2.スライムは王子様とお友達になった(下)
スライムは人間の子供のところに連れていってもらった。
子供はダークエルフの住む洞窟にいて、ゴブリンロードから森の果物や木の実をもらって食べていた。
「わあ! こんにちは!」
スライムはいっぱいジャンプして挨拶した。
「なんだ、こやつ。ピーピーとうるさいぞ。下がらせろ」
すごく綺麗な金色の髪に、青い瞳をした子供は、スライムを見て怖い顔をした。
スライムは子供がなにを言っているかわかったけど、子供はスライムの言葉がわからないみたいだった。
「挨拶したのですよ」
ダークエルフが通訳してくれた。
「挨拶? その水色のプルプルしたのがか?」
ふん、と子供は鼻を鳴らした。すごく偉そうだった。
この人間の子供は、王様の子供らしい。魔王様の子供みたいなものなんだろうなぁ……。
この子は子供でもすごく強いから、弱いスライムとは仲良くしたくないのかもしれない。
スライムは悲しくなって、そっと洞窟を出ていった。
「おい、待つのだ!」
子供が追いかけてきて、スライムを指先で突いた。
スライムはびっくりして飛び上がった。
「私はこの国の第二王子、ベルナール・ワーヘッド。勇者アルベールの弟である」
ベルナールは自己紹介をしてくれてから、変なポーズをした。片足を後ろに引いて、胸に片手を当てている。たぶん変なポーズは、人間が挨拶する時にするものなんだろう。
「こんにちは!」
スライムもジャンプして応えた。
ベルナールは変なポーズをやめてくれた。
「先ほどは失礼した。この国の第二王子が礼儀を弁えないとは、思わないでいただきたい」
言っていることは、なんだかよくわからないけど、ベルナールはスライムと仲良くしてくれるみたいだった。
スライムは「わーい!」と言いながらジャンプした。
「ダークエルフが、スライムは私とお友達になりたいのだと言っていたが、そうなのか?」
「そうだよ!」
スライムはうれしくなって、またジャンプした。
今日はいっぱいジャンプしたから、だいぶ疲れてきていた。
「お友達か……。私はそんなものを持ったことがなかった。まだ三歳では、それが普通なのかもしれないが……」
ベルナールはスライムを地面からすくい上げて、ぎゅっと抱きしめてくれた。
スライムはびっくりした。だって、ベルナールはなんだかやわらかくて、あったかくて、不思議な良い匂いがしたんだもの。
スライムはベルナールの初めてのお友達になった。
一緒に眠り、起きた。どこに行くにも一緒だった。
スライムはスライムだったから、ベルナールのご飯を作ったり、木の実や果物を持ってきたり、お洋服を作ってあげたり、お掃除してあげたりはできなかった。
言葉も通じなくて、ベルナールはよく「ピーピーと、なにを言っている」と困ったように笑っていた。
スライムはベルナールと、ただずっと一緒にいることしかできなかった。
おしゃべりすらできない、なんの役にも立たないスライムだったけど、ベルナールのお話を一生懸命に聞いた。
「平民の子供というのは、そんなに悪いことなのか……? モンスターの巣窟に投げ込まれるほどに」
ベルナールはスライムを抱きしめて、たまに泣いていた。
スライムは、ベルナールの涙をぬぐってあげる手もなかった。これじゃあ、『水色のプルプルしたの』なんて言われたって仕方ないよね……。
「兄上はどうしているのだろうか……。ご無事だろうか?」
「勇者なら、順調に旅してるって聞いたよ!」
「ああ、すまない。お前に聞いてもわからないよな」
スライムの言葉は、ベルナールにはピーピーとしか聞こえないみたいで、安心させてあげることもできなかった。
ダークエルフに人間の言葉を習ってみたこともあった。だけど、スライムは声帯とかいうものが、ダークエルフやゴブリンロードみたいな人型のモンスターとは違うみたいで、人間の言葉をしゃべることができなかった。
ベルナールが森に来て一年がたった頃、ダークエルフが王都で『第三王子が誕生したらしい』という噂を仕入れてきた。
「私がここでこうして生きていることを、父上はご存知ないのだろうか……?」
ベルナールは思いつめた顔をして、ウォーターゴーストの家に行き、挨拶もなく入っていった。
ボサボサの金髪に、ボロボロのドレスを着たウォーターゴーストが、すごく慌ててベルナールを家から出した。
「ちょっと、あんた、勝手に入ってこないでよ! スライム、どうなってんのよ!?」
ウォーターゴーストは、婚約破棄を恨んで泉に身投げした令嬢の幽霊という設定のモンスターなの。
スライムとベルナールはそろって、ウォーターゴーストにすごく怒られた。
どうやらベルナールは、ウォーターゴーストの設定みたいに泉に身投げしたらしかった。
「ベルナール、人の家には、勝手に入っちゃいけないんだよ! ご挨拶してからなんだよ!」
スライムは身投げがなにかわからなかったから、わかる範囲でベルナールに注意した。
ウォーターゴーストは、スライムの言葉に「そうじゃない!」と言ってもっと怒った。
「私は自由に死ぬことも許されぬのか……」
ベルナールはたった四歳なのに、もう死にたくなったみたいだった。
スライムには、そんなつもりでベルナールがウォーターゴーストの家に入ったなんて、全然わからなかった。
暑い時期になったら、ベルナールと一緒に泉にぷかぷか浮いて遊ぼうと思っていたんだけどなぁ……。
人間って、泉に入ると死ぬんだね。
スライムはそんなこと、全然知らなかったよ。
ベルナールはスライムをぎゅっと抱きしめてくれた。
ああ、ベルナールは辛いんだね……。
スライムも、ベルナールを抱きしめてあげられたら良かったな……。