8.スライムは魔王より強い(下)
スライムが騎士団の王都砦を出てみると、騎士らしき男が「うおおおお!」と叫びながら、緑色の魔王に斬りかかっていた。
たぶん前の騎士団長というのが、あの一番強そうな金髪の男だろう。
「王太子殿下は! あの方だけは! 絶対に殺させはしない!」
前の騎士団長が叫んでいる。
「王太子殿下アァ――!」
宮廷魔法使いのローブを着た男が、炎で魔王を焼こうとしている。
あの人たちは、なんでベルナールを呼びながら攻撃しているんだろう……? ベルナールが勇者だから……?
みんなであんなに攻撃し続けたから、ダメージが蓄積して、あの魔王は第二形態に進化しちゃったんだと思う。
「よくがんばった! 後は任せろ!」
スライムはベルナールの横を駆け抜けて、魔王に斬りかかった。
従騎士用として支給された剣が、魔王の右手に当たって真っ白な光を放った。
「ウハハハハハ、勇者ダァ――! 旅立ってもいない雑魚勇者でも、倒せば俺は大魔王様だァ――!」
魔王の顔は、茶色の髪をふり乱しながら笑った。
「我が名は勇者ミシェル! この国の民とベルナールのため、魔王、貴様を討伐する!」
スライムはベルナールがずっと付けていた『命のメダル』で生き返ったから、ベルナールの勇者の匂いがするみたいなんだ。
スライムのことを勇者アルベール様やベルナールと間違えてやって来る魔王がたまにいて、娼館にいた頃からけっこう面倒だったんだよね。
「勇者ミシェル! 勇者ミシェルかァ――!」
あんまり何度も勇者と勘違いされるから、冒険者ギルドに『勇者ミシェル』の名前で登録したくらいだよ。
問題なく登録してもらえたから、きっと自称勇者もたくさんいるんだと思う。
魔王の左手が、スライムを捕まえようと迫ってきた。
スライムは後方に大きく跳んで避けた。
魔王の顔が、不思議そうに空っぽの左手を見た。
いきなり大きな雷が、手、顔、手の全部を攻撃した。
魔王からは焦げた匂いがして、濃灰色の煙が幾筋も上った。
スライムがふり返ると、ベルナールが魔法の杖を構えていた。
「この賢者ベルナールが、もう二度とお前を死なせない!」
ベルナールがスライムに向かって叫んだ。
すごいや! ベルナールはスライムのために、魔法を勉強してくれたんだね!
「クソォ――! 旅立つ前のくせに、すでにパーティーメンバーを揃えていたのかァ――!」
勇者で賢者のベルナールと、仲間の剣士だと思われているみたい。
たしかにスライムは、ベルナールの仲間だよ!
ベルナールが今度は爆発魔法を唱えた。全体攻撃な上に二回攻撃だなんて、さすがベルナールは勇者なだけあって強いや!
「グワーッ!」
なんて叫びながら、魔王は第三形態に変身した。ぶよぶよに太った緑色の巨人は、岩を投げつけてきた。
スライムは剣で岩を斬った。
岩は次々に飛んできたけど、ベルナールが魔法で出した氷が、すべての岩を破壊してくれた。
魔王は、最後にはその巨体で体当たりしてきたから、スライムがカウンターで会心の一撃を入れてやった。
無計画に体当たりなんてしちゃダメなんだよ!
スライムは転生前はスライムだったから、体当たりに関しては専門家なんだからね!
魔王は第一形態なのだろう緑色の魔人の姿に戻って、スライムたちの前で気を失っていた。
スライムは魔王を引きずって、冒険者ギルドの看板が出ている建物まで行った。両開きの木の扉を押し開けて、冒険者ギルドの中に入る。
「ハァーイ、冒険者ギルドにようこそ……、って、ちょっと、なんなの、なにが起きてるのよ!?」
冒険者ギルドで昼間からお酒を飲んでいたらしい、女戦士が驚いて酒瓶を倒した。
用心棒がお酒なんて飲んでちゃダメだと思う。
ちゃんと建物から飛び出してきて、魔王からギルドを守らなきゃいけないんだよ!
「『魔王を捕まえたら送ってほしい』っていう依頼が出ていたと思うんだけど」
「おいおいおいおい、本当に魔王を捕まえてくるヤツなんぞ、いるのかよ!?」
ギルドマスターらしき男が、スライムを見て大声を上げた。スキンヘッドにタンクトップ、太い腕に錨のマークが入っている。ギルドマスターになる前は、海の男だったのかもしれない。
「これはあれか!? 俺はあの有名な『俺、なにかしちゃいましたかね!?』に立ち会わされているのか!?」
「えー、すっごーい! じゃあ、あの子、異世界からの転生者なの!?」
ギルドマスターの言うことも、女戦士の言うことも、間違っている……。
スライムは子爵家の領地では、いつも普通に魔王を捕まえていた。
そんな『俺、なにかしちゃいましたかね!?』みたいな、非常識なことはしていないと思うんだ。
スライムは人間に転生したけど、異世界から転生してきたわけじゃないから、この世界の常識くらいちゃんとわかっているよ!