入学準備:このときめき、金で買えるか
「制服、オーダーで頼みたいんだけど」
銀座のテイラーが、ピタリと静まった。
Tシャツ姿の少年に、誰もが目を奪われる。
だが、対応した店員は眉一つ動かさなかった。
「エイジ様、おかえりなさいませ。」
エイジ
生まれつき「金が増える」バグを持ち、気づけば億万長者。
この街の一部の高級店では、すでに“常連”だった。
「学生服を仕立てたい。スーツ扱いで。春夏と秋冬、それぞれ五着ずつ。
素材は、動きやすくて安っぽくないやつ。裏地は派手にして」
「かしこまりました。成長期を加味し、伸縮性のある生地をご提案いたします。
裏地もいくつか遊び心のあるデザインをご用意しております」
このテイラーでは、採寸に一時間かけるのが常。
立ち姿勢、座り姿勢、歩行のクセ、筋肉の張り、利き手の動き――
すべてを見て、服に“その人の生き方”を織り込む。
エイジの制服は、まさに彼のためだけに仕立てられた“作品”だった。
他の生徒たちが、成長を見越して買ったぶかぶかの制服を着ている中、
彼だけは、いつだって身体にぴったりの一着を纏っていた。
見た目は同じ。だけど、内側が違う。
超長綿とウールのブレンド生地、吸湿性と放湿性を備えた裏地。
キュプラ×高機能繊維で、肌触りも快適。静電気も起きない。
「制服って、普通は“着せられる”ものだけどさ。
僕は、“着たい制服”を着たいだけなんだよ」
「素晴らしいお考えです。青春には、似合う服が必要ですからね」
「……買えますかね、金で」
「買えるものも、買えないものもございます。
ですが、“買えるものから整える”のは、賢いスタートです」
その日のうちに、工房では十数人の職人が一斉に針を動かし始めた。
エイジだけの学生服が、静かに縫い上げられていく。
鏡の中の自分を見て、エイジはひとつ息を吐く。
「成長してもサイズを気にせず着られるって、いいね。
これが、金で買える安心感ってやつか」
笑顔の奥に、ほんの少しの孤独が見え隠れしていた。
***
文房具は、京永百貨店の“外商”に連絡した。
“外商”とは、選ばれた顧客だけが使える、百貨店の“出張サービス”。
通常フロアではなく、専用の応接室で品を見せてくれる。
エイジは、その特別室に案内された。
誰かを自宅に招くのはまだ気が引ける。だからこその選択だった。
静かな室内で、担当者が重厚なケースを開く。
「エイジ様、こちらがご入学用の文具セットです。
すべて、特別仕様でお作りしております」
万年筆は、独モンテル社製。18金のペン先に「Eiji」の刻印。
インクは香り付きで、封筒やレターセットと色調を揃えた。
ノートは紙質から製本まで完全カスタム。
バッグは文房具用に設計され、仕切り、ペンホルダー、耐震構造のポケットまで。
「……これ、使いきれるかな」
そう言って笑うエイジの目は、どこか寂しげだった。
「でもさ。いいじゃん。
机の上を美術館に変えそうなラインナップで、準備は完璧。
あとは、それを使ってどんな絵を描くか、だよね」
制服も、文具も、鞄も、靴も――
金を使えば、“形”は整う。完璧すぎるほどに。
けれど、その完璧な道具を使って“誰とどんな時間を過ごすのか”。
それだけは、まだ始まっていない。
金で、青春は買えるのか。
まずは、その答えを探しに行くところから始めよう。
いかがでしたか?
今回はエイジの“爆買い”ならぬ、“本気の入学準備”回でした。
制服も文房具も、ただ高いだけじゃなく、彼なりの「こだわり」が詰まっています。
本物のテイラーや外商がどういうものか、少しでも“金持ちの世界”を楽しんでもらえたら嬉しいです。
でも、どんなにお金をかけても、エイジが本当に欲しいもの――
それは、「誰かと過ごす時間」なんですよね。
次回はいよいよ、初登校の日!
門をくぐれば、そこは“バグホルダー”たちの異常地帯⁉
空回りするエイジと、クセ強めなクラスメイトたちの出会いをお楽しみに。