5.スライムは第二王子擁立派を壊滅させた(下)
「騎士団長、新しい従騎士が来ましたよ!」
副団長がまた扉の外から呼びかけてきた。副団長もだいぶ忙しいようだな。
前の騎士団長探しは、あの日、暗黒の森に来ていた者たちに任せたのだろう。
暗黒の森に来ていた騎士団の精鋭たちは、私をひどく恐れていた。前の騎士団長がスライムを殺してしまったために、私に連帯責任で復讐されると思っているのだ。
騎士団を辞めて故郷に戻った者も多くいる。
まだ騎士団に在籍している者たちも、私が騎士団長をしている間は、私のいる騎士団とは少し距離をおいた方がいいだろう。ゆっくり前の騎士団長を探しに行ってきてほしい。
彼らがもう少しまともならば、私だって王太子の身で騎士団長などしていない……。
国王陛下が私に、騎士団を壊滅寸前にした責任をとるよう命じたために、今このようなことになっている。
不敬罪を恐れず言うならば、国王陛下が無能だったせいで、私は暗黒の森に捨てられた。騎士団と宰相らは、気の毒な子供を迎えに来たために、こんなことになったのだ。
私に騎士団の問題を解決させようとするのは、違うのではないかと思うのだが……。王命なので、私もただ従うしかなかった。
「新しい従騎士とはな……。また来たのか……」
『友を失い、深く傷ついた心を抱えた王子様』である私の元には、次から次へと『新しい友』候補が送られてきていた。
私は騎士団長の執務室を出た。
個室で抱きつくなどの奇行に及ばれたくないからな。
騎士たちの目のある廊下ならば、誰かが止めに入ってくれるだろう。
副団長の後ろには、艶やかな黒髪を黒いリボンで一つに束ねた、青い瞳の美しい従騎士が立っていた。
その従騎士は私よりだいぶ背が低い。
従騎士用の黒い騎士服を着ていると、中性的な美少年といった雰囲気だ。
形の良い額と眉。二重のぱっちりした目。長いまつげ。ふんわりした薔薇色の頬。愛らしい鼻。やわらかそうな桃色の唇。
……いったい誰が思いついたのだ!? ついに令嬢に男装させて送り込んでくるとは……! いい加減にしてくれ!
「ジゼロック侯爵家のご令息のミシェルが、今日から騎士団長の従騎士となります」
副団長は「いやー、美形ですよね」などと言っている。
たしかにすごい美形だ。こんな男いるのかってくらい美形だ。
いないだろう……!
どう見たって、従騎士の格好をした女性だろうがっ!
「騎士団長、良かったですね!」
「すっごい美形ですよ!」
廊下の先から、騎士たちが声をかけてくる。
ああ、うん……。知っていた。そうだよな……。
この国の騎士団は、徒弟制度のようなやり方を採用していた。まず従騎士となって、正騎士の世話をしながら仕事を覚えるのだ。
従騎士も正騎士も、ほとんどがこの騎士団の王都砦に住んでいる。
彼らのまわりには、普段は男しかいない。そして、男にも、太いの細いの、美形に不細工、強いの弱いの、いろいろいるもんな。
こういう男もいるのかな、なんて勘違いしちゃうよな……。
しかし、いないから……!
「ベルナール!? もしかして、ベルナールなの!?」
麗しきジゼロック侯爵令嬢が、その場で飛び跳ね始めた。
私は自分の目を疑った。
なんなのだ、この侯爵令嬢は!? なぜジャンプなどしているのだ!?
「忘れちゃった? スライムだよ! スライムだよ!」
ものすごく良い笑顔のジゼロック侯爵令嬢は、ありえない言葉を口にしながら、激しくジャンプしていた。
「なにをしているのかっ!」
副団長がレイピアを抜いた。
いや、あやしいけどね!? ちょっと待て!?
「挨拶だよ! 挨拶してるよ!」
「そんな挨拶があるかっ! すぐに飛び跳ねるのをやめよっ!」
「挨拶なのに!? やめないといけないの!?」
すごいな……。副団長とジゼロック侯爵令嬢の会話が成り立っている……。まともにコミュニケーションがとれているではないか……。
「こんにちは、ベルナール!」
ジゼロック侯爵令嬢がジャンプしながら挨拶してくれた瞬間、私は理解した。
あのスライムが、私に会いに来てくれたのだと――。