第二王女と光禄寺卿が婚約破棄に至らなかった秘訣
挿絵の画像を作成する際には、「AIイラストくん」を使用させて頂きました。
私こと愛新覚羅香蘭が夫の衛行温と顔を合わせたのは、実に七日振りの事でした。
「香蘭殿下、国際植物学会への御参加御疲れ様です。会場が日本の大学では、勝手が違って何かと戸惑われた事でしょう。」
「今回は発表者ではないので、比較的気楽な立場でしたよ。むしろ私と致しましては、その後の懇親会の方に気を張りましたね。」
端正な横顔に微笑を浮かべる夫に頷きながら、私はホッと溜め息を漏らしたのです。
光禄寺卿として宮中の内務を司る夫は、役職相応の生真面目な性格。
何せ婚礼から半年近く経つにも関わらず、私の事を「殿下」と敬称で呼ぶのですから。
そんな夫に、私は申し訳なさと気後れを感じていたのです。
王族にして植物学者の私と、光禄寺卿の夫。
夫婦として一つ屋根の下に暮らしながら、互いに忙しく滅多に顔を合わす機会がありません。
加えて私の姉である愛新覚羅芳蘭第一王女は、つい先日に中華王朝三代女王として即位したのです。
必然的に夫も、天子の義弟という重要な立場を押し付けられたのでした。
王族である私は勿論ですが、夫の実家も中華王朝では屈指の名家で御座います。
そうした事情から婚約破棄や離婚は出来ないにしても、気苦労の大きさから心労を患った結果として別居に至っても決して不思議では御座いませんね。
よく辛抱して頂けたと、本当に頭が下がりますよ。
果たしてこんな私の何処に、夫は魅力を感じているのでしょうか。
この疑問が解き明かされたのは、彼の何気無い一言が切っ掛けでした。
「それが新しい生花ですか。いつもながら、殿下の生けられた花は優しさと気品に満ちていますね。」
「はっ…」
花器の花を入れ替えようとした私の身体は、その一言で硬直してしまったのです。
「たとえ植物学者の御仕事で御不在でも、殿下の生花の美しさや芳香を愛でる事が出来る限り、私は殿下を御慕いする事が出来るのですよ。いつも美しい花を生けて頂き、感謝しておりますよ。」
「こ、行温殿…」
私にとっては植物学の傍らで嗜む単なる趣味に過ぎなかった生花も、夫にとっては私を身近に感じる縁でもあったのですね。
夫が愛でて下さると考えますと、何気無い生花にも一層に力が入るという物ですよ。
それから私達夫婦は、顔を合わせると真っ先に生花の事について語り合うようになったのですよ。
直接顔を合わす機会は少なくとも、心は間違いなく通じ合っている。
馥郁たる芳香を放つ生花に目をやる度に、私はそう感じるのでした。