で肉が削そがれている。


(クッ……!)


メルカニアは、己の魔法が通じぬ現実と痛みに、唇を噛みしめる。


(……怖い? いや――この感覚は、高揚だ)


その胸の奥にあるのは、不安でも絶望でもなく、“挑戦”への歓喜だった。


次の瞬間、メルカニアは素早く風魔法を操り、疾風のように魔獣の眼前へと現れる。


続けて、彼女の手から灼熱の業火が(最大火力の炎)と内心で魔力を込めて放たれ、魔獣の顔面に叩き込まれる。


だが魔獣はそれをものともせず受け止め、逆に鋭い牙でメルカニアに噛みついてきた。


メルカニアは咄嗟に身をかわしたが、腹に傷を負ってしまった。


彼女はすぐさま(氷結防御)と無意識に発動し、血を凍らせ止血した。


また、(分身)と小さく内心で呟く。


魔獣の周囲には、幾人ものメルカニアが現れ、それぞれが別々の動きを見せている。


だが、分身たちは魔獣の超高速の動きによって、あっけなく消されていった。


その一瞬の隙を突き、(氷の槍)と内心で詠唱し、魔獣の眼球を貫かんと迫るが、


それも銀色の剛毛の手で素早くはじかれる。


そして、メルカニアの背後には鋭い黒蛇の頭が静かに忍び寄っていた。


メルカニアが防御のためにはった厚い氷の壁を、


そのまま突き抜けて、魔物の牙がメルカニアの太ももに深く突き刺さる。


メルカニアの無意識の(氷結防御)が太ももに発動し、かみ砕かれることは避けていた。


だが、メルカニアの瞳は逆に強く輝いていた。


強敵との戦いが、彼女の中の高揚感を呼び覚ましていたのだ。


魔法使いは、たとえ手足を失っても、意志の力が勝っていれば魔法で戦い続けることができる。


フィーネは心配そうにマコテルノの方を見て(回復した方がいいんじゃ……)と内心で思う。


マコテルノは凛とした姿勢のまま戦いの行方を見つめ、わずかに微笑んでいた。


彼には、メルカニアの意志の強さが増していることが、はっきりと読み取れていた。


しかし、ラグナードはその戦いを、悔しそうな顔で見つめていた。


今にも飛び出したい気持ちを、必死に抑えているようだった。


(メル、無理をするな。早く戻ってこい。あとは、俺に任せろ――)


ガルディアも拳を強く握りしめ、魔獣の動きを一瞬たりとも逃さぬように、じっと凝視していた。


(いつでも守る。絶対に見逃さない――)


