第6話:岩瀬礼奈とワーナーマイカルシネマズ(下)
映画本編が始まると、俺は心は前のめりに、姿勢はそのまま、銀幕に没頭した。
話の筋はそんなに尖ったものではない。
ひょんなことから芸能人の彼氏が出来た主人公・アカネが、自分も彼に見合う人間になりたい! と、奮起して、女優として芸能界入りを目指す。
だが、自らの意志で女優になりたいと考えている周りの女子に対して、アカネの意志はやはり弱い。
それに、お人好しなアカネは、周りをおしのけてまでになれないと思い始める。
……という、普通っちゃ普通のお話だ。
だが、そんな中、
『わたしなんかじゃなくて、あの子が主役を演じたらいいと思うんだよね……』
主人公・アカネの気弱なセリフに対して、礼奈演じる、主人公の親友・アイが言うセリフが良かった。
『ふーん、じゃ、今すぐ辞めようよ。そしたら、毎日カラオケにも行けるし、スタバにも行けるし、超楽しいじゃん!』
『……でもさ、その人生って、ベストなの? 「あの時本気で目指してたら違ったかなあ……」とか、そういうくだらない、たらればを糧に今後の人生を生きていくの? そんな人生でいいの?』
そのセリフが礼奈自身の我慢や夢と重なって、涙さえ流れようかというほど瞳が潤んだその時。
こてん、と俺の右肩に重力がかかり、同時に柑橘系の良い香りがした。
横目で見ると、礼奈がすーすーと寝息を立てていた。
おい、俺は今、岩瀬礼奈の名演技を見てるんだから邪魔すんなよ……!
ひと睨みしてからスクリーンに向き直るも、アカネが『うん、わたし頑張る!』的なことを言っている。大事なシーンは終わってしまったらしい。
あんたのせいで見逃しただろ、と、再度、礼奈に抗議の目線を向ける。
スクリーンの光に照らされた穏やかな寝顔。
それを見ていると、彼女は彼女で、この2、3日、色々なことを考え、思い、悩んで、相当に疲れているんだなあと感じた。
この土日は、彼女も中野サンプラザかなんかでライブだったと思うから、疲れを取る時間もない。
……今くらいは少し休憩してもいいのかもな。
俺は肩をなるべく動かさないように意識しながら、再度映画の世界に戻っていった。
映画が終わったらすくっと立ち上がり、一言も交わさず、それぞれ家に帰っていく。
駅前のイオン(元サティ)からうちまでは約10分。
先に帰った俺の後に、礼奈が「ただいまー……」と、リビングに入ってきた。
「おかえり。よくそんなザ・変装みたいな格好でばれなかったよな」
「いやあ、本当に。10年後はみんなマスクしてるから変装も楽なんだけどね」
「みんながマスク? なんで?」
「なんでもない。……あたし、そのうち時空警察的なものに捕まっちゃいそうだな」
礼奈はそんなSFみたいなことを言いながら苦笑する。
よく分からないが、話すべきでない未来のこともあるらしい。まあ、それはそうか。
「えっと、それで……映画、どうだった?」
控えめに礼奈が尋ねてきた。
「すげえ良かったよ。主人公の親友のアイ役のなんとかいう人の演技が特に」
「そ、そう……! あたしからしたら『うわー若いなー目も当てられない』って感じだったけど……でも、それなら良かった」
はにかむ彼女に、俺は映画を見ながら気になっていたことを尋ねる。
「……なあ、礼奈」
「何?」
「……中身25歳って嘘だろ?」
「な、なんで!? 本当だけど? だってほら、あたし、当てたじゃん、席替えのこと」
眉間に皺を寄せた礼奈が猛抗議してくる。
「それは、中嶌先生が席替えする人だって噂を先輩とかから聞けば出来るだろ?」
「そんなこと、誰に聞くって言うの?」
「知らないけど。ツイッターとかで検索したら出るんじゃないか?」
「いやいや、そんなことしないから……! ていうか、なんであたしまた疑われてんの?」
俺はちょっと気恥ずかしくなり、頬をかきながら答える。
「いや、さっき、手が触れたくらいで肩が跳ねてて、すごく15歳だなって思って……」
「……!」
礼奈は目を大きく開いてから、それをジト目に変えた。
「……啓一郎は、大きな誤解をしているよ」
「誤解?」
「啓一郎は、15歳から25歳までの10年間を、5歳から15歳までの10年間と同じ長さだと思ってるでしょ?」
「え? ああ、そりゃそうだろ……?」
何を言い出すんだ。10年の長さが違うとでも言うつもりだろうか。それこそ時空警察に捕まるぞ。知らんけど。
「5歳から15歳までの10年間での人間の成長を100だとしたら、15歳から25歳までの成長なんて、10くらい、頑張った人でせいぜい15ってところだよ」
「嘘だろ……?」
「嘘じゃない」
「ええ……」
俺は謎に落ち込む。なんか、未来ってどん詰まりだな……。
「で、でも、それにしても25歳が手が触れただけでドキッとするのは、やっぱり歳相応じゃないだろ?」
「まあ、それは、そうかもしれないけど……」
「だよな……」
「で、でも、仕方ないでしょ?」
礼奈は頬を赤らめて、ぽしょりと呟いた。
「……恋愛なんて、この先も一回もしたことないんだから」
「……こ、『この先』と『した』は、日本語では同じ文には入らない」
俺はその礼奈の表情に、クソみたいなツッコミを入れていた。
「て、ていうか、さっきの映画の中でだって、ボディタッチくらいは、イケメン俳優としてただろ? 肩叩いたり、腕組んだりしてたじゃんか」
「そ、そんなの、だって別に好きな人とじゃないし……。女の子と手を繋いだりほっぺにちゅーするくらいなら、ライブのパフォーマンスでもいくらでもあるでしょ? あれと一緒だよ」
「いや、それって……」
その物言いは、つまり……。
「……好きな人とは、手が触れただけだってドキドキするよ。何歳だって」
「そ、そんなこと! せ、せせ、先週まで一回も言ったことなかったくせに……!」
あまりにストレートな回答に俺の口がもつれまくる。
「だ、だって」
礼奈はそんな俺の胸中を知らないまま、潤んだ瞳で見上げてきた。
「あたしだって、今さら、この気持ちが恋だって気づいたんだもん……!」