結婚への試練
「ねえ、ホントにエントリーするの?」
どこか不安そうにニーナはいう。
その言葉を受けとめるラシルドは、内心困惑していた。実際、もう、何度も話し合った。その度にニーナは分かったっていう。それなのに、また同じことを言われた。
「ニーナはオレと結婚したくないのか?」
ラシルドはずっと我慢してた言葉を吐き出す。
「違う、そういう意味じゃない。ただ……まだ、私たちには早いんじゃないかなって」
まただ。また同じことの繰り返し。
それについても散々説明した。
ラシルドにはなぜ理解してもらえないのか、どう説明すれば理解してもらえるのか分からない。
「オレたちは16歳。エントリー出来るのは18歳まで。もう残されたチャンスは3回しかない。オレは去年、ニーナの言う通りにした。今年もエントリーする気がないなら、もうオレたち別れよう」
ラシルドは限界だった。話し合えば分かり合えるなんて嘘だ。何度話し合ってもニーナは同じことを繰り返してくる。
「ねえ、どうしてそういう話になるの? 私はそんなこと言ってないじゃん。なんで分かってくれないの?」
ニーナは遣る瀬無いのか、少し悲しい表情を浮かべていた。
「ニーナこそなんで分かってくれないんだ。試練にエントリーして合格しないと結婚出来ないんだぞ。結婚する気がないなら、オレたちなんの為に付き合ってるんだ」
この話は去年も嫌になるほどした。その時は結局ラシルドが折れた。
その時、ニーナは約束したのだ。来年こそはエントリーする、と。
「違う。結婚する気がないなんて私言ってない。それなのに、そんな風に言うのはヒドイ。そうやって私を悪く言いたいだけなんでしょ」
まただ。いつだってニーナはこうだった。都合が悪くなると話の内容ではなく、話し方とかに文句を言い始める。
そうやって相手が悪く、自分は悪くないとムキになる。それが分かっていたからラシルドは我慢してた。今まではずっと我慢してた。
「そうだな。オレが悪い。全てオレが悪い。これでいいか? じゃ、サヨナラ」
「そうやって自分が都合悪くなると逃げるんだ。結局、その程度の男だったんだ」
ラシルドをバカにする様にニーナはいう。
その言葉を背に受けながら、ラシルドは黙って保管庫を出た。
クオーツ暦365年。それはこの星から昼や季節というものが無くなり、人々が地下にあるコロニーで生活してる期間を示した数字に過ぎない。
ラシルドが居るのはそのコロニーの一つ。パンドラと呼ばれている場所だ。
ラシルドはパンドラの保管庫から出ると3つほど扉を抜けて、中央広場までやって来た。
広場の真ん中には透明な筒状のエレベーターがあり、その周囲は芝生と低木で囲われている。さらに張り巡らせられた水路には、綺麗な水が流れていた。
「はぁ……やっちまった」
無造作に芝生の上に座るとラシルドはぼやく。
だが、ニーナと別れたことを後悔してる訳ではなかった。自分の忍耐力の無さが、結婚への道を閉ざしてしまったことを悔いていた。
そんなラシルドの視界には数組のカップルが映る。どのカップルも仲よさそうに会話していた。
「なんで、こいつらはこんなにも仲良く出来るんだ……」
ラシルドには信じられなかった。
実際、ニーナと付き合うようになってから今日まで約1年半の間。楽しかった時も確かにあったが、気を使って我慢してたことの方が多い気がしてくる。
「やっぱりオレは結婚には向いてないのかもしれない」
女性という存在がニーナみたいなものなら、ラシルドには理解出来ない存在だった。
だが、こうして仲良くしてるカップルを見てると、自分に問題があるとしか思えなくなってくる。
「……って簡単に諦めることが出来ないところが、オレの悪いところか」
そうラシルドが呟くと、かぶせるようにして声が聞こえてきた。
「ん……悪いのは顔じゃない?」
その声に反応してラシルドが振り返ると、そこにはレンがいた。
「この顔は生まれつきでな、文句があるなら両親に伝えてやるよ」
「嘘、嘘、冗談じゃん。そんな事より、なんでこんなところでドヨーンってしてるの?」
「はぁ……ただ、結婚への道のりが遠いって思ってただけだ」
「えっ…………!? もしかして、今年もエントリーしないの?」
驚きながらいうレンに、ラシルドは軽く頷いた。
「ふーん。それで腐ってたのか……」
「別に腐ってねーよ」
「だったら来年に向けてニーナと親睦を深めなくていいの?」
「来年は無い。ニーナとは別れた」
「えぇ……っ!!」
今度こそレンは本気で驚いた。
「なんで、どうして、バカなの?」
「うるせえ……」
そう言うとラシルドはレンから顔を背けて、また景色を眺めている。
そんなラシルドの背中を見ながら、レンは考えていた。
レンからすれは同性であるニーナの気持ちは良く分かる。
きっと不安なんだ。だからこそ安心させて欲しい。たったそれだけのこと。
それは言葉でもいい。
それは側に居てくれるだけでもいい。
その程度のことが満たされないから、エントリーを躊躇っている。