どちらも、メルカニアの意志を弱めないために言葉には出さず、


それぞれが胸の奥で仲間への想いを強く抱いていた。


――そして、皆は無謀にもこの魔獣と順番に戦うと言い出していた。


しかも、なんと、自分たちの力を試したいと、じゃんけんで順番を決めていたのだ。


メルカニアが一番くじを引くと、(楽しい……)と内心で感じながら飛び出していった。


しかし、魔法耐性が強いこの相手には、最も相性が悪かった。


マコテルノは、(お前が戦うと楽しくなくなるから)と皆に言われて、(……そうか)と心中で思い、しょんぼりしていた。


虎のような威厳をたたえた魔獣の顔が、挑発するように不気味な笑みを浮かべている。


風の魔法をまとい、一気に距離を取ろうとしたメルカニアは、(閃光)と内心で詠唱する。


魔獣はすでに巨体をかがめ、跳躍の体勢に入っていた。


魔獣の顔面に閃光が放たれると、一瞬だけ、メルカニアの姿を見失った。


(重力)とメルカニアが内心で詠唱すると、魔獣の動きが一瞬鈍る。


しかし、それでも魔獣は力任せに跳び上がろうとする。


(爆砂波!)と重ねて心で詠唱すると、


洞窟全体が震え、魔獣の半身が石像のように固まった。


強い粘着性を持つ、メルカニアの必殺技であった。


魔法の砂が魔獣の全身を包み込み、動きを封じたかに思われたが、


魔獣は、全身を大きくそらせて、両腕を大きく広げ雄叫びを上げる。


「ガオオオオオ!」――その咆哮に洞窟が震えた。


メルカニアの強力な魔法による捕縛までもが、消滅してしまった。


悔しそうな顔をしながらも、(氷)と内心で唱えると、魔獣の頭上に巨大な氷塊が現れ、容赦なく降り落ちる。


魔獣は両腕で氷塊を支え、(重力)と重ねて詠唱しても、ついには氷塊を豪腕で粉砕してしまった。


魔獣はメルカニアを睨みつけ、余裕の笑みを浮かべている。


メルカニアの呼吸は荒いが、まだ諦める気配はなかった。


(強いね)と相手に敬意を払い、そのまま地面に降りた。


メルカニアの周囲の空気が歪む。そこに、


強力な黒蛇の頭が彼女をかみ砕こうとうねりながら襲ってくる。


メルカニアは天を見上げ、(月光)と心中で叫び、全魔力を解放する。


彼女の意志は(切り裂け)と鋭く集中し、円盤の魔力が一点に集まっていく。


満月が洞窟の天井を焦がさんばかりの輝きを放ち、黄金の巨大な円盤がメルカニアの頭上に現れる。


その美しい黄色い円盤は砕け散り、魔獣の方へと鋭く進んでいく。


魔獣の目は虚ろとなり、無意識に両腕で必死に体を庇おうとしたが、


鋭利なガラス片のような光はひとつにまとまり、鋭い円月刀となっていた。


――次の瞬間、円月刀は黒蛇の尾を鋭く断ち切ると、淡い光の残滓を残して静かに消え去った。


鋭利に切り裂かれた尾から、紫色の毒が空気中に広がる。


魔獣は痛みに苦しみ、凶暴な叫び声を上げている。


マコテルノは(あれが“月光”か……。本当に、一撃で決めた……)と内心で息を呑む。


周囲の仲間たちも呆然とするしかなかった。


だが――魔獣はまだ立っている。さらに凶悪な気配を膨らませて。


(まだ終わっていない。……注意して!)とマコテルノは強い意志で警告する。


緊張と絶望の気配が、洞窟全体に充満していく――。


メルカニアは、風魔法を使い皆のもとへ戻って来ていた。


そして、悔しそうな顔をしながら(少し油断した。次は負けない)と心で誓う。


ラグナードは、マコテルノの制止も聞かず、魔獣へと向かっていった。


(仲間の仇を討つ。愛する者の体を傷つけられた怒りを、その身でぶつける――)と心で決意を固めながら。


……


《タイグルサル・セルペンス・ヌエ》

その魔獣は、ほかのどんな魔物とも比べものにならない異質さをまとっていた。


体長は優に十メートルを超え、虎のような面構えは威圧感に満ちている。紅に染まった瞳には、どこか狂気めいた光が宿る。


猿を思わせる体つきは銀色の剛毛に覆われ、その下にはしなやかで屈強な筋肉が走っていた。跳躍ひとつで何百メートルも飛び、気配すら残さず背後に現れる。


腕はぶ厚く、虎そのものの鋭い爪は鋼鉄すらもたやすく引き裂く。


その動きは、まるで自然の理を超えているかのようだった。


さらに、尻からは黒蛇の尾が伸び、意思を持ったようにしなやかに揺れている。


突然の奇襲、締めつけ、そして毒――その尾だけで、何十人もの命を一瞬で奪えるのだ。


そして最も厄介なのは、体全体から響く「ぬえ~、ぬえ~」という異様な響き。


その音は強い弱体化の力を含み、長く聞けば心が揺さぶられ、やがて敵も味方も区別がつかなくなってしまう――極めて危険な魔獣だった。


魔窟の中にはボス部屋のようなものはないが、地下に深く伸び、かつ横に広く広がり、それぞれの魔物が生成されるように湧いてきていた。


そしてその部屋の魔物が限界を超えると、地上に溢れ出す。そのために冒険者たちは各部屋の魔物を減らす役目を負わされていた。


かつては幾度となく、魔窟の奥深くから魔物が溢れ出し、王都に甚大な被害をもたらした。その教訓から、今では巨大な城壁が築かれ、人々の暮らしが守られている。


冒険者の数が増え、ひとまずは落ち着いた日常が戻りつつあるとはいえ――この魔窟の魔物たちが一斉に地上へ噴き出すようなことがあれば、王都が壊滅するのは目に見えていた。


魔窟は、まるで巨大なアリの巣のように幾重にも入り組んだ構造をしている。


中心部の「魔窟核」付近では、ひときわ強力な魔物が生み出される一方、距離が離れるほど魔物の力は徐々に弱まる――だが、弱い魔物ほど数が多く、次々と生まれ出てくるのだ。


そして最も恐ろしいのは、この魔窟が年々膨張し続けているという現実だった。


まるで人類そのものを滅ぼすために、底知れぬ闇が広がり続けているかのようだった。


※補足

・爆砂波ばくさは

砂と水の魔力を融合させ、重く粘性を持つ流砂へと変え、全体の動きを封じ、足元から相手を固める必殺の技。

・月光げっこう

月の神秘的な力を宿し、敵の心を惑わせると同時に、狂気・真理・死の要素を複合させた魔法。

その力は、斬撃となって一撃で相手を断つ必殺の技。

おもしろいと感じた方は、「亀の甲より年の功」をクリックして、他の作品もぜひご覧ください。まったく異なるジャンルの物語を書いています。

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