14.スライムはベルナールのお嫁さん(中)
「ベルナール、お兄さんが無事に帰って来てよかったね!」
「あ、ああ……」
ベルナールは引きつり笑いを浮かべた。
なんでだろう?
エビルエビール様は、ずっとどこかにお出かけしていたらしい。
どこかで用事を済ませて帰って来て、ベルナールのお兄さんをお城まで連れてきてくれたんだね。
「この王都にまで魔王が入り込んだんだってね。暗黒の森のダークドラゴンが知らせてきたよ。まったく困ったものだね」
「エビルエビール様は、王都のみんなを心配して来てくれたんですね! その魔王なら、スライムが倒しておきました!」
「エエェェェ!?」
エビルエビール様は、またすごくエビっぽく驚いていた。
驚くよね。スライムは、前は弱っちい水色のプルプルしたスライムだったんだもの。
人間になったからって、筆頭護衛剣士になるなんて思わないよね!
「こいつを見ろ、弟たちよ! 私にもモンスターの相棒ができたぞ!」
アルベール様が腕の中のエビルエビール様をあやすように、ゆらゆらと揺らした。
エビルエビール様はすごく困惑しているみたいに見える。
大丈夫なのかな……。
なんでアルベール様がエビルエビール様を抱っこして揺らしているのか、スライムにはまったくわからなかった。
「あれは『噛みつき宝箱と人間の相棒』の真似か……?」
「なんなの、それ?」
「兄がこよなく愛していた、モンスターと人間の友情を描いた絵本だ……」
そうだったんだ!
噛みつき宝箱というモンスターのことはよく知らないけど、きっと人間の相棒に抱っこで運んでもらっていたんだね。
「弟たちよ! 私は相棒と一緒にモンスターの町を見てきた! とても良いところだった。二人とも、私たちと一緒にモンスターの町で暮らさないか!?」
アルベール様は、二人の弟たちを交互に見た。
エビルエビール様は、相棒のアルベール様と一緒にモンスターの町に行ってたんだ! それでずっとお留守だったんだね!
「兄上、私はモンスターの町に移住する!」
第三王子様が、アルベール様にお返事した。
アルベール様は満足げに笑った。
「私はずっと、五歳の子供を勇者として旅立たせ、三歳の子供を森に捨てる者たちとは、やっていかれないと思っていた!」
第三王子様が走ってアルベール様とエビルエビール様のところに行った。
第三王子様はまともだったんだ!
アルベール様が旅立たされた時って、五歳だったんだ。
勇者として旅立ったのなら、もう十五歳くらいにはなっていたのかと思っていたよ。
王様も王妃様も、五歳児を旅立たせるなんてひどいな。
「そうだ。私はたったの五歳だったのだ。父と継母は『勇者ならなんとかなる』などと言って、私を旅立たせた。普通に考えたら、なんとかなるわけないだろう!」
スライムは、五歳のベルナールを覚えている。ベルナールはすごくしっかりしていたけど、さすがに魔王討伐の旅をするのは無理があると思う。
「幼くして旅立った私を、このエビルエビールが迎えに来てくれたのだ!」
アルベール様は抱っこしているエビルエビール様を見つめた。
そのまま、ちょっとベルナールに似たお顔で、エビルエビール様に甘くほほ笑みかけた。
「お前たちなど親ではない!」
ゆらり、とアルベール様から闘気のようなものが立ち上り始めた。
金髪の毛先が闘気にあわせて、ゆらゆらと動いている。
強者のオーラによって、お城までガタガタと揺れ始めた。
天井から砂みたいなものが降ってくる。
「アルベール、やめときな。親殺しになんて、なるんじゃないよ」
エビルエビール様がふわりと浮き上がって、床に直立した。
アルベール様は、エビルエビール様の長いヒゲみたいな触覚になでられて、闘気を引っ込めた。
スライムはアルベール様が首から『命のメダル』を下げているのに気が付いた。
アルベール様はベルナールとお揃いで、『命のメダル』を持っていたんだ!
「悪いことをするのは、勇者じゃなくて魔王の仕事だよ」
エビルエビール様が、だんだん巨大化していった。
「ベルナール、ベルナールのお嫁さん、こっちに来ていろ」
アルベール様が、薄青い結界を張ってくれていた。第三王子様はすでに丸い結界の中にいた。
スライムはベルナールと前の騎士団長と一緒に、アルベール様の結界に入った。
宰相様や他の人たちは、ベルナールの指示で玉座の間から出ていった。
「すまなかった! すまなかった、アルベール!」
王様が玉座から転げ落ちて、床に這いつくばって謝っていた。
謝るのって、アルベール様にだけなの?
暗黒の森に捨てたベルナールには謝らないの?
そういうところだよね!
「我が子を王位に就けたがって、なにが悪いのだ!」
王妃様は開き直っていた。
まったく反省していないんだ……。
「アルベールも、だいぶ大きくなったからね。そろそろ、このあたりに君臨する魔王の仕事もしないとね」
エビルエビール様の長い触覚が、二つある玉座を薙ぎ払った。
王様と王妃様が倒れていた。
二人とも、ぴくりとも動かない。
「あんたたちの親の仇は、この魔王エビルエビール様さ。いつでも敵討ちに来るといいよ」
エビルエビール様は玉座の間から出ていった。エビのしっぽで、ぴょんぴょん跳ねて移動するんだ! 初めて知ったよ!
「あいつ、この相棒をおいていくつもりか!」
「親の仇だなど、とんでもない!」
アルベール様が第三王子様と一緒に、エビルエビール様を追いかけていった。