それに気づいた上で、レンはニーナをバカだと思った。
なぜなら、この世代は男が少ない。明らかに女があぶれていた。その状況で男に甘えるのはレンからすれば信じられないくらい恋愛下手だ。
もっとも、遥か昔の古臭い価値観ならそれでも通用したのかもしれない。
だが、時代は変わってる。
今の時代、甘えてどうにかなるほど恋愛は簡単なものじゃない。もちろん、セフレは別だ。ただ肉欲を満たすだけなら、そもそも結婚しなくても大丈夫である。だからこそ、この時代において恋愛とは、明確に子孫を残す意思がある者たちがする行為を示しており、当然結婚を前提とした関係となる。
そう、この時代の恋愛とは戦いだった。
己の遺伝子を後世へ残すための戦い。
流石に結婚したら手出し反則だが、付き合ってる間ならいくら奪っても問題ないくらいの時代なのに、わざわざ自分たちで勝手に別れるとかレンからすればあり得なかった。
「ラシルド……」
「なんだよ」
「ボクとエントリーしよ?」
サラッと言われ、ラシルドは目を見開きながらレンを見る。
「何言ってんだ。付き合ってもねーのに、なんで、お前とエントリーするんだよ」
想定内の反応が返ってきてレンは喜ぶ。
「ラシルドは一発で試練に合格出来ると思ってる?」
「……いや、思ってないが」
「でしょ! だからさ、ボクと練習しておこうよ。そうすれば来年、お互い本命の相手が出来たときに役立つからさ」
レンが言ってる内容は理解出来た。
それならラシルドにもメリットがある。思わず「分かった」と返事しそうになるが、その出かけた言葉を飲み込んだ。
「まて、それよりお前にはエントリーする相手が居ないのか?」
「うっ……まあ、ね。ほらボクの魅力に気づけない男が多くて、困ってるよ」
レンはそう答えながら自分の中でセクシーだと思えるポーズをした。
ラシルドはレンの顔から少し下に視線を落とすと「あー、ね」と言葉を濁した。
「おい、一応言っておくがボクにもちゃんとあるからな。それと男の子のそういう視線、女の子は敏感に気づくからな。注意しろよ」
「わ、悪い」
ラシルドは素直に謝る。
「うむ、分かれば良ろしい。じゃ、サッサとエントリーしよう」
そう言うとレンはラシルドを連れてエントリー窓口へと向かっていった。
そんな二人を遠くから見てる人影がある。
「な、なによ……」
ニーナは怒りと悔しさを混ぜながら、そう吐き出した。その眼差しはまるで親の仇でも見るようだった。
パンドラには幾つかの掟がある。
その内の一つが、結婚の試練だった。15歳から18歳まで誰でも受ける事が出来る試練だが、それは同時にその期間を過ぎれば二度と結婚出来ないことを意味していた。なにより、試練に合格しなければ男女問わずパイプカットされるのが掟だった。
つまり、結婚出来なかった者たちは絶対に子孫を残すことが許されてなかった。
逆に言えば、同性だろうが異性だろうが、好きなだけ肉欲に溺れても問題ない。パイプカット後ならば。
「なんかあっけ無かったな」
ラシルドはレンを見ながらいう。
「んー、確かに。なんかこうお前たちはどんな交際をしてきたんだ、って感じで言われるかと思ってた」
ラシルドが言うように、二人のエントリーは呆気ないものだった。二人は係員から送信された画面に、名前と生年月日と登録番号を入力しただけで受付完了していた。
「まて、実際そうなってたらなんて答えてたんだよ」
「ん? 普通に今日、運命的な出逢いをしましたって答えてたよ。別に交際期間とか制限無いし」
その回答にラシルドは感心した。もし、自分だったらなんて嘘をつこうか考えていたからだ。
いや、レンの言う運命的な出逢いとやらも嘘なんだが、それの方がバレにくい気がした。
「凄いな。よくとっさにそんな嘘が出てくるものだ」
「こらこら、それって褒めてないでしょ。そんな事よりせっかくバッチを手に入れたんだから、他にやることがあるでしょ」
レンは係員から手渡されたバッチを付けながらラシルドにいう。
「他に……?」
ラシルドは首を傾げてみるが、思いつかない。
「エントリーした有資格者には、試練に関する情報収集の権利も与えられるんだぞ。いくら練習気分でも、少しは真剣に考えてくれないと無駄になるじゃないか」
「すまん。お前のいう通りだ」
またしても素直なラシルドの反応に、レンは確信した。
ラシルドには感情より論理的な方がいいのだと。
「まあまあ、謝ることじゃないさ。それよりもラシルドが手伝ってる部署の先輩とかで、なるべく最近合格した人とかいる?」
「ああ、いる。オレの2個上で去年の試練に合格してる」
「じゃ、まずはその先輩に挨拶しに行こう」
そして二人はラシルドの先輩が住んでる区画へと向かう。
その道中、ラシルドはなるべく自慢の先輩のことを話したくてレンに説明していた。ラシルドが手伝いしてる部署は管理部保全課であり、コロニー内で故障があると修理するのが仕事だった。そこで働くその先輩は保全課でも優秀でラシルドは誰よりも尊敬していた。
