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第25話:多田楓と人生の分岐路

「どうしよっか? 啓一郎けいいちろうくんは帰る?」


 もともと分刻みのスケジュールでここに来ていた礼奈は、仕事へととんぼ返りした。


 残った俺に多田たださんが聞いてくる。


「多田さんはどうするんだ?」


「多田さん……」


 さっき写真部のローカルルールで下の名前で呼び合うみたいなのを制定(?)したばかりなだけに、「ふーん、啓一郎くんは変えないんだね?」みたいな顔で見てくる多田さん。


「あー……その……」


「なんてね、私も啓一郎くんって呼ぶのちょっと緊張するよ。呼ぶたびに、えいやっ!って気合い入れてるもん」


「そうなんだ……」


 どうしてそこまでして、とは思うが、それも含めて彼女の言う『部活感』みたいなものなのかもしれない。


「ていうか、これからの予定だよね。私、せっかくカメラ買ったから色々撮ってみたいなあ。ここらへんで何か撮れるものあるかな? ビル?」


「ビルはビルでいいと思うけど……新宿御苑とか行ってみる?」


「新宿御苑! たしかに大きい公園だもんね! え、啓一郎くんも来てくれるの?」


「まあ、特に予定もないし」


「やったあ!」


 無邪気に笑う多田さん。


 なんか、一緒にいて欲しいと思われているというのは面映おもはゆいというか照れ臭いというか……。


 などと思いながら頬をかいていると。


「撮り方の基本とか聞きたかったから、嬉しい!」


 思ったよりは打算的な理由で歓迎されていた。まあ、そういう理由がある方が俺も変な意識をしなくて済むから助かるけど。




 結局2人で新宿御苑に行き、草花や鳥を撮影しながら、ピントの合わせ方や露出の補正の仕方などをレクチャーした。


 1時間くらいかけてゆっくり回ったころ、


「ちょっと休憩しよっか」


 と多田さんに誘われて、東家あずまや的なベンチを発見する。(多田さんは「こういうの『あずまや』って言うんだ。吾妻くんのおうちみたいだね!」と笑っていた)


「ちょっと待っててね」


 多田さんがすぐ近くの自動販売機に立ち、


「はい、授業料には安すぎるけど……お礼!」


 と、ペットボトルのお茶を買ってくれた。


「そういえば、啓一郎くんは、どうしてカメラをやってるの?」


「部活説明会の時にちょっと話さなかったっけ? 叔父おじがカメラやってて、それで」


「それは聞いたけど、でも、それはきっかけでしょ? 同じきっかけがあっても私はその時は始めなかったし。始めた理由っていうよりは、続けてる理由っていうのかな? そういうのが聞きたいなって」


「ああ、なるほど……」


 俺は話すべきか少し躊躇ちゅうちょしたが、ここでならまあいいか、と思って口を開く。


 多田さんの容姿に関する身の上話を聞いていたし……などと自分を説得する言い訳を巡らせるものの、ただなんとなく、彼女には話してもいいような気がしただけなのだと思う。


「……実は、プロのカメラマンになりたくて」


「そうなんだ! やっぱり人を撮影するの? ……グラビアとか?」


「まあ、結果そうなるかな」


「ふーん……」


 多田さんはじっと俺を見ている。


「……茶化さないんだな?」


「え、何を?」


「いや……」


「あ、えっちな写真を撮りたいんでしょって?」


 多田さんは破顔する。


「あはは、ちょっとだけ思ったけど。啓一郎くんがそういうんじゃないのは、分かるよ」


 そして、優しく微笑んで、こう尋ねてきた。


「……礼奈ちゃん、でしょ?」


 その名前が突然飛び出して来て、俺の方がびくっと跳ねる。


「どうして……」


「アキ先輩に聞いたの。啓一郎くん、礼奈ちゃんのこと撮ろうとしないって。それで、さっき、カメラ屋さん行く途中に、礼奈ちゃんと名前で呼び合ってたくらい仲良い幼馴染だって知って、なんとなく色々腑に落ちたんだ」


 そして、確信を持ったように多田さんは続ける。


「礼奈ちゃんをプロとして撮りたいんだ、啓一郎くんは。そのためにカメラマンを目指してる。だから、今は礼奈ちゃんを撮らない。どうかな?」


「合ってる……!」


「やっぱりかっこいいな、それに……」


 あまりにも見事な推理に呆然とする俺を放って、寂しそうな顔で呟く多田さん。


「……羨ましいなあ」


「羨ましい……?」


「やっぱり啓一郎くんは礼奈ちゃんのこと好きなの? その……恋愛的に」


「いや、そうじゃないよ」


 この手の質問には慣れっこだ。逡巡する様子なんてちらっとでも見せちゃいけない。


 驚嘆でぼんやりしていた思考が、この問答のおかげですっと元に戻る。


「……そっか」


 多田さんはぽんっと立ち上がって、手を背中で組んでこちらを向く。


「ねえ、啓一郎くん。また、今日じゃない日に、その……出かけられないかな? 2人で」


「ん? それって……」


「うん、……デートのお誘いだよ?」


 多田さんは、拗ねたように唇をとがらせて笑う。


「言わせないでよ、いじわる」


「ああ、それは……」




 確証はないけど。


 ……でも、これは1つの大きな分岐点な気がした。





 第一部・完


 彼ら(主に啓一郎と礼奈)がどんな決断をするのか、彼らの気持ちになって何周も悩んでいます。

 少しお時間いただきたいので、断続的になりますが、ここまでで一旦第一章・完とさせていただきます。

 再開まで少々お待ちいただければ幸いです。


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― 新着の感想 ―
[一言] あああ、読み終わってしまった。早く続きはよう… どっちかが負けヒロインになるんだよね? すごい嫌だよなぁ… でも分岐したもう一方ですでに勝敗ついてるわけで。 多田さんすでに一度勝利してるか…
[一言] ニヤニヤしながら読ませていただきました。気になるところで第一部・完! 個人的には多田さんがすごく可愛いので元々の歴史通りに結婚して欲しいような、でもそれだと話的には…というのでヤキモキして…
[良い点