俺が王子に転移してもシンデレラは選ばない!だって……
昼休み、ひさしぶりに4人でゆっくり話していたときのこと。
エイジがふと話題を切り出した。
「そういえばさ、この前、課題のために図書室で調べものしてたときに、ちょっと気になる本を見つけたんだよね」
「へえ、どんな本?」とタクトが反応する。
「なんか、金の飾りがついてる厚い本でさ。何語かわからなくて読めなかったんだけど、なんか気になっちゃって。課題終わったらタクトに聞こうって思ってたんだ」
「金の飾り?そんな高そうな本、この図書室にあったかな……?」
「隅のほうの棚だったと思う。行ってみてもいい?」
「うん、行ってみよう!」
エイジのひとことで、4人はそのまま立ち上がって図書室へ向かうことになった。
静かな昼下がりの図書室。
他の生徒の姿はまばらで、空気もどこかゆるやか。
エイジが指さしたのは、壁際の最も奥、少し古びた木製の本棚だった。
埃をかぶった背表紙の中に、ひときわ目を引く、金の縁取りが施された厚い本があった。
「これこれ、これだよ」
エイジがその本を手に取ると、確かにどっしりと重みがある。
金と黒の装丁に、よく見ると小さな模様がいくつも刻まれている。
「なんだろう、初めて見る文字……」とエミがつぶやく。
「ほんとだ、何語なんだこれ?」とマモルも覗き込む。
「タクトなら、わかるんじゃない?」とエミが笑う。
「うーん……」
タクトは真剣な顔で本を眺めた。
その表紙と、目次らしきページに目を通してから、言った。
「……わからない。僕が知らない言語なんて、初めてかも」
「えぇぇぇっ!!?」
思わず3人が声をあげた。
「ちょっと中、読んでみようか」
エイジがそう言って、そっとページをめくった瞬間——
ぱあああっ!!
まばゆい光が本からあふれ出し、4人を包み込んだ。
「うわっ!? なにこれ!?」 「まぶしっ……!」 「うそっ、足元が……!?」
光の中で、4人の身体がふわりと浮き上がり、空間がぐにゃりと揺れたかと思ったその次の瞬間——
気づけば、そこはまるでおとぎ話の中のような世界だった。
**
「……は?」
エイジは目を開けた。
目の前に広がるのは、見たこともないほど豪奢な大広間だった。
きらきらと輝くシャンデリア、つややかな床、大理石の柱。
壁際には色とりどりのドレスをまとった人々が並び、中央の広場では楽団が奏でるワルツが流れている。
そして、ふと自分に目を向けると——
「うわっ、なんだこの服……!」
エイジはびっしりと刺繍の入った白いタキシードに、金の飾りのついた肩章までつけていた。
しかも、そこに並んでいた貴族らしき大人たちが、口々にこう言っている。
「王子様……!」
「本日のお相手はどなたに……?」
(えっ……オレ、王子になってる!?)
混乱しながらも、エイジは周囲の視線に押され、歩き出した。
そう、今日は王子のための舞踏会——未来の妃を選ぶための、大事な夜だったのだ。
**
音楽が鳴り響き、ドレスの少女たちが次々とエイジの前へと進み出る。
「よろしくお願いいたします、王子様!」
「光栄ですわ!」
エイジは慣れないながらも、にっこり笑ってひとりひとりに応じた。
手を取り、軽く踊り、また次のパートナーへ。
優雅なワルツが流れ、眩いような時間が過ぎていく。
けれども、心の奥ではずっと引っかかっていた。
(突然こんなところにいて、未来の妃を選ぶって言われても……)
たしかに、目の前の彼女たちは美しい。
けれども、名前も知らないまま、顔だけで、運命を決めるっていうのは、どうにも違和感があった。
「……なんか、違うんだよなあ」
小さなため息をつきかけた、そのとき。
**
ぱたぱたと小走りに現れた、ひとりの少女。
他の令嬢たちとは違い、飾り気のないシンプルなドレスに身を包み、少しだけはにかんだようにこちらを見上げた。
その目が——まっすぐだった。
飾らず、取り繕わず、ただありのままの自分を見せる、透明な瞳。
エイジは思わず、その手を取った。
音楽が変わり、ふたりのダンスがはじまる。
不思議なことに、踊りの手順など教わったこともないのに、身体が自然に動く。
相手のリズムに合わせ、リードし、回転する。
視線が絡み、ふっと少女が笑った。
エイジの胸が高鳴る。
(……楽しい)
それだけじゃない。
この子と踊っていると、自分まで特別な存在になれたような気がした。
**
けれど、幸せな時間は長くは続かなかった。
どこかの時計塔が、夜の12時を打ち鳴らす。
ゴーン、ゴーン——
その音に、少女の顔が一瞬だけ曇る。
「……っ!」
あわてて、手をほどこうとする彼女。
エイジはとっさに、手を伸ばした。
「待って!」
けれど、少女は軽やかに身をひるがえし、駆け出してしまった。
ひらり。
その拍子に、ガラスの靴が片方だけ、階段に落ちる。
エイジはそれを拾い上げた。
そして——強く、思った。
(オレ、あの子を探さなきゃいけないような気がする)
**
翌朝。
エイジ、いや王子は、さっそく国中におふれを出した。
「ガラスの靴にぴったり合う女性を探し出せ!」
「王妃として迎える!」
兵士たちが家々を回り、国中の娘たちが靴を試す。
けれども、どの足にもぴったりとは合わなかった。
王子の心は、だんだん不安に曇りはじめた。
(本当に、あの子を見つけられるのか?)
