1.スライムの一人称は『スライム』なの
「おお、ミシェル! 我が息子よ! こんなところにいたとはな! ずいぶん探したのだぞ! お父様と一緒に王都に帰ろう!」
この人は、たぶんお父様のニセモノだ。
スライムは、転生前は水色のプルプルしたスライムだったけど、今は人間の女の子なんだもの。
自分の子供の性別も間違えちゃうなんて、そんなお父様いないよね。
応接室に入ったスライムは、いきなり知らない男に抱きつかれて、とってもびっくりした。
どうやら男は貴族のようだった。首元にヒラヒラしたクラヴァットとかいう白いスカーフを巻き、金ぴかの飾りがついた青い上着――ジュストコールを着ているんだもの。
お父様だなんて言っている男の後ろでは、この高級娼館『深紅の薔薇園』の女店主である姐さんが、怖い顔をして立っていた。
スライムは娼婦たちを守る護衛剣士の中で、一番強いから筆頭護衛剣士なの。そんなに心配しなくても、こんな男なんて一撃で倒しちゃえるよ。
姐さんは、鍛錬中だったスライムを呼びに来た下男を使って、この男に手出しするなって伝えてきていた。だから、スライムは様子を見ていた。
「どなたでしょう……?」
スライムは、人間のお母様がまだ生きていた頃に習った、礼儀正しい言葉で訊ねた。
「お父様だよ! わからないのかい? かわいいミシェル!」
このおじさんはなにを言っているんだろう?
かわいいミシェル?
スライムなら自分の子供を娼館に入れるなんて、絶対にしないよ!
転生した人間のスライムを産んでくれた、人間のお母様は、スライムが五歳の時に亡くなった。
お父様はお母様が亡くなると、すぐに継母を連れてきた。子爵家出身の継母は、スライムより一歳だけ年下の娘を連れていた。どうやらその娘は、お父様の子供みたいだった。
スライムはお母様から、「もしも家族が増えたら、意地悪したりしないで仲良くするのよ」と何度も言われていた。
お母様はご自分が亡くなることをわかっていたんだと思う。
スライムはお母様が好きだったから、言いつけを守ろうと思っていた。
だけど、相手の継母と妹は、仲良くしてくれるつもりなんて、まったくなかったんだ。
「前妻そっくりの子供と一緒になんて、暮らせませんわ!」
スライムは亡くなったお母様と同じ、黒髪に水色の瞳をしていた。
お父様は、金髪に緑の瞳。
子爵家出身の継母は茶色の髪と瞳だったけど、妹はお父様と同じ金髪に緑の瞳だった。
「あの子ったら、わたくしに反抗ばかりしますのよ!」
「えーん、おねえちゃんがいじわるするー!」
継母と妹は、毎日毎日、スライムの悪口をお父様に言っていた。
それでスライムは、継母の遠縁の家に預けられることになったんだ。
継母の実家である子爵家の領地で、『深紅の薔薇園』という高級娼館をやっている親戚だった。
子爵家の親戚が高級娼館をやっているなんて、スライムですら、すごく嘘っぽいと思うんだけどなぁ……。
娼館は女の子を預けるような場所じゃないって、このおじさんは知らなかったのかな?
おじさんじゃないや。人間のお父様だった。
うーん、全然、実感がわかないや。スライムが元スライムだからかな?
「ずいぶんぼんやりした男だな。おい、本当にこいつがこの高級娼館の筆頭護衛剣士なのか!?」
お父様は後ろを向いて、従者に怒鳴った。
従者が「はい、旦那様」とおどおどしながら答えると、お父様は小さく舌打ちをした。
スライムはこのお父様らしきおじさんに、『深紅の薔薇園』から連れ出された。
どうやら王太子様のところに連れていかれるみたいなの。
王太子様は、今は騎士団長を兼任しているんだって。
それでね、スライムは従騎士っていう、王太子様の従者みたいなお仕事をしないといけないみたいなの。
スライムはとっても不安だった。
このお父様が、必要なことをちゃんと教えてくれるなんて、まったく思えないもの。
スライムは、お父様たちがどんなに酷い人たちなのか知っている。
それに、娼館で育ったから、貴族は権力があって威張ってて、すごく怖い人たちだって知っているんだ。
これからスライムは、どうなっちゃうんだろう……。