割れたガラスと、気づきの人〜エイジのおごりだ!
廊下の隅に置かれた、花瓶の水が今日も新しくなっていた。
誰がやっているのかは、知らない人の方が多い。
朝、掲示物のずれを直している子がいることも。
誰かの忘れ物を職員室に届けてくれていたり、教室のホワイトボードを消しておいてくれたり──
それは決して目立つことではない。
でも、毎日、誰かのために、小さな“きれい”や“整ってる”を届けてくれる人が、このクラスにはいる。
教室の一番後ろの席に座る、タロウ君。
目立つタイプではないけれど、彼はよく気がつく子だった。
そのやさしさは、静かに教室に息づいていた。
──今日も、タロウ君はひとつ気になることを見つけた。
「あの子、また空見てるな……」
エミちゃんが、よく窓の外を見て、雲の形をスケッチしているのを、タロウ君は知っていた。
でも、窓が少し曇っている。曇ったガラス越しに、あんなに懸命に空を見つめているなんて……。
拭いたら、もっときれいな空が見えるのに。そう思った。
「……きれいに、してあげたいな」
誰かのために、ちょっとだけがんばる。
それが、タロウ君にとっては自然なことだった。
放課後の教室。誰もいない静けさの中──
掃除道具入れから、モップをそっと引き出す。
背の高さよりも高いところの窓をモップで拭こうとした、その時──
ガシャン!
……音が響いた。
「あっ……!」
やってしまった。
モップの柄が、少し無理な体勢で振り上げた拍子に、窓の隅にぶつかってしまった。
見事に、割れていた。
「うわーー!やっちゃった!!」
誰かのために、と思ったのに。
手が震える。先生に言わなきゃ。そう思うけど、足が動かない。
教室のドアの方を見ると──
「よっ。割れた?」
声がして、びっくりして振り返る。
そこには、エイジがいた。片手をポケットにつっこんだまま、ニカッと笑っていた。
「びっくりした……なんでいるの……?」
「タロウ君、いつも教室のこと色々とやってくれてるだろ?だから、お礼が言いたくて。
そう思ってたら、放課後に教室に残ってるのが見えてさ、声かけたくなった」
言われて、タロウ君は目を伏せた。
「……見てたの?」
「うん。見てた。てか、ほんとに、いつもありがと!」
急に頭を下げられて、びっくりして、タロウ君はさらに目を丸くする。
「え、なに?いや、いいの、ぼくが勝手にやってることだし、窓まで割っちゃうし……ほんと、余計なことしちゃって──」
「いやいや‼ 待てって。タロウ君が色々してくれるから、この教室ってなんか気持ちいいんだよな。
でもさ、タロウ君ばっかりに頼っててもよくないなって思って。俺も、なにかしたいって思って」
エイジの目は、まっすぐだった。
タロウ君は、なんて言っていいかわからず、口をつぐんだ。
「まあ、とりあえず……一緒に先生に言いにいこうか。っていうか──いや、違うな」
エイジが、ピッと指を鳴らす。
「俺、決めた。窓だけじゃなくって、校舎、建て直せばいいのか!」
「……え?」
「えっと……校舎ごと、もういっそキレイにしちゃおう。窓も!フル強化!」
「ちょっと待って、なに言って──」
「GW使えば間に合うっしょ?で、その間、行けるやつはリゾート地で合宿!“出張・エリート学園”、開校!!
全部俺が奢るからさ!どう!?俺にできるのは、こういうことかなって!タロウ君、どう思う?」
「え!えーーー!??」
──そして翌日。
「ええええええええーーーー!?」
教室に、ひときわ高い声が響いた。
そして、廊下を通りかかったクラスメイトたちが、一斉に振り返る。
「え?リゾート?」「エイジ君が連れてってくれるって」「この校舎、建て替えだって??」
その真ん中で、エイジはにやりと笑った。
そして、小さな声で、タロウ君にだけ聞こえるように言った。
「誰かのために動けるって、ほんとすごいことだよな。
俺もさ、そういうの、やってみたかったんだ」
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!
今回は、いつもは語られにくい“気づきのやさしさ”にスポットライトを当ててみました。
気づかれないところで誰かを支えてくれている人の存在って、本当に尊いものだと思います。
そしてそれをちゃんと「見てる」エイジにも、感謝を込めて。
そしてそして……ついに始まります!
《GW・リゾート編》! タロウ君のがんばりから始まった、ちょっと(だいぶ?)豪華な学園出張シリーズ!
がっつり3話くらい使って、たっぷり楽しんでいただく予定です。
次回も、どうぞお楽しみに!