10.スライムは王様に拝謁した
スライムは街の人々をちょっぴり元気にできた。
ベルナールも喜んでくれて、とってもうれしかった。
街のみんなに囲まれていたら、王宮から使いの人が来た。
王様と王妃様が、魔王を倒したスライムとベルナールに会いたがっているんだって。
ベルナールはものすごく嫌そうな顔をした。
三歳だったベルナールを暗黒の森に捨てて、二年もほったらかしにした人たちだもんね。
ベルナールが嫌だなって思っても仕方ないと思う。
「スライムがついてるよ」
スライムは、ベルナールの耳元に口を寄せて教えてあげた。
ベルナールは耳が弱点なのか、顔を真っ赤にして耳を押さえていた。
息を吹きかけるイタズラをして、びっくりさせたりなんて、していないのになぁ……。
ベルナールはなにか言おうとしたみたいで、口を開きかけたけど、すぐに閉じた。
スライムはベルナールと一緒に王太子様用の馬車に乗せられて、王宮に連れて行かれた。
王宮には、武器を装備していると入れない決まりがあるらしかった。
スライムはお城の門の前で、剣を道具袋にしまった。
ベルナールも、剣と杖を道具袋に入れていた。
「スライムは素手でも強いんだよ」
ベルナールに笑いかけてから、軽く腰を落として、正拳突きをして見せてあげた。
「おっ、おう……。がんばったな……!」
ベルナールは褒めてくれたけど、なぜか顔が引きつっていた。
弱っちかった水色のプルプルしたスライムが、魔王を倒せるくらい強くなったんだもの。ベルナールだって戸惑うよね。
今のスライムにも、ゆっくり慣れていってくれるといいな。
スライムはベルナールに連れられて玉座の間に行った。
金髪碧眼の王様と王妃様が、立って出迎えてくれた。
王妃様の横には、体格の良い第三王子様らしき人も立っていた。
王様の横にいるオジサンは、騎士団に来ていた人だ。この国の宰相様なんだって。宰相様がなにか知らないけど、なんだかすごく偉いみたい。
「勇者よ、よくぞ魔王を倒してくれた」
スライムがひざまずくと、王様がまるでエンディングみたいなことを言い出した。
あんなの魔王のうちに入らないと思う。
手、顔、手系なんて、まだまだ新人の魔王だよ。
強さはともかく、モンスターとしての歴史なら、ドラゴンどころか、スライムとだって比べるに値しない。
「当然のことをしたまでです」
スライムは『命のメダル』のおかげで、ベルナールの匂いがする。
勇者の香りは、どうやら魔王を呼び寄せてしまうみたいなんだ。
だから、冒険者ギルドに職業は『勇者』で登録してある。
魔王が出てきたら討伐するに決まってるよ。
「ベルナールもよくやった!」
この王様という人は、ベルナールのお父様なのに、ベルナールが暗黒の森に捨てられてもほったらかしにしていた。
スライムはそんな人を好きになんて、なれっこないと思った。
「賢者ベルナールは、勇者殿と旅立つのであろうな?」
王妃様がベルナールに質問した。
第三王子様らしき人が、ものすごく驚いた顔で王妃様を見た。
「王太子殿下は旅立たないでしょう!?」
第三王子様は、王妃様とベルナールを見比べていた。
「そなたは黙っておれ!」
「兄上! いや、王太子殿下!」
「黙っていろ」
ベルナールにまでぴしゃりと言われて、第三王子様は黙った。
第三王子様はなにか訳アリみたいだ。
ベルナールが旅立ったら、自分が王太子様になれるかもしれないのに。
なんでベルナールの旅立ちに反対みたいな雰囲気なんだろう。
「あいつはモンスターの町に行って、楽団に入りたいらしいのだ」
ベルナールがスライムの横でひざまずいて、小さな声で教えてくれた。
「そうなんだ」
わかったような返事をしたけど、スライムにはよくわからなかった。
だって、ベルナールを暗黒の森に捨ててまで、王妃様は自分の息子を王様にしたかったみたいなんだよ。
その王妃様の息子が、遠くにあるモンスターの町で音楽がやりたいとか、意味がわからないよ。
「あいつは父親似であるようだ」
スライムの継母と妹は、見た目も性格も、すごくそっくりだった。
スライムもお母様とそっくりみたいだった。
だから、人間の親子って、みんな母親と子供がそっくりなのかと思っていた。
第三王子様は父親似ということは、父母どちらかに似るってことなのかな。
人間の親子をあまり知らないから、スライムにはよくわからないや。
ベルナールはきっとお母様似だろう。
勇者の匂いがしたし、弱っちいスライムにだって、とってもやさしかったもの。
「旅立てと命じられるなら、旅立ちます。私はこの者と生きていきます」
ベルナールがスライムを見て、笑いかけてくれた。
大人になったベルナールの笑顔は、なぜだかスライムの心臓をすごくドキドキさせた。
顔もなんだか熱い。
人間の身体って、ちょっと変なんじゃないかな?
それとも、スライムが変なの?
「ずっと一緒にいような」
ベルナールがすごくやさしい顔をした。
真っ青な瞳がキラキラしながらスライムを見ている。
「うん、うん、ベルナール」
スライムはすごく小さな声でお返事した。
王様たちがいるのに、この世界に、まるでベルナールと二人だけみたいな気持ちになった。
ずっとずっと会いたかったベルナール。
ベルナールがスライムを忘れていなくて良かった。
「スライム」
ベルナールがスライムの手を握ってくれた。
スライムは全身が熱くなってしまった。
なんでなの?
転生前はベルナールにいっぱい抱っこしてもらったけど、こんなことはなかったよ。
「ベルナール」
名前を呼んだだけで、なんでこんなに苦しくなっちゃうの?
人間ってみんなこんな風なの?
「皆の者、待つのだ。旅立ちの話の前に、魔王討伐の勝利の宴を開かねばならん」
「そうでしたな! では、さっそく今夜! おお、大変だ! 舞踏会の準備にかからなければ!」
王様の言葉を聞いた宰相様が、弾かれたように玉座の間から走り出ていった。
ベルナールがスライムの手を握ったまま、立ち上がった。スライムの手を引っ張って、スライムのことも立たせてくれた。
「では、私とこの者も、準備のために王太子宮に戻らせていただきます」
ベルナールはスライムの手を握ったまま、玉座の間から出ていこうとした。
「男同士で手など繋いで! 国王陛下、あれでは王太子殿下に跡継ぎは望めませぬ!」
王妃様が王様に向かって怒鳴っていた。
王様と王妃様は夫婦だから、あれでいいのかな……?
スライムは『男の子じゃなくて女の子だよ』って、王妃様に教えてあげようかと思った。
だけど、なんとなくやめておいた。
スライムは娼館にいたから知っている。
余計なことを言うと、貴族って怖いんだ。