だからこそ、その先輩と同時に合格したかったという思いもあった。せめてその部分だけでも、先輩と肩を並べたかった。
それがエゴに過ぎないと気づき、去年のエントリーを断念した部分もある。
そうやってラシルドが話す内容を、レンは黙って頷いていた。
「ここだ。ここがクライス先輩の家だけど、今更なんだが、突然押しかけてマズくね?」
「んー、大丈夫でしょ。ラシルドの話を聞いてる限り、凄くいい人そうだし」
「おい、いい人には無礼にしていいって訳じゃねーからな。マジで尊敬してる先輩だから」
「分かってる、分かってる。ま、ここはボクに任せてよ」
レンがそういうとインターフォンみたいなボタンを押す。すると直ぐに若い男性が扉を開けて出て来た。
そして、クライスは家の中に向けていう。
「悪いけど、緊急の呼び出しみたいだから、少し出掛けてくる」
「ええ、分かったわ」
その女性の返事を待つと同時に、クライスは扉を閉めた。
「とりあえず場所を変えようか」
ラシルドとレンにそう落ち着いて伝えると、クライスは歩き始める。そのあとを2人はお互いに首を傾げながらついて行った。
クライスが向かったのは、喫茶店みたいな場所だった。木材が貴重なこのコロニーで、店内には幾つも木製の家具が使われおり、ラシルドやレンなら入らないような高級な場所である。
「ほら、二人とも席に座って頼んでいいよ。もちろん、ここは僕が奢るから」
「すみません。先輩。ご馳走になります」
「ありがとうございます」
そして二人はテーブルに置いてあるメニューから注文した。ラシルドは遠慮して飲み物だけを、レンは普通にケーキまで頼む。
「さてと……大体の予想はつくけど、僕になんのようかな?」
「その前に確認したいのですが、なぜこの場所に来たのでしょうか?」
「そうだね。僕の予想が合ってるなら、今はウチに来ないほがいいからだよ」
その言葉からレンはなんとなく察した。
「もしかして、お邪魔でしたか?」
「いや、お邪魔とかではなくタイミングが悪いっていう意味。ま、そんなに気になるなら答えるけど、ちょうどさっき来客があってね。その子は妻にとって可愛い後輩なんだけど、ウチに来るなり泣き出してさ、妻がなんとかなだめてるところなんだ。そして、その子はラシルドならよく知ってるはずの子だ」
ニーナだ。よりにもよってニーナがクライス先輩の奥さんに泣きついたのだ。
「あの、どんな感じで伝わってますか?」
ラシルドは恐る恐る尋ねた。
それに対してクライスは苦笑いを浮かべる。
「そりゃもうこの世の悪の権化くらいの話になってるぞ、今のところお前がな」
クライスは若干同情の気持ちでラシルドを見た。
「うっわ、最悪だ……」
そしてラシルドがヘコんでいる隣で、レンは不敵な笑みを浮かべる。
「どうやら外堀から埋めてきましたか……幸いな事に彼女とはグループが違うので問題ありませんが、同じグループだったらと思うと、ゾッとしますね」
自己正当化の為に、とにかく相手を悪く言うのは上等手段だった。そうやって被害者ポジションを確立させれば、あとは勝手に周囲が同情してくれる。
そこから先は数の暴力になる。
こうなると手に負えなくなる訳で、レンとしてもその前に自分のグループにて対抗手段をとる必要性があった。
「すみません、先輩。マジで色々とご迷惑をおかけして申し訳ないです」
「気にしなくていい。僕にとっては大した事じゃないからね」
「いや、ですが奥様とこの件で揉めたら……」
「妻も僕のことはよく知ってるよ。だからラシルドが悪いってなると僕と揉めるだろうけど、それは妻も避けると思うんだよね。ただ、そうなると……」
クライスは少し気不味い感じにレンの方を見た。
「分かります。おそらく最終的な話のオチどころとして、ボクが悪くなると思います」
どこか他人事のようなレンに対して、ラシルドは驚く。
「なんで、そーなんだよ。お前は別に悪くないだろ。オレとニーナはもう別れてるんだから」
「いやいや、そういうことじゃないんだよね」
「いや、わけ分かんねーよ。ちゃんと説明してくれ」
どう説明したものか困ってるレンに、クライスは助け舟を出した。
「ラシルド……お前は壊れてる基盤や配線を見て、基盤や配線に説明を求めるのか?」
「それはしません。ですが……」
「ですが、じゃなくそういうことだ。分かるな?」
有無を言わせないクライスに、ラシルドは現場にいる時の真剣な空気を感じて、思わず頷いた。
「……はい。すみません」
少し落ち込んだラシルドとは対照的に、ホッとした様子のレン。
「色々とお気遣いいただきありがとうございます、先輩。ラシルドが言ってた通り、とても素敵な方なんですね」
「それは、ありがとう。でも、君はそれでもラシルドと試練を受けるのかな?」
「はい」
クライスの問いに対して、レンは満面の笑みで答えた。
それはニーナとの全面戦争を覚悟しているのだと、クライスは受けとった。
「分かった。こんな僕に答えられることなら、なんでも聞いてくれ」
