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第5話:岩瀬礼奈とワーナーマイカルシネマズ(上)

「じゃーん。見て、これ」


「おお、これは……!」


 夜10時。まだ両親の帰らない我が家のリビングにて。


 ダンスレッスンから帰ってきた礼奈れいなが見せてきたのは、映画の招待券だった。少女漫画が原作のラブコメ映画で、礼奈も主人公女子の親友として出演しているものだ。


 先週の金曜日に公開されたばかりで、入学の準備やら何やらで観に行けてなかったのだ。


「今日マネージャーさんに渡されたの。公開されたから映画館でも観に行けばって。駅前のイオンシネマでも使えるってさ」


「イオンシネマぁ……? ワーナーマイカルシネマズだろ? イオンにあるからって勝手に名前つけるなよ」


「ワーナーマイカルシネマズ……!!」


 なぜか目を見開く礼奈。


「ていうかつい先週くらい、礼奈がイオンのこと『サティ』とか呼んでたじゃん。もう変わってから2年経つのに」


「さ、さてぃ……!!」


「なんだよその子供の頃のビデオを見るときみたいな懐かしそうな顔は……」


「ううん、なんでもない。そうね、サティのワーナーマイカルシネマズね……」


「いや、もうサティではないんだってば」


 などと地元民にしか分からない会話をつらつらとしたあと、礼奈が招待券ムビチケを俺に手渡す。


「え、もらっていいのか?」


「あげるっていうか、その……。まあ、そうか。あげる」


「……? ありがとう」


 何かを言い淀んでいた気がするが、とりあえずお礼を言いながら受け取る。


「いつ観に行くの? イオ……ワーナーマイカルシネマズに観に行くんでしょ?」


「ああ……明日の夜の回かな」


 俺はスマホをぽちぽちして映画の上映時刻表を検索する。


「ってか、そこはもうスマホなんだ。『が、ガラケー!?』とかツッコむ心積もりをしてたのに」


「心積もりって……。まあ、スマホデビューしたのも高校入学を機にって感じだけど。ていうかスマホって打ちづらくないか? ケータイの時の方が早く打てた。あのカコカコした感触が打ち込んでるって感じがして良いんだけどなあ」


「ああ、そういうこと言ってる人いたわ……」


「なんか俺の方が年寄りみたいな感じで見られてるの意味わかんないんだけど……。まあとにかく明日の19:40の回だな。席取っちゃおう」




 翌日の放課後。

 

 映画館に着く。俺はいつも最後列のど真ん中の席で観ると決めている。ここが一番落ち着いて観られるからだ。


 なんといっても背後を取られるのが好きじゃないのだ。前世はゴルゴかもしれん。


 そして、ど真ん中の席を取る人間の流儀(マナー)として、開場後なるべく早く入場することに決めている。遅く行くと、他の人の前を横切る必要が出てくるためだ。『そんなにギリギリにくるなら通路側の席にしなさいよ』と思われる気がする。俺なら思うね。


 ということで、上映時間の15分前には着席してわくわくしながらこれから始まる映画の予告を見ていた。へえ、『言の葉の庭』……、監督は『秒速5センチメートル』の人かあ……、あれ良かったよなあ……。


 少し時間が経ったが、人入りはまばらだ。俺の座っている最後列には誰も座っていない。早く来る必要もなかったかな。

 ヒットしていないというわけではないだろうが、平日の夜の客層ではないということなのかもしれない。


 などと評論家ぶったことを考えていると、マスクをしてキャスケット帽を被った女性が入ってきた。いや、あの髪色と、隠しきれない目力は……。


 呆れた目でそちらを見ていると、案の定、彼女はこちらに近づいてくる。


 そして、まばらな客席の中で、俺の隣の席にやってきた。


「……あの?」


「しぃっ……!」


 礼奈は「ばれるでしょ!?」とばかりにマスクの前で人差し指を立てる。


「めっちゃいてますけど、この席に座るんですか……?」


「失礼ですね……。あたしも真ん中が良かっただけです」


 すん、としている礼奈。


 そっか、俺、これから岩瀬いわせ礼奈が出てる映画を岩瀬礼奈と見るのか……。


 礼奈は何度か映画には出ているし、出演作は俺もすべてチェックしているものの、一緒に見たことはなかった。


 彼女曰く、「撮影から始まって試写会やら舞台挨拶やらで何回もチェックするんだもん。わざわざ映画館で観る暇はないよ」とのことだった。


 それが、どういう風の吹き回しだ?


 俺が心の中で唸っていると、彼女はポップコーンを俺たちの間に置く。


「これ、一番小さいサイズがこれみたいなの。手伝ってくれる?」


「俺、映画館でポップコーン食べない派なんだけど」


「……そうだった。映画鑑賞ガチ勢だった。席のことは覚えてたのに……」


「がちぜい……? 席のこと?」


 俺は映画を集中してみたいタイプなので、口の中で大音量を奏でるポップコーンをあまり好まないのだ。


「でも、一人じゃこれ、食べきれないんだけど……」


 帽子とマスクの間から困ったような目が俺を見つめる。


 ……本当に、昔から、この目には弱い。


「……ちょっとだけなら手伝ってやる」


 そこまで言って、俺はまたスクリーンに向き直ってポップコーンに手を伸ばす。


「うんっ」


 嬉しそうに跳ねた声が右隣からするが、なんだかまたやられそうなのでそっちを確認するのは避けた。


 場内が暗くなってからも予告は続いていた。


『アイアンマン3』かあ……。1は見たけど、2見てないなあ……。TSUTAYAでもうレンタルしてるのかなあ……。


 俺は出来るだけ上映前にポップコーンを食べてしまおうという、じゃあなんのためにポップコーン買ったんだよというようなことを考えながら割と高速でポップコーンと自分の口を往復させていた。


 と、その時。


 何往復目かで、柔らかくてすべすべした感触が手のひらに走る。


 目線を送ると、バッと礼奈が自分の手を引っ込めたところだった。


 その顔は、暗がりでもわかるほどに紅潮しており、心なしか、瞳も潤んでいるように見える。


 その時俺は、彼女のタイムスリップうんぬんが嘘なんじゃないかと、昨日の未来予知はたまたまなんじゃないかと、そんなことを思い始めていた。


 だって、25歳が手のひらが触れた程度でこんなにウブな反応するわけなくない……?


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