輝け!アートバグ(前編)
「うおおおおおお!?割っちゃったァァァァ!!」
叫び声とともに、豪快な音が玄関ホールに響いた。
ばらばらに砕けたのは、学園のシンボルともいえる大型彫刻。
「ちょ、また!?」
エイジが思わず声をあげる。マモルが額に手を当てた。
「警備員のおじさん、今度は掃除中にモップ引っかけたらしいよ……」
「どんなモップ使ってんの!?」
倒れた彫刻を前に、先生たちと生徒たちがざわついていた。
「これは一大事だ……」「明後日の来賓式に間に合わないぞ……」
そして、誰かがぽつりとつぶやく。
「なんてことだああー。明後日は彫刻をめいっぱい自慢するつもりだったのに」
真っ赤になる理事長。
その横で真っ青になる警備のおじさん。
「明後日だもんね、修理は……間に合わないよね。」
「新しいの用意するにもねー。」
「でも、うちにはいるじゃん。芸術の天才……アートバグ、エミちゃん」
その言葉に、みんなの視線が一斉に集まる。
視線の先にいたのは、制服のスカートからちらりとのぞく絵具の汚れを気にするように指先でつまむ、一人の少女。
「……え!私!?私はちょっと……」
「あんまりやりたく、ない、かな」
ぽつんと落とされた言葉は、小さくても重たかった。
「え、ええっ!?なんで!?」 「でもエミちゃんしか……!」
「報酬はしっかりとはらいますよ!」
理事長が鼻息荒く言う。
「そういう問題じゃなくって……」
明らかに困った様子のエミ。
なのに、周りはエミの才能みたさか、すっかり盛り上がってしまっていた。
そんな中、前に出たのがエイジだった。
「理事長!」
ぐっと親指を立てて笑う。
「俺が、特別上等なやつ空輸で用意してやんよ!海外から!ばっちり自慢できるやつ!」
「えっ……?」
「エリート学園にはエリートな彫刻だろ!よし、話は決まり!」
先生たちもどよめきながらも納得し、なんとなく場が収まり始めた。
エミは、驚きつつもどこかほっとしたような顔を見せた。
「……ありがと。助かった」
――その日の夕方、校舎の裏のベンチ。
自販機の缶コーヒーを片手に、エイジはエミに声をかける。
「……なんで嫌だったの?彫刻の件」
エミは少しだけ間をあけて、小さく息を吐いた。
「私のバグ……たしかにすごいのかもしれない。仕上がりだけは。でもね、始めちゃうと止まらないの。昼も夜もわからなくなるし、食事もお風呂も、歯磨きも全部忘れちゃう。一心不乱に仕上げて、終わって気が付いたらいつもボロボロになってるの」
エミの声は、風に紛れるほど静かだった。
「高校生になって、私も少しは普通の女の子っぽくなりたくて。だから……怖かったの。あの“バグ”にまた引きずられるのが」
エイジは、それを黙って聞いていた。
そして、ふっと笑った。
「なーんだ、そんなことか」
「……え?」
「人間らしく生きたいって?そりゃ最高だな。つーか、お前が“ボロボロになっちゃうくらい何かに夢中になる”のって、めっちゃかっこいいって思うけどな、俺は」
エミはきょとんとして、少しだけ目を見開く。
「それに、頼れるとこは頼っていいんだよ。学園にはタクトもマモルも、俺もいる。あんまり抱えすぎんなよ」
「……エイジ君、ありがと」
ぽつんというエミ
得意げにニカっと笑うエイジ。
エミの肩が、すっと軽くなったような気がした。
――そして、翌日。
「えっ!?空輸の彫刻が届かない!?」
先生の叫びが廊下を駆け抜ける。
税関のトラブル、搬送ミス、配送業者の混乱……まさかの三連コンボ。
彫刻が到着するのは、最短でも来週。
「オーマイガッッ!!」
エイジが見たこともない顔でショックを受けている。
「そんな!こんなこと初めてだ!!いったいどうすればいいんだー!!」
エイジの全身がガビーン!と叫んでいる。
そんな彼の横を、誰かが静かに通りすぎた。
「……やる。私が作る」
エミだった。
「今度は、私の意思でやるの。エイジ君、助けてくれてありがとう」
その目には、かつてのような怯えはなかった。
ただまっすぐに、創作への情熱だけが灯っていた――
◆後編へつづく!
ここまで読んでくださってありがとうございます!
今回は初めての、前後編構成に挑戦してみました。
いつも通りに一話でまとめようかな〜とも思ってたんですが、
エミというキャラクターの内面をちゃんと描こうとしたら、
一回では入りきらない!となってしまって……思いきって分けてみました。
なので、今回の前編はちょっと落ち着いたトーンになってるかもですが、
そのぶん後編は気持ちよく盛り上げていけるように、がっつり仕込み中です!!
ちなみに今回のテーマは「自分で決める」こと。
周りに言われたからじゃなくて、自分の意思で踏み出すって、すごく大事で、
だけどめちゃくちゃ怖い。でも、誰かがそっと背中を押してくれたら――っていう、
そんな瞬間をエミの中で描いてみました。
後編では、彼女の“バグ”がどう発揮されるのか。
そして、エリート学園の仲間たちはどう関わっていくのか。
ぜひ、続きを楽しみにしてもらえたらうれしいです!
ではでは、また後編でお会いしましょう〜!