「ありがとうございます、先輩。早速なんですが、どんな試練だったのでしょうか?」
レンの問いは予想通りだったが、それだけに回答に困る。
「行ってみれば分かる、ってのが僕たちが去年先輩から受けた説明だった。正直、参考にならないと思ったけど、実際に試練を受けると、そうとしか答えようがない」
クライスの言葉にラシルドだけでなくレンも困惑した。
「その、何かあるとかも教えてもらえないでしょうか?」
「んー、何も無い。いや、何も無くは無い。確かに困難もある。有るのだが、本当に何も無いんだ」
まるでなぞなぞでも受けてる気分になるが、クライスは真剣に答えてくれていた。
「では、質問を変えます。先輩なら試練の日まで、何をすべきだと思いますか?」
「そうだな……お互いのことをよく知ることかな。あと、身体は鍛えておいた方がいい」
試練の日までラシルドとレンは終業後にいつも合流していた。
そこは人があまり訪れない場所で、本来なら点検に使うスペースだった。そこの床に足を折り曲げてるラシルドは、ひたすら腹筋を鍛えていた。そのラシルドの足にレンは座っている。
「好きな食べ物は?」
「はぁ……はぁ……パエリア」
「コロニー内で海産物とか、贅沢だなぁ」
「うるせえ……レンは……なんだよ」
「んー、そうだなぁ……カレーかな」
「ふざけんな、似たようなもんじゃねーか」
「いやいや、シーフードじゃなくビーフカレーですから」
「あっそ、じゃあ次……ふぅ……」
「好きな言葉は?」
「好きな言葉? 考えたことも無いが」
「ちょうどいいじゃん。今考えなよ」
「はぁ……はぁ……じゃ、おはよう」
「ん……? なんて?」
「だから、おはようって言葉だ」
「ふーん。なんで?」
「なんとなくだ。特に意味なんてねーよ。で、レンは?」
「ボクかぁ……ふふふ」
突然クスクスと笑い出したレンを見て、思わずラシルドは腹筋をやめて凝視していた。
「あ、こら。休んでないで腹筋しなさい」
そう言うとレンは軽くラシルドの頭を押した。完全に気を抜いていたラシルドはそのまま床に倒れ、頭を抱えてた手をぶつける。
「……っぃて」
「ごめん。そんな強く押したつもりじゃなかったんだけど」
「いや、別に大したことじゃない」
「ふふふ。もしかして、それって先輩の真似?」
「……うるせえ。それより、レンの番だぞ」
「あぁ、好きな言葉だっけ。そうだな、ボクはありがとう……かな」
ラシルドはその言葉に驚いた。なぜなら、レンの言葉は必ず相手を必要とする言葉だからだ。
「…………はぁ………はぁ……」
「えっと、ノーリアクションはボクでも傷つくよ?」
「いや、なんて言えばいいか分かんねーよ。ただ、少しレンの事を見直した」
「ふふーん。そうかそうか、良い心がけである」
「いや、どんなキャラだよ。ってか、いい加減、レンも鍛えた方がよくね?」
「いやいや、こう見えてボクって本当に体力無いからね。マジで無理だから」
「だからこそ、鍛えるんだろ」
ラシルドの言葉にうんうんと頷いたレンだったが、その意思は固かった。
「ま、そこはラシルドに任せるよ。それより、もう試練の日まであと少しだけど、実際どんな試練なんだろうね」
「はぁ……それな。先輩もなぞなぞみたいな事しか教えてくれないし。オレじゃ全く分からないけど、とりあえずお互いを知ればいいんじゃねーの?」
ラシルドは先輩の言葉を素直に受け止めていた。
「ふふふ。ラシルドが先輩から好かれてる理由がよく分かるよ」
そう言うレンを、ラシルドは怪訝そうに見てるだけだった。
「レン、大丈夫?」
更衣室で着替えようとしたレンだったが、ロッカーを開けて固まっていた。
それを不審に思った友人が、レンを心配しながら言う。
「んー、ちょっと困ったかも」
自嘲気味に答えるレンだったが、その身体は微かに震えてた。
友人はすぐにレンの側に寄り添い、そしてレンのロッカーを見た。
「酷い……誰が……って、あいつらか。私たちが資源部食料課だと分かった上で喧嘩を売ってきたんだ。ふーん。なるほど……ね。ごめん、レン。悪いけどちょっと先に行って、先輩に話してくる」
「えっ、いいよ。これぐらい、汚されただけだし。クリーニング済みの制服に着替えてくるから」
「何言ってんの? これはね、明確に資源部食料課への攻撃だから。レンだけの問題じゃないからね。私に任せておいて」
友人はそう言うと更衣室から出ていった。レンはその背に向けていう。
「……ありがとう」
自分のこういうところが嫌い。すぐに打算して、利用して、都合よくしようする。
自分だってニーナと何も変わらない。
それを自覚してるからこそ、レンは自己嫌悪になる。
その後、資源部食料課の反撃は素早かった。
すぐにニーナが所属してる部署へ食料課の中ボスクラスが出向く。
「あら、貴女がこの部署まで顔を出すなんて、とっても珍しいわ」
そう出迎えたのはクライスの妻ルティーナだった。