**
そして——ふと、気づく。
(……オレ、なんであの子を探してるんだろう?)
そりゃ、あの時いっしょに踊って楽しかったから?
でも、それだけじゃない。
あの子は、どこか孤独だった。
華やかな舞踏会の中で、誰にも媚びず、必死に自分を保っていた。
だけど、瞳の奥の寂しい光。
あの童話のお姫様のように、今もつらい思いをしているのなら
……オレが選ばなきゃ、誰も彼女を見つけられない気がしたんだ。
でも。
(誰かを選ぶって、誰かを選ばないってことなんだよな)
ふと、胸に重いものが落ちた。
オレがひとりを選んだら、他の子たちは?
この国には、どれだけの“シンデレラ”がいるんだろう。
俺が知らないだけで、シンデレラのほかにも同じような境遇の子はいるのかもしれない
——いまだに、家事を押し付けられ、自由も愛も知らないままの子たちが。
エイジはぎゅっと拳を握った。
(オレは、誰もが幸せに生きられる国を作りたい)
ひとりのためじゃない。
国ごと、変えるんだ。
**
「おふれは撤回する!」
「全員、自由だ!」
エイジは新たな法を作った。
すべての人に教育を。
すべての人に、働く機会を。
女も男も関係ない。
誰かに助けてもらわなきゃ生きられない、そんな生き方を強いられることのない世界を。
シンデレラたちは、誰かに選ばれるのを待つんじゃない。
自分の力で、自分を“お姫様”にするんだ。
エイジはお金が無限に使えるマネーバグを持っている。
お金と向き合う人生を送ってきたからこそ、その力、その可能性を誰よりも知っているのだ。
**
そして。
何年か経ったあと。
王国は、驚くほど豊かになっていた。
誰もが生き生きと、自由に、自分の道を選んで生きている。
少女たちは、自分の夢を叶え、自らの手で幸福を掴んでいた。
エイジは、城のバルコニーからその光景を眺めた。
満ち足りた笑顔、働く人々、自由に歌う子供たち。
町にはあの日のシンデレラも、生き生きとした顔で幸せそうに生きていた。
(これでいいんだ)
心から、そう思った。
ガラスの靴は、今も城の一室に大事に飾られている。
けれど、それは誰かの足に合うためのものじゃない。
——誰もが、自分自身の足で未来を歩けるように。
その象徴として、そっと光り続けている。
エイジは、やさしく微笑んだ。
めでたし、めでたし。
お読みいただき、ありがとうございました!
今回は、エイジが王子様になった世界を、彼の視点でたっぷり描きました。
「誰かを選ぶ」ということの重み、「全員を幸せにしたい」という願い。
エイジらしいまっすぐな優しさと行動力が、童話の中でもしっかり発揮されていて、書きながら胸が熱くなりました。
シンデレラの物語は、待つことから始まります。
でも、エイジの物語は、待つだけじゃなく、自ら未来をつかみに行く強さへと変わっていく。
そんな令和らしいシンデレラ・ストーリーを、楽しんでいただけたらうれしいです。
次回は、マモル、エミ、タクトそれぞれの童話の世界へ!
どうぞお楽しみに!