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キャンプファイヤーのあの感情、木のはぜる音、気持ちのいい風、優しく流れる時間


パチ、パチ……。

静かな夜の中で、薪がはぜる音だけが響いていた。


炎が揺れるたびに、影もまた揺れ、誰かの顔をふいに照らしては隠した。

みんな、火を囲んで座っていた。背中には一日の疲れがどっしりと乗っている。

走って、笑って、泣いて、バンジーまで飛んだ。今日は、もう限界。

でもだからこそ、心の奥にしまい込んでいたものが、静かに、浮かび上がってくる。


「キャンプファイヤーって、最高だよね」

ぽつりと誰かがつぶやいた。

「大好き。絶対にやりたかったんだ」


火の明かりの中で、みんなが静かにうなずく。

そのうなずきが、自然と心の扉を開いていった。


「ねえ、エイジってさ……その、マネーバグのこと、どう思ってるの?」


普段なら、決して口にできない問いだった。

けれど今夜だけは、許される気がした。

疲れているし、やり切ったし、目の前には静かに燃える火があるし。

この一瞬にだけ与えられた、特別な時間。


エイジは火を見つめたまま、しばらく黙っていた。

その沈黙さえも、焚き火の音が包み込んでいく。


「……両親がさ、このバグのことでちょっとこじれて、自分から離れていったんだよね。だから、嬉しいだけじゃないかもな」


誰も言葉を返さない。ただ、炎が小さくはじける音だけが響いている。


「欲しいものは買える。でも、“買えない”“欲しい”って気持ちを味わえないのも、たぶん損してる。……ああいう気持ちがあるから、人って頑張れるんじゃないかなって。みんな、そういうとき、いい顔してるもん」


エイジは小さく笑った。

「でもさ、そういう日々の中で、この学園に入ろうって思ったし、みんなとも出会えた。……だから、オッケーってことにしてる」


誰かが、そっと息を吐いた。

それは、温かさの混じった、ほっとしたような吐息だった。


次に口を開いたのは、マモルだった。


「俺は……戦うと強いんだよ」


火が揺れる。夜の空気が、少しだけ張り詰める。


「でも、現代社会で“戦う”ことなんて、ないじゃん。普通に生きてればさ。

かといって格闘技や武道でバグを使って勝っても……それに意味があるのかって言われると、わかんない」


「スポーツも得意だけど、それもバグの影響で、できすぎるだけ。努力してる人をねじ伏せたくないんだ」


「……マモルだって努力してるだろ」

エイジが静かに言った。


「毎日走ってるの、鍛えてるの、俺たち知ってるよ」


「うん。まあ、それは好きでやってるだけだからさ」


「好きで続ける努力だって、立派な努力だよ。マモルはバグだけの力じゃない。ちゃんと、頑張ってる。だから、強いんだ」


その言葉に、マモルが少し照れたように笑った。


「ありがとう。……俺も、自分の得意なことを、誰かのために活かす方法を見つけたい」


「うん。きっと、マモル君なら見つかるよ」


火を見つめながら、今度はエミがそっと話し始めた。

炎の光が、彼女の瞳に小さく踊る。


「私は……正直、このバグ、いやだった。なんでこんな風に生まれてきたんだろうって思ってた時も、ある」


「こんなこと言うと、贅沢かなって思うんだけど……」


みんな、あたたかく次の言葉を待っている。


「作品を作ってるときは楽しい。でも、体の負担も大きい。作りたくて、たまらない。でもまだ、完全には受け入れきれてない自分がいる」


「自分を削り取らなくても作品が作れるように……そうなりたい。こないだ“うさぴょん”を書いたあの日みたいに」


あの日、エミが生み出したうさぴょん。

あのときのきらめきは、今も、みんなの心に残っていた。


しばらく静かな時間が流れた後、タクトがゆっくりと口を開いた。


「俺のバグは、両親が喜んだ。“神童だ”とか、“天才だ”とかって」


「両親が嬉しそうだったから、俺も嬉しかった。大学も、どこでも行ける。難しい本も、なんでも読める。

誰かが一生かけて解くような問題も……もしかしたら、解けてしまうかもしれない」


誰も言葉を挟まない。タクトの言葉を、ただ受け止める。


「……そうなるとね、使命みたいなものを感じるようになったんだ。

俺の人生は、俺だけのものじゃないのかもしれないって。人類のために、俺のバグを使うべきなのかもって」


炎の奥に、彼の未来がぼんやりと浮かび上がる。


「学生生活が終わったら、きっと俺の人生は、俺ひとりのものではなくなる。

……でも、それでも俺は充実させたいんだ。世の中には、まだ読みきれないほどの名著がある。

それを1冊でも多く読みたい。それが、俺の人生だと思ってる」


火が、ぱちん、と優しくはじけた。


誰も言葉にはしなかった。

けれど、その場にいた全員が、自分の胸の奥深くに、確かに何かを刻んでいた。


「そんなふうに思ってたなんて……」


「俺たちにできることは……」


「私たち、一緒に、探していこうね。これからも、ずっと」


「一緒に楽しもう」


「今を! 今、この瞬間を!」


悩みも、バグも、歩いてきた道も、みんな違う。

だけど今ここで、火を囲んでいることだけは、同じだった。


そして、夜空いっぱいに星が瞬き始めるころ──

この夜が、きっと一生、心に灯り続けることを、誰もが知っていた。

お読みいただき、ありがとうございました。


このお話では、彼らが“自分のバグ”とどう向き合っているのかを、静かに、丁寧に描くことを大切にしました。

キャンプファイヤーという、どこか懐かしくて特別な場所だからこそ、普段言えない本音がこぼれ出る。

そんな時間を通して、彼らは少しずつ、誰かと心を通わせていきます。


自分の痛みを言葉にすること。

仲間の言葉に救われること。

そして、そこからまた歩き出せること。


そんな優しい瞬間を、読んでくださったあなたにも、そっとお届けできていたら嬉しいです。


──さて、キャンプファイヤーの夜は、まだ終わっていません。

次回は、タロウ君からの“感謝のプレゼント”をお届けします。

どうぞお楽しみに!

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