「ええ、私としたことがルティーナさんにお祝いするのを忘れてましたの。ところが、ちょうど良い感じの調味料が手に入りまして。ええ、多分貴女の可愛い後輩からの差し入れなんですけどね。これから毎日、こちらの部署へだけはその調味料を混ぜた特別な料理でお祝いすることにいたしましたの」
ルティーナはとっさにニーナを見る。
さっきまでレンたちを見ながらクスクスと笑ってたニーナとその友人たちは、慌てて首を振っていた。
「あら、昨年のことを今更祝ってくれるなんて驚きですわ。ところで、なんの事を言ってるのかよく分かりませんけど、食料課の皆さまがお作りなる料理は、いつも美味しく頂いてますわ。ですので、よく分らない特別扱いは困りますわ」
「まあまあ、お祝いですの。遠慮なく堪能して欲しいですの。これから毎日、毎日、毎日、毎日、来る日も来る日もずっと、ずっと、お祝いし続けますの」
もともと食料課と仲が良い訳じゃない。
だが、ここまであからさまに攻撃してくるのはルティーナには予想外だった。
そして何より、相手が悪い。
こういう勢力図にならないように色々と考えていたルティーナにしてみれば、苦虫を噛み潰したような気持ちを味わっていた。
「それは、どうも」
ルティーナにはその言葉が精一杯だった。
「いえいえ、では皆さまお邪魔しましたの」
そう言うと食料課の中ボスは帰った。
その後を、レンを始めとする後輩達がついていく。
その忌々しい光景を見ながら、ルティーナはニーナを呼んだ。
「ねぇ、ニーナちゃんたち。お姉さんに説明してもらえるかしら?」
そう呼ばれたニーナたちは、ルティーナの前に一列に並んだ。
「私たちは何も知りません。本当なんです。信じてください」
涙を浮かべながらニーナはいう。それにニーナの友達たちも頷いていた。
「じゃあ、彼女がいう調味料とやらに心当たりがないのかしら?」
「もちろんです」
ニーナたちは必死に頷いた。
ルティーナはそれを嬉しそうに見ている。
「良かったわ。お姉さん、てっきりニーナちゃんたちが良くない事をしちゃったのかと心配しちゃった」
ルティーナのその言葉に、ニーナたちはホッと心を撫で下ろした。
「それなら安心して、今日のお食事はニーナちゃんたちだけで食べてもらえるわね」
その言葉でニーナたちは椅子に座らせられ、テーブルの上には料理が置かれた。
食料課曰く、特別な調味料が混ざった料理が。
それをニーナたちは黙って食べた。
正直、味なんて分からない。いつもと変わらない気もするし、なにか変な気もする。
ただ、ルティーナをはじめ、大勢が見てる前で食べさせられるのが怖かった。
ニーナたちは震えながら、黙って食べた。そして、食べ終えた時。
「良かったわ。お代わりなら今日はいくらでもあるから。もちろんニーナちゃんたちは残さず食べてくれるわよね。だって残したら食料課の方たちに悪いもの」
その言葉で絶望へと叩き落とされた。
そして、何枚目か分からないがニーナの友達の一人が、そこで吐いた。
すると連鎖するようにニーナたちは次々と吐きはじめる。
「あらら、どうしたのかしら? もしかして、食中毒かもしれないわ。あら、大変。ねえ、貴女たちはニーナちゃんたちを医務室まで運んでくれるかしら。それと、そこの貴女はこの料理を研究部まで運んで調べてもらってきてくれる?」
これでせめて食料課へ一矢報いようとしたルティーナだったが、医務室での診療でニーナたちは食べ過ぎと診断され、研究部でも問題無しと解答をもらった。
こんなことなら、むしろ何か混入しとけばと思ったルティーナだったが、流石にそこまで自作自演したら後には引けなくなる。
なによりも、自身の裁量を逸脱してしまう。だからこそ、ここが引き際だとルティーナは見極めた。
結局、後日ニーナたちを連れて食料課まで赴き、正式に詫びを入れさせた。
この一件でルティーナは後輩からの人望を失った。それについてルティーナは許容出来る。失った人望は時間をかけて取り戻すことが出来るから。
だが、ルティーナにとって絶対に許容出来ないことがあった。
それこそ、クライスの妻としての立場だ。
昔からクライスはモテた。恋敵など大勢いた。その全てを蹴散らしてルティーナは妻になった。
そんなルティーナだからこそ、ニーナの本性を見抜いていた。
本気で自分が正しいと思い込み、悪いのは絶対に回り。いつだって可哀想なのは自分。話すことは大袈裟に盛り、嘘だって平気でつく。信じられないことだが、自分でついた嘘を真実だと思い込むことすらしていた。
そのニーナがルティーナの家にくることなど、クライスと結婚するまで一度だって無かった。クライスと結婚して一緒に暮らすようになると、うんざりするくらい家に来た。
そこまでされなくても、ルティーナは気づいていた。
ニーナの本命がクライスだということを。
だからこそ、何かと理由をつけてクライスに会おうとしてきた。
もしも、それをルティーナが断れば、今度はその事を利用してクライスに会おうとするのは分かりきっていた。
どうせルティーナ先輩に嫌われてるんです。って自分を悲劇のヒロインに見立て、少しでもクライスの気を引こうとするだろう。
