9.我が友のスライムが勇者だった件
冒険者ギルドというのは、なかなかにすごいものである。
冒険者ギルドのマスターと用心棒の女戦士が、魔王を引きずるスライムを見ながら、当たらずとも遠からずなことを言っている。
「これはあれか!? 俺はあの有名な『俺、なにかしちゃいましたかね!?』に立ち会わされているのか!?」
「えー、すっごーい! じゃあ、あの子、異世界からの転生者なの!?」
たしかにスライムは、自分がなにをしちゃったのかわからない感じだ。
あの者の雰囲気が『普通でしょ?』と語っている。
スライムが暮らしていた子爵家の領地というのは、そんなに魔王が来襲してくるような危険な土地だったのか?
ラストダンジョン近くの町などではなかったはずだが?
スライムが転生者かと問われれば、たしかに転生はしている。異世界からではなく、この王都の近くにある暗黒の森から来た転生者だがな……。
「こいつを頼む」
スライムが冒険者ギルドのカウンターに魔王の上体を載せた。……さすがに全部は載らないよな。
「へ、へえ……、旦那……」
厳ついギルドマスターが青い顔をして、まるで下っ端のようにおどおどしている。
スライムの方は慣れているのか、堂々としたものだ。
「魔王捕縛依頼が出ていたはずだが」
「ああ、ええと、魔王捕縛依頼は、ほとんどがネタ依頼だと思うが……」
面白がって無理な依頼をギルドに出す者がいる。魔王捕縛依頼などは、その代表例といっても良いだろう。
「ここの冒険者ギルドには、魔王から素材をとれる者がいるのか?」
「えっ、いえ、いませんです、はい……」
「では、この魔王は、竜殺しの町ドラス在住のクロードとやらに送ってやってくれ。そいつの報酬が一番高かったはずだ。支払われた金貨百枚は、『勇者ミシェル』の名で、冒険者ギルドの口座に預け入れる」
女戦士が魔王を引きずって、カウンターの横にある扉から奥の部屋へと入っていった。
「いやぁ、さすが勇者様で……」
冒険者ギルドのマスターが、スライム相手に激しく下手に出ている。
あの水色のプルプルしたスライムが、転生して人間になったら勇者!?
私はスライムの仲間の賢者として、共に旅立つ運命なのか!?
スライムはなにかの書類を書き上げて、手続きを終えたらしい。
「ベルナール、待たせちゃったね!」
スライムの美しい笑顔がまぶしすぎる!
私はスライムと共に冒険者ギルドの建物から出た。
建物の外には、不安そうな顔をした王都の民たちが集まっていた。
「皆の者、魔王は倒された。安心するように」
宣言すると、民衆たちから歓声が上がった。
私は王族の務めとして、我が国の民たちに、笑顔で手をふってみせた。
「王太子様」
スライムが私に向かってひざまずいた。
「なにをしているのかっ!?」
今度はなにが始まったのだ!?
「これからも。その尊き身を、この私に守らせてください」
スライムは胸に右手を当てて、どこか切なげに私を見上げてくる。
「あ、ああ……、もちろんだ」
断る理由がない。
断ったりしたら、私のスライムが悲しむ。
「よかった」
スライムはほっとしたように表情をやわらげた。
見ていた女性たちから、すごい悲鳴が上がった。
「王太子様、お手を」
私は言われるままに、スライムに右手を差し出した。
スライムは私の手をとると、手の甲に口づけた。
「一生、おそばに置いてください」
私はめまいがした。
美しい男の姿をした、女性のスライムが、私になにかを言っている!
――ジゼロック侯爵、お前のせいだぞ! お前が娼館にスライムを送ったから、私は今、スライムから求婚されているみたいな状況になっている! どうしてくれるのだ!?
「この命は、王太子様のものです」
ああ、うん、私の与えた『命のメダル』で生き返ったんだもんな。うん、そうだな。うん、間違ってはいないぞ、スライム……。
今度は女たちだけでなく、老若男女が叫び始めた。
若くて強くて見た目の良い従騎士が、王太子に忠誠を誓っているのだ。誰だって大興奮だろう!
「街は壊れちゃったけど、みんな、ちょっとは元気になったね! わーい、よかった!」
スライムが無邪気に笑った。
たしかに王都が魔王に襲われて、魔王は討伐されたものの、建物が壊れて瓦礫が散乱している。
家を失った者や、もしかしたら家族を亡くした者もいるかもしれない。
だが、民衆は、この一時だけは、辛く悲しいことは忘れたかの如く盛り上がっている。
私に忠誠を誓うスライムの姿を見た人々の心に、未来への明るい希望の火が灯されたのだ。
スライムは転生する時に、私を守れる強さを欲したに違いない。
勇者とは人々に勇気を与え、笑顔にする、強く正しき者のこと。
私のスライムは、転生して勇者になったのだ。