輝け!アートバグ(後編)
校舎の片隅に、小さな仮設アトリエが設けられた。
その空間だけ、空気の密度が違っていた。
少女は、黙々と石に向かう。
制服の上から羽織った作業着は粉塵と絵の具にまみれ、髪は乱れ、指先は赤く腫れている。
それでも、エミは止まらなかった。
──ノミの音が、静寂を切り裂く。
カン……カン……カン……
呼吸のように、心臓の鼓動のように。
その姿に、誰もが言葉を失う。
「……すげぇ……」
エイジが思わず呟いた。
「目が……まるで別人だ」
マモルが息をのむ。
「脳の処理領域が跳ね上がってる……まさに“アートのバグ”だ」
タクトは食い入るようにエミを見つめる。
エミはどのアートをやっても天才をもしのぐ作品を作り出してしまう〝芸術凄すぎバグ〟を持っている。
もはや伝説。名付けるなら――!!
【アートバグ!エミ!!!】
エミはまるで“憑かれた”ように、石と対話していた。 手つきは正確無比。 わずかな震えさえ、作品の命になる。
だがその集中は、他人を許さない。
「ちょ、エミ、手伝──」
「触るなッ!!!」
獣のような怒声が、アトリエを貫いた。
「いまここに私以外の指紋がついたら、全部終わる。……出てって」
ご飯を差し入れても、反応はない。
次の日も食べていない。
三度目にドアを開けたエイジに、雷が落ちた。
「だからっ……音を立てるなって言ってるでしょ!!」
三人は黙って引き下がるしかなかった。
「人間の集中力って、脳を守るために一定で切れるようになってる。
でも……エミは、そのリミッターを超えてる」
タクトの声に、誰も返せなかった。
髪は振り乱れ、表情は鋭利な刃物のよう。
けれど、その手が彫るたび、石は“命”を宿していく。
それは神業。まるで、生きたものを彫り起こしているようだった。
*
エミは、作業場の隅でへたりこみながら微笑んだ。
「……できた」
髪はボサボサ、目は赤く充血している。
けれど、その笑みは満ちていた。
フラフラと歩き出すエミを、三人が出迎える。
「……ごめん。わたし……本当に、ひどかったよね……」
エミは目を伏せ、何かを押し殺すように言う。
「集中してると、他のこと、全部どうでもよくなっちゃって……ごめん。」
エミは俯くが、エイジが笑って言った。
「いや、マジで最高だった」
「え……?」
「彫ってる時のお前、まじで“バグってた”。
でも、それも含めて……全部“お前”って感じしてさ。
俺、めっちゃ好きだよ」
エミの目が大きくなり──そっと、うなずいた。
*
来賓式当日。
校舎中央のホールに、厳かな音楽が響く。
壇上には紅い布をかぶせた台座。そして理事長。
「それでは、本校が誇る──新たなシンボルをご覧ください」
布が外された瞬間、会場が静まり返った。
──翼を広げた天使の彫像。
けれど、その顔には人の痛みが刻まれている。
優しさと気高さ。慈愛と、悲しみ。
観た者の心を、静かに、確実に打ち抜いた。
「……芸術だ……」
「“救い”を形にしたみたいだ……」
「心が震える……」
誰からともなく拍手が湧き、やがてそれは万雷となった。
*
会場の隅。
彫刻の陰に、ひとり座り込むエミ。
「……疲れた。でも、楽しかった」
その肩に、そっと上着がかけられる。
「おつかれさん」
エイジが笑って、缶ジュースを差し出す。
マモルとタクトも無言で隣に座る。
エミの瞳に、涙がにじんだ。
「……私、やっと“自分の意思で作った”って、思えた。
それを見て、誰かが喜んでくれるのが……すごく嬉しかった」
風が吹く。
彫刻の翼が、そっと震えた。
今日もエリート学園は、少しだけバグってる。
でも──その分、世界は少しだけ、美しくなる。
お読みいただきありがとうございます。
今回はじめて「前後編」に挑戦してみました!
ひとつの出来事をじっくり描けたぶん、キャラクターたちの変化や関係が、より深く伝わったかなと思います。
特にエミのギャップ、そしてそれを支える仲間たち。
“夢中になるってかっこいい、でもしんどい”――そんな姿が、少しでも響いてくれたら嬉しいです。