そのため、ルティーナとしては表向きあくまで先輩としての立場を取り続けていた。
だからこそ、ニーナが今回ラシルドの事をどれだけ悪く言っても、ルティーナはそんな話をこれっぽっちも信じて無かった。
どうせラシルドのことなど、ニーナはクライスとの接点を増やすための道具としか見てないことを知ってたから。
そして、今頃は自分とクライスとの仲を引き裂く算段をしてることも、容易に想像できた。
さぞかし、今回の件で自分のことを悪く言ってることだろう。
だって、それがニーナという少女なのだから。もしも、レンがニーナと似てると思ってるとルティーナが知ったら、笑いながら否定するだろう。
なぜなら、レンは自覚し自己嫌悪するが、ニーナが自己嫌悪することなど絶対に無いのだから。
これからも、そんな頭のおかしいニーナの相手をしないといけないと思うと、ルティーナとしてはうんざりしていた。
「はぁ…………」
ルティーナはソファに座りながら、隣に座ってるクライスの肩に顔を埋めながらため息をついた。
クライスは少し微笑みながら、そんなルティーナの頭を優しく撫でている。
それこそルティーナにとって至福の時間。
だからこそ、ルティーナは頑張れる。
絶対、誰にもこの場所を譲るつもりなんかないのだから。
試練の当日、ラシルドとレンを始めエントリーしたカップルが続々と中央広場へと集合していた。
時刻は就寝時間を過ぎており、いつもの明るい広場ではなく薄暗い中だ。ランタンを灯した大人たちが、バッチを見ながら順番にカップルを並べていく。
そして、1組づつエレベーターに乗せて上がっていった。
「次、ラシルドとレン組」
「「はい」」
大人に呼ばれた二人は、若干の緊張を含みながら返事をする。
そして人生で初めてこのエレベーターに乗った。いつもの景色を見下ろす眺めは、薄暗さとランタンの灯りが混ざり、どことなく知らない光景に見えた。
「ヤバっ……結構緊張してるかも」
そう言うレンに、ラシルドは「オレも……」という。
そんなラシルドにレンはクスッと笑う。
「んだよ。変か?」
「んーん。そんなことはないよ」
そう答えながら、レンは少し嬉しかった。なにが、と聞かれてもレン自身よく分からないが、何となく嬉しかった。
エレベーターが到着すると、またしてもランタンを持った大人が二人いた。
「男はこっちへ」
「女はこちらへ」
大人たちの案内に従い、ラシルドとレンは別の部屋へと入っていく。
ラシルドが入った部屋は通路を大きくしたような部屋だった。
「ここで服を脱げ」
「はい」
そう答えてラシルドは服を脱ぐ。下着姿になるが大人はまるでそれも、というように顎を動かした。
そして全裸になる。
「ゆっくりと前に歩け」
その指示通りに歩くラシルド。
「そこで止まれ」
言われた通り止まる。するとシャワーといより霧吹きみたに液体をかけられる。
それがオイルみたいにベトベトにしてきた。
「それを耳の裏、腋の下、指の間、とにかく全身にくまなく馴染ませろ」
言われた通りにすると、次に大人はウエットスーツみたいな服を渡してきた。それも着て、その後も色々と大人の着せ替え人形みたいにされたラシルド。
完全防寒装備一式を身につけていた。
そしてその部屋から別の部屋へと移動した。
その部屋で少し待つとレンも似たような格好で現れる。
「では、二人ともこちらを持って下さい」
レンを担当してた大人は、そう言ってリュックを渡す。二人はそれを背負った。
「最後にこれを……」
そして渡されたのはネックレスの中央に先の丸まった棒が付いてた。
その先端からは光が伸びている。
「それは目的地を光で示す道具であり、いざという時の救難信号を送る道具です。もし、リタイアする時は反対側を押して下さい。私たちがすぐに救援に向かいます。無論、その場合は不合格になりますが、君たちはまだ若い。チャンスはまだあります。くれぐれも無理はしないで下さい」
大人の一人は親身になってそう言う。
「で、合格は勿論、目的地に到着した組だけだ。目的地に到着すれば何をすればいいのか分かる」
もう一人の大人はそれだけを言った。
そして、扉が開き二人は外へと出される。
そこは洞穴のような場所だった。
二人が出ると、まるでもう帰れないように扉が閉まる。
「なるほど……ね」
レンのその声はイヤフォンを通して、ラシルドの耳元から聞こえきた。
「とりあえず、明かりを取り出すか」
ラシルドは自分のリュックから懐中電灯を取り出して、周囲を照らした。
「そうだね。でも、ボクのは温存しておこう。先が全く読めないから」
「ああ……」
レンの意見にラシルドは短く返事をした。
洞穴を歩き続けると、地上へたどり着く。そこは二人にとって人生で初めての地上だった。
満天の星空の下、真っ白な大地はキラキラと輝いていた。時折吹く風が、光る粉みたいに氷の結晶を運んでいる。
その中を二人は歩く。
靴はアイゼンみたいになっており、氷の大地を噛むようにしていた。
