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第8話:多田楓と部活説明会

「驚いたなあ、礼奈れいなちゃん、私の名前まで覚えてくれてて。だってフルネーム言ったのなんて、自己紹介の時くらいだよ? やっぱり人生2周目っていうだけあるよね。すごい記憶力だ」


 放課後、学級日誌を書きながら多田たださんが嬉しそうに話す。


 一緒にやろうとは言ったものの、行動として一つの日誌に同時に文字を書くわけにもいかないので、書くこと自体は多田さんに任せて、俺はほとんど横に座って見ているだけになっていた。


「俺もびっくりした。中学の同級生の名前とかほとんど覚えてなかったし」


「そうなんだ? でも、吉田よしだくんのことは覚えてるよね?」


「まあ、同じ中学からこの高校来たのは俺しかいないから。さすがにそれで覚えてないってことはないんだろ」


「そっかあ、それは縁があるねえ」


 本当は中学からどころか幼稚園に入る前から知り合いだからなのだが、まあ、嘘はついていない。


 それにしても、なぜか吾妻あずまと多田さんの名前は覚えてるんだよな。


 ちなみに、日直を代わることを名乗り出てくれた礼奈だが、今日も放課後ホームルームの終わりを待たずに学校を出ないと間に合わない仕事があったため、結局出来ないということになった。


 ていうか、日直を代わるって、バイトのシフトじゃないんだから。もしそんなことしてもいいなら吾妻が毎日立候補して引き受けてくれそうだ。


 ……それにしても、礼奈が明らかに多田さんを警戒しているように思えるのだが、そういうことなのだろうか? なんだか想像しにくい。想像してはいけない気がする。


「そういえば、吉田くんは、部活説明会行くの?」


「ああ、俺は行かなくてもいいかなあ」


 部活説明会とは、各部活の2、3年が自分の部活を紹介していって、新入部員を募集するというイベントだ。


 さっきのショートホームルームの際、このあと16時から多目的室で開催される、ということを担任が言っていた。


「帰宅部志望? もしくは、もう入りたい部活が決まってるとか?」


「うん、写真部」


「即答だ!」


 多田さんが目を丸くしてから、爽やかに笑う。なんだか変なことを言ってしまったみたいな気がして、照れくさい。


「入学前から決めてたの?」


「うん、まあ……。それがこの高校にきた理由の一つだし」


「へえ! 武蔵野国際うちの写真部って有名なの?」


 ぼそぼそと口にする俺に対して、多田さんは前のめりかつ無邪気に質問をしてくれる。その態度に、別に入りたい部活があること自体は恥ずかしいことではないか、と思い直すことが出来た。


「別に有名じゃないだろうけど、暗室あんしつがある高校ってここくらいしかないんだよ」


「暗室って何?」


「写真を現像するための部屋」


「現像って何? ……あ、なんか質問ばっかりでごめん」


「いや、全然」


 むしろ、興味を持ってくれるのはありがたい。


 たいていこういう話は興味がないけど一応話を繋ぐために聞かれているということが多いので、こちらも手短に説明する癖がついてしまってるだけだ。


「デジカメだと、撮った写真ってすぐデータになるけど、フィルムカメラ……つまり昔のカメラは、デジタルじゃないから、撮った写真を『現像』してやって、初めて見られるようになるんだよ」


「へえー! フィルムのカメラって、あの使い捨てカメラとかもそう? なんだっけ、うつるんです?」


「そうそう、写ルンです」


「うつるんですかあ」


 何かが写るとか写らないとかを敬語で話してる会話みたいになってるけど。


「使ったことある?」


「うん、私の親戚のおじさんが、一眼レフ……っていうのかな? 強そうなカメラを持っててね、それを羨ましいなあって見てたら、次からおじさんは会うたびに『かえでちゃんにもカメラあげるよ』って、買ってきてくれたの。それで色々撮ってみた記憶がある」


「へえ……!」


 初めてカメラに触ったきっかけが俺と同じで、驚いた。


「俺も、おじさんがカメラマンでさ。それで、会うたびに羨ましがってたら、おさがりのフィルムカメラをくれたんだ。最初はフィルム交換するのも失敗しまくって大変だったんだけど、でも初めて自分の撮った写真が現像されたのを見たらなんかすげえ感動して。それ以来ハマっちゃって、今は俺自身も……」


 ……と、そこまで話して口をつぐむ。


 昨日今日初めて会ったような相手に、こんなに踏み込んだ話をするものではないだろう。


 多田さんにはなんだかつい口が滑りそうになる不思議な雰囲気がある。


「……いや、まあ、そんな感じで、学校で現像出来るのってすごい珍しいからさ」


「へえ……! あれ? おじさんの話、途中じゃなかった?」


「ああ、いや、いいんだ別に。ていうか、さっき一眼レフカメラのこと、『強そうなカメラ』って言ってなかった?」


「えっ!? そ、そんなの、スルーしてよ! 吉田くんって、結構意地悪?」


「いや、誰でも突っ込むと思うけど」


 なんだか、自然に笑いがこぼれた。


「多田さんは? 部活」


「うーん、私はまだ迷ってるかなあ。中学は吹奏楽部で、うちの高校の場合、それが器楽部っていう部活になるみたいなんだけど、忙しそうなんだよね」


「そうなのか。体育会系みたいな?」


「うーん、どうなんだろう? なんか有名じゃない? うちの器楽部。映画のモデル校になったとかで」


「あー、説明会の時に言ってた気もする……」


 なんなら、一回親と来た学校説明会で演奏を聴かせてくれたのは器楽部じゃなかったか?


「私、高1から塾に通うつもりで……だから、あまり参加に厳しい部活じゃない方がいいかなって」


「塾? 大変だな……」


 医者にでもなるんだろうか。


「大変っていうか、要領良くないだけ。いえの方針みたいなもので良い大学に行かないといけないんだ」


「ふーん……?」


 よく分からないけど、あんまり個人的なことを初めてまともに話す時から根掘り葉掘り聞くものでもないだろう。


「でも、部活はやってみたい。せっかくの高校生活だし」


「じゃあ、それこそ部活説明会行かなきゃじゃん。俺、日誌書いとくから行きなよ」


 俺が日誌を引き取ろうと手を差し出すと、


「ううん、もう書き終わったから、大丈夫!」


 とにこやかに返事が来る。


「これ職員室に届けて、そのまま説明会も行っちゃおうかな」


「おお、そうか」


「……あのさ、吉田くんも行かない? 写真部の説明、聞きに行こうよ。思ってたのと違うかもよ?」


「まあ、それは……」


 どうしようかな、と考えてると、多田さんは頬を染めて、


「……というかね、私、多目的室がどこだか分からなくて、連れて行ってくれたら嬉しいんだけど、どうかな?」


 と、苦笑いした。


「ああ、うん。……分かった。そういうことなら」


「良かったあ、それじゃとりあえず職員室に行こっか!」


 立ち上がった多田さんが、可憐な笑顔を向けてくれる。


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