学園の宝と同じ空気をすう奇跡の一日
放課後の廊下。
誰もいない階段下の物陰に、ひそかに集う影があった。
「本日、タクト様は購買の新作パンを狙っているとの情報が入っております」
「了解!」
「パンとともに運命を買いにいらっしゃるわけですね……」
「尊い……」
「はっ、静粛に!」
少女たちは、校内でも噂になりつつある“タクトファンクラブ”の面々。
彼女たちの活動は、あくまで非接触・非干渉・非公式。
だが、その熱量は本物。いや、もはや信仰に近い。
「昨日の給食で苦手なピーマンを黙って避けてたの……見たわ」
「かわいい」
「かわいかった」
「かわいすぎて筆が止まらなかったからスケッチ添削してもらえる?」
「無理。泣く。最高すぎて線が震えたのでもうそれが正解」
そんな彼女たちが本日も観察対象としているのはもちろん——
「来たわね……タクト様」
「今日も絶対カーディガンの袖、ちょっとだけ長いまま着てる……天才……」
「図書館……!え、どの本選ぶの?え、辞書?辞書か……」
「重いのに……辞書を持ち歩く腕も神々しい」
「はあ〜〜〜今日も酸素が美味しい……」
ちなみに、タクト本人はまったくこの存在に気づいていない。
それが彼女たちの美学であり、ルールであり、存在意義だった。
—
「……ただ、最近少し気がかりなことがあるの」
ふと、リーダー格の少女が小声で言った。
「タクト様、今朝パン買うとき財布落としそうになってた」
「昨日は階段でつまずきかけてた」
「あと窓から落ちそうになってた(物理)」
「もしかして、タクト様、ちょっとドジ……?」
「ちょっとドジ……」
「ちょっとドジ……(エコー)」
「いや、だからこそ尊いのでは!?」
「で・す・が!守らねば!この学園の宝を!」
「国の宝を!」
「地球の宝を!!」
—
その後、タクトがプリントを拾い損ねそうになれば、
「何気なく通りがかったクラスメイトA(ファンクラブメンバー3サオリ)」がさっと拾い、
飲み物をこぼしそうになれば、
「通りすがりの購買係B(ファンクラブメンバー4マミ)」がナイスな手さばきで受け止める。
そして、タクトが図書室でペンを忘れて席を立てば、
「前からいた風の一般生徒C(ファンクラブメンバー1メグミ)」がさりげなくペンを置く。
どれもばれない。完璧な連携。
彼女たちは今日も、誰にも気づかれぬまま、タクトの平穏を守り抜いた。
「……今日も無事だったね」
「まったく気づいていなかった」
「よかった。気づかれたら……尊さで世界が崩れる」
「まったくもって、それな」
そして彼女たちは、夕暮れの校庭を背に、満足げにそれぞれの帰路へとついた。
同じ空気を吸えた。
その奇跡に、ただ、深く、感謝して——。
お読みいただき、ありがとうございました!
今回は、作者がひそかに(いや、かなり?)愛してやまない「タクトファンクラブ」のお話でした。
彼女たちは一見ただの“ちょっと変わった女の子たち”かもしれませんが、
その根底にあるのは、本気のリスペクトと静かな愛。
「尊さに泣く」という概念を全力で生きている彼女たちが、私は大好きです。
表には出ない、でも誰かを大切に思う気持ちって、きっとこういうところにもある。
それが描けていたら嬉しいです。
「タクトファンクラブってなに!?」と思った方は、
【ep.6 襲撃と覚醒、そして告白】にも一度だけ登場していますので、よければぜひ。
エイジを襲撃する(でも憎めない)魅力あふれる彼女たちの姿をお楽しみいただけます。
さて、次回はまた学校全体にちょっとした事件が……?
お楽しみに!