3.スライムは我が友である(下)
私はスライムを抱えて、暗黒の森の入口へと向かった。
スライムにとっては、この森のモンスターたちは仲間だろう。
私にとっても、彼らは大切な存在だった。今日まで生活を支えてくれたり、私が生きていると知られないようにしてくれていたのだからな。
直接的な世話になっていないモンスターも、もちろん大勢いた。私は彼らにも感謝している。勇者の血脈に連なる私が、この森で共に生きることを許してくれたのだからな。
この森に住む者たちの寛容さによって、私は今日まで生き延びられたのだ。
勇者か……。兄上は元気に旅を続けているらしい。ダークエルフが王都で噂を聞いてきてくれた。
思えば、兄上の旅立ちも、現王妃とその派閥による追放だったのではないだろうか。
いくら勇者でも、五歳で旅立ったら、普通はすぐに死ぬだろう。
だいたい、兄上のどのあたりが勇者だったのだろうか。
私にはまるでわからない。
兄上は、私から見ると平凡な子供だった。『噛みつき宝箱と人間の相棒』という絵本が大好きで、いつか自分もモンスターの相棒を見つけるなどと無邪気に語っていた。
勇者というのは、モンスターを倒しまくって、最終的には魔王を討伐する者だ。
『モンスターを相棒にしたい』とは、方向性が真逆だと思うのだ。
この世の中は、いろいろなことがいい加減すぎる。
だいたい、この森だって、『暗黒の森』という名前ではおかしいだろう。木漏れ日が美しく、けっこう明るい森ではないか。
モンスターの巣窟だから、暗黒の森などという名前にしたのだろうが……。物事の本質を表していない。改名するべきだと思う。
住んでいるモンスターたちも、暗黒の要素など感じさせない。みんな気のいい者たちだ。
私は彼らを守るため、上手く立ち回らなければならない。
騎士団の姿が見えてきた。濃紺の騎士服に赤いマントを羽織っており、つばの広い濃紺の帽子の上で、大きな赤い羽根が揺れている。
騎士たちは、礼装でやって来たようだ。
まさか、彼らはこの私を迎えに来たのか……?
礼装で暗黒の森に来るなど、他に理由があるだろうか。
私は三歳までしか王族教育を受けていないが、年間行事と臨時行事ならば暗記している。暗黒の森に礼装で入る行事など、なかったと思うのだが……。
この二年間で行事が増える可能だって、あるにはあるだろうが、あまり現実的とは思えない。
モンスターの討伐をしに来た可能性はない。マントをヒラヒラさせ、飾りの羽根を揺らしながら、モンスターの討伐に行くなど、それこそ現実的ではない。
「止まれ!」
先頭にいる二人の男のうち、騎士団長らしき派手な装いの男が命じた。鍛え抜かれた肉体を持つ、若くて顔も良い金髪の男だ。
騎士団長の横に並んでいる副団長らしき茶色い髪の男が、太い腕を横に伸ばして後に続く騎士たちに合図を送った。
「第二王子殿下……!」
騎士団長は私に気づき、馬を飛び降りて、私に向かってすごい勢いで駆けてきた。
その時だった。
私の腕に抱かれていたスライムが飛び出して、騎士団長に向かっていった。
騎士団長は勢いがつきすぎていて、すぐには止まれなかった。
スライムはスライムで、元気いっぱいに飛び跳ねていった。
「おい……!」
そいつは新しいお友達ではないぞ!
私が思ったことを、すべて口にするような暇さえなかった。
騎士団長の磨かれた革のブーツの爪先に、スライムが着地した。
――チャリーン。
一撃だった。
鍛え抜かれた騎士団長の脚力だからな……。
まあ、そうなるよな……。
お前たち……、なにをやっているのだ……。
私はふらふらと歩いていき、地面に落ちている一枚の銅貨を拾った。少し前まではスライムだった銅貨である。
「うおおおおおおお!」
騎士団長が叫び声を上げ、その場でうずくまった。
今度は副団長が馬から飛び降りて、騎士団長に駆け寄った。
「なんということを! 俺は! 俺は――!」
騎士団長が叫んだ。
「どうしたんです!? なにがあったんです!? 騎士団長! 騎士団長!」
副団長が必死で説明を求めていた。
騎士団長は完全に冷静さを欠いていた。
私もまた号泣しており、説明してやれる状況にはなかった。
「えっ、なに? どうしたんです? なにが起きたんです!? 俺はどうすれば!?」
戸惑う副団長。
騎士団長の叫び声を聞きつけたダークエルフがやって来て、私たちの様子を見て驚き、ダークドラゴンを呼びに行ってくれた。
あいつときたら……、さっきもダークドラゴンを呼びに行ったと思ったのだが、どこでなにをしていたのだ……? 森の仲間たちは集められたのか……?
ダークドラゴンが来て、私たちの様子を見て事態を理解し、副団長に説明してくれた。
ダークドラゴンは、副団長や、一緒に来ていた宰相たちといろいろ話し合いをしていた。
そして、彼らによる長い長い話し合いの末に、私は我が友だった銅貨を握りしめ、王都に戻ることになったのだった。