7.娼館がすべてをぶち壊す(下)
私はスライムを連れて、寝室から執務室に戻った。扉がノックされて、私が入るよう促すと、息を切らした宰相が入ってきた。
「王太子殿下にご挨拶いたします」
宰相は私に礼儀正しく挨拶をしてから、スライムを凝視した。
スライムは胸に片手をあてて、すっとその場でひざまずいた。なぜだ!? スライムが美しいではないか!
「また殿下のスライムを名乗る不届き者が来たと伺いました」
誰だ、宰相に知らせたのは!? 宰相も宰相だ! 宰相としての仕事はどうしたのだ!? 王宮からこの騎士団の王都砦まで、どれだけ急いで来たのだ!
私はどうしたら良いのだ!? この者は本物だと言えばいいのか? 本物なのだから、そう言えばそれで済むという単純な話なのか?
「ジゼロック侯爵家の先妻の息子で、領地で育てられていたと聞きましたが」
「そうなのか!?」
そういう話になっているのか!? 領地で育てられた先妻の息子! 領地! 領地があったではないか! なぜ娼館になど送った!? 領地で普通に令嬢として育てたら、それで良かったではないか!
「私はそう聞きましたが、殿下はなんと言われたのですか?」
この者はスライムで、継母に家を追い出されて、娼館で筆頭護衛剣士に上り詰めた令嬢だ、と話せば良いのか!? 意味がわからなすぎるだろう……!
「ジゼロック侯爵令息、発言を許す。殿下になんと申し上げたのだ?」
「待て!」
いきなりスライムに話をさせようとするとは……! 自分をスライムと呼んでいるのだぞ! 発言などさせられるわけがなかろう!
「殿下、どうかされましたか?」
「重大な問題である。少し時間が欲しい」
「ご安心を。すでに調べはついております。この者は領地ではなく、娼館で育てられた妾の子。ジゼロック侯爵に言い含められて、どんな手段を使ってでも殿下に取り入ろうとしている不届き者です」
宰相……! ちゃんと調べられていないではないか! 調べるなら、しっかり調べてくれ! もっとがんばれ! この者は、先妻が産んだ令嬢だ!
「このまま私の従騎士として使おうと思っているのだが……」
「え……? そうなのですか?」
宰相はスライムをまたじっと見つめた。私もスライムを見た。目を伏せてひざまずいている姿が美しすぎる。こんな『美しい男』が娼館でどう過ごしていたのだろうか……? いろいろ大丈夫だったのか……?
「こういう美男子がお好きだったのですか! これは、我が娘ではお好みに合わなかったはずです! いや、良かった! ジゼロック侯爵に褒美を取らせたいくらいです!」
宰相は私過激派だからな……。私が好む人間が見つかったなら、それが男だろうがなんだろうが、どうだって良いのだろう。
宰相は私の両手を握り、はらはらと涙をこぼした。
「殿下、私は安心いたしました……! 暗黒の森に行って、スライム殿にご報告しましょう……!」
スライム殿にご報告とは、スライムにスライムの墓参りをさせるということか!?
私は慌ててスライムを見たが、スライムはぴくりとも動いていなかった。娼館育ちの筆頭護衛剣士だからか? 筆頭護衛剣士というのは、こうやって待機したりすることが多かったのか?
私はだんだんスライムがよくわからなくなってきた。人間になったスライムの容姿が良すぎるせいだろうか……?
「行きましょう! スライム殿もきっと安心なさるでしょう」
宰相が涙を流しつつ、私にほほ笑みかけた時だった。
この騎士団の王都砦の外から、不気味な翼の音が聞こえてきた。
「ウハハハハハ! 勇者だァ――! 勇者のニオイがするぞォ――!」
男性のものらしき太い声。
「なっ、なんだっ!?」
宰相が私の手を放し、執務室を見まわした。
「騎士団長、モンスターです! モンスターが現れました!」
執務室の外で、副団長が報告してくれた。
「ベルナールの勇者の匂いに惹かれて来たんだよ。あの様子では野良の魔王なんじゃないかな? ベルナールは誰にも傷つけさせない。モンスターの討伐は私にお任せください」
スライムが静かに言って、私を見上げた。
スライムは闘気を発しているというか、強者のオーラを放っていた。
「そっ、そうか、やってくれるか!」
宰相が勝手にスライムに返事をした。
まあ……、スライムはいかにも強そうな空気をまとっているもんな……。
「ベルナール、立ってもいいかな?」
「あ、ああ、楽にせよ」
そういえば、スライムをひざまずかせたままだった。
スライムが美しすぎて、しかも、強そうすぎて、なにがなんだかわからなくなってきた。
だいたい、魔王が勇者の匂いに惹かれて来るとは? このあたりの地域は、勇者一人に魔王一人ではなかったのか?
チャージで必殺技が出せたり、スキルパネルでスキルを割りふるような地域では、魔王も勇者も複数いると聞いたことがあるが……。
このあたりの地域は、古式ゆかしく、勇者が一人旅をして、一人の魔王を倒すはずでは……?
だから、兄上も一人で旅立たされていたのだ。
古来からの伝統を重んじる地域だったはずが、いつの間にか、時代の波に飲まれていたのか……?
「大丈夫だよ、ベルナール。そんなに怖がらないで」
スライムは私の右手をとると、そっと指先にキスをした。
美しすぎる顔に笑みを浮かべ、私をまっすぐに見つめている。
私は顔どころか、耳から首まで赤くなっているのを感じた。
――ジゼロック侯爵、許すまじ!
娼館ではこうして、娼婦たちを喜ばせてきたのだろう。
女の身で、多くの女を惚れさせてきたに違いない。
中身が水色のプルプルしたスライムだと知っている私ですら、スライムの男前ぶりに酔いしれそうになっているのだからな!