「凄い……本当に、凄い。これが地上。これが宇宙。これが世界」
レンの感嘆を聴きながら、ラシルドも同意していた。
「何も無くは無い……か」
確かに大地は氷に覆われている。
植物だって無い。辺り一面全てが氷。
どこを見ても氷だけの世界。
それでも、二人は感動していた。
「うん、これは説明したくないよね。ボクだって後輩には、この感動を直接味わって欲しいもん」
「だな……オレも同じ気持ちだ」
「信じられないよね。これがマイナス180度の世界だなんて。生き物が生活出来ない世界だなんて。だって、こんなにも綺麗なんだから」
ラシルドは黙って頷いた。
言葉で飾ることはラシルドには苦手なこと。この美しさをどう表現していいかも分からない。
それどころか、どんな言葉もこの息を飲むような光景を表せないと思ってしまう。
「……目的地は、あっちか」
ラシルドは光の筋を見ながらいう。
「行こう、きっと素敵な何かが待ってる気がする」
そして二人は光が示す方向へ向かって行く。
他愛ない会話をしながら、暫く歩いていると、ラシルドの耳元にはレンの吐息が聞こえてきた。
「おい、大丈夫か?」
振り返るラシルドだったが、そこには自分の歩いてきた足跡しか無かった。
また、やっちまった。
いつもそうだ。
自分のことばかり考えて、相手のことを考えてない。
何度もその事を先輩から指摘されてきたのに。
ラシルドは急いで来た道を戻る。
すると氷の上で蹲ってるレンを見つけた。
思わずラシルドはレンに駆け寄る。
「もう……走ったら汗をかくからダメなんだぞ」
レンは苦しそうにそう言う。
「うるせえ……オレのことよりレン、お前だ。どうした、どこか怪我でもしたのか?」
「違う、違う。ボクさ、元々心臓があまり強くなくて、少しでも運動するとこうして締め付けられるような感じに、なっちゃうの。でも、少し休めば大丈夫だから」
なんとか心配させないように答えるレンだったが、絞り出すような言葉がそのままレンの辛さを表していた。
「ったく、しょうがねーな」
ラシルドはそう言ってリュックを下ろすと、リュックを胸に当てるように逆にした。
そして、レンの前でしゃがむ。
「えっと……何をしてるのかな?」
「さっさと乗れよ」
「いやいや、恥ずかしいし。それに休めば大丈夫だから」
「うるせえ……」
ラシルドはその体勢のまま動こうとはしなかった。
「もう……強情なんだから」
「うるせえ、さっさと乗れ」
「はいはい……」
レンはゆっくりと起き上がると、ラシルドの背中に倒れるようにのし掛かる。
「悪いけど、この懐中電灯を持ってくれるか?」
「ふふふ。お安い御用です」
「なんだよ、そのキャラ」
ラシルドはレンの両足を抱えると、スッと立ち上がる。
「じゃ、行くか」
「うん……」
そして二人はまた歩き始めた。
光の示す方向へ。
「重くない?」
レンは尋ねる。
もちろん、重いと答えられたらショックではあるが、それよりもそう答えてくれた方が嬉しかった。だって、お荷物になりたく無かったから。
「全然……むしろ、軽い」
それは強がりでも何でもない。
いつも保全課で手伝いしてるラシルドからすれば、レンは本当に軽かった。毎日、レンより重く持ちづらい資材を運んでいたからだ。
「そっか……」
思わず「いいな」と羨む言葉を飲み込みながらレンは答えた。そしてなんとなくラシルドの肩に頭を乗せた。
そんなレンの視界に人影が見えた。
「待って、あそこ。誰かいる」
レンはその人影を指指した。
ラシルドもすぐに、そっちを向いて確認する。
「エントリー参加者か?」
「でも、それにしては変だよ。人影が一つしか見えないし……それに、動いてない」
その場所は光の示す方向とは外れている。
いちいち行く必要はない。ラシルドはそう考えてしまう。
だが、散々それで失敗してきた。
「確認した方がいいと思うか?」
ラシルドはレンに聞くことにした。
「ボクは確認したい。あの単独の人影がいざと言う時の救援の大人なら問題ないけど、そうじゃなかった時を考えたら、ここで確認しておくべきだと思う」
レンは強くそう思った。
「分かった」
ラシルドは素直にレンの説明を受け入れた。
その説明がラシルドにとって分かり易いものだったから。
二人はその人影へと近づく。
途中でその人影が何かはお互い気づいた。
それでも何も言わずに、ただ黙って二人は近づいた。
氷の上で座る人影は、死体だった。
ラシルドは一旦レンを下ろした。
そして二人は死体に向かって礼をする。
「「……………」」
二人は何も言葉を発することは無かった。
この死体には、どんな言葉も発してもいけない。
それは生きてる人間が生きようとする限り、許されることでは無かった。
ただ、黙って受け止めるしかない。
『贄』の烙印を押された死体の存在を。
パンドラは人々が生活出来る唯一の空間。
そこでは全てにおいて有限である。
空間の広さも。
生活可能な人数も。
自給出来る食料も。
何もかもが有限。
では、そのコロニーで新しい命が誕生するとどうなるか?
その答えが『贄』である。
一つの命を生むことは、一つの命を犠牲にすること。
コロニーで生活する誰もが、幼い頃から親に教えられている。
だからこそ、『贄』に選ばれるのは子孫を残す意思の無い者たちだ。
その中から年寄りから順番に選ばれる。
その覚悟があろうが無かろうが関係無く、結婚をしない者たちをコロニーは必要として無かった。
その甘さを許容出来るゆとりなどどこにも無かった。
だからこそ、『贄』に同情してはいけない。
『贄』の死を悲しんではいけない。
『贄』に声をかけててはいけない。
それこそが、コロニーに住む者たちの暗黙の掟だった。
「行こうか……」
「あぁ……」
レンの言葉でラシルドはその場から離れることが出来た。
もし、自分一人だったら果たしてこの場から動けたか自信が無かった。
それぐらい、その事実は重いものだった。
大人たちは、これを子供には見せてこなかった。
その理由はラシルドにも分かる。
ただ知ることと、目の当たりにすることは違う。
それを受け止めることこそ、大人への試練なのだろう。
そしてラシルド一人だったらここまでだったかもしれない。
今、動くことが出来たのは、紛れもなくレンのおかげだった。
初めてレンがラシルドを知ったのは、2年も前の事だった。
その日、初めて食料課へ配属されるも、何度も失敗してレンは落ち込んでいた。たまたまトイレに逃げた帰り道、レンは一人の男の子が先輩から怒られてる場面に出会う。
悪いと思いながらも、隠れながらその光景を見ていた。
その男の子がラシルドって名前なのも、怒ってる先輩がそう呼んでるから知ったようなものだった。
その時、なんとなく怒られてるのが自分だけじゃなく、レンはどこか嬉しかった。
その日の就業が終わり、レンはなんとなくラシルドがいる保全課へ歩いていた。
すると他は明かりが消えてるのに、部屋の一箇所だけ明かりがついていた。
そこを覗くレンは、たった一人で誰も居ない部屋の中、ひたすら何かに没頭してるラシルドを見た。
レンにはよく分からないが基盤や配線図と向き合いながら、何かを必死に勉強していた。
同じじゃない……
彼は頑張ってる。
ボクとは違う。
多分、それが悔しかった。
それから、気がつくといつの間にかラシルドを探してる自分に気づいた。
それが好きって気持ちだと理解したのは、ラシルドとニーナが付き合った時。二人が仲良く歩いていたところを見たからだった。
そう、何もかも遅すぎた。
いや、そもそも自分は恋していい身体じゃない。
結婚出来る身体じゃない。
そんなことは、自分が一番よく知ってる。
でも……
それでも……
この気持ちを止めることが出来なかった。
「ごめん……ね」
レンをおんぶしながらラシルドは首を傾げる。
「なんだ?」
「ボクさ、実はラシルドに黙ってたことがあるんだけど」
「謝るような内容なら、黙ったままでもいいが?」
「ふふふ。どうなんだろ。確かに謝るような内容じゃないかも」
「それなら聞いてやるよ」
「実はボク、結婚出来る身体じゃないんだよね」
「そうか、それは奇遇だな。オレも結婚には向いてない性格だ」
「じゃ、ボクたち二人して結婚すべきじゃないのにエントリーしてるんだ」
「ま、そうなるな」
「それっていいのかな?」
「そりゃ、いいに決まってる。大体、受付したのは大人だぜ? オレら別に何も悪いことはしてないだろ」
「ふふふ。それは、確かに」
「だろ?」
「じゃ、行けるところまで行こう」
「おう、ただし、行くのは目的地まで……な」
「バカ、そこまで無理しちゃダメだから」
「うるせえ……こちとら毎日先輩の背中を見てきてるんだ。この程度で弱音を吐いたら、二度と先輩の顔が見れなくなる」
「なんか………ごめん」
「レンの好きな言葉はなんだっけ?」
「もう…………ありがとう」
「おう、オレこそありがとう……だ」
「なんで?」
「……なんでもねーよ」
ラシルドは知った。
自分には欠点があると。
そして、レンはそんな自分の欠点を補ってくれる、と。
人間はいつだって不完全だ。
それはクライス先輩の口癖。
ラシルドはいつもそれをなんとなく聞いていた。
だが、今ならハッキリと分かる。
ラシルドにはその意味が。
だからこそ、レンに感謝していた。
なによりも大切な事を教えてくれた人だから。
それはずっと昔。
何百年も前。
人々がまだ地上で生活してた頃。
そのシンボルは、結婚を誓う場所にあった。
満天の星空の下、二度とこの大地が照らされることは無いかもしれない。
それでも、二人が持つ光は確かに示す。
そのシンボルを。
「これって……」
「どうやらここが目的地みたいだな」
「ラシルドはこのシンボルが何か知ってる?」
「知らん。ってか何か意味があるのか?」
「あのね、これは…………」
レンの説明を聞いたラシルドは、背中からレンを下ろす。
そして、レンの前で片膝をつけた。
そしていう。
「オレと結婚して欲しい」
色々と複雑な表情の末、レンは満面の笑みを浮かべた。
「……はい」
真っ白な世界、真っ暗な宇宙。
その狭間で、二人は誓った。
永遠を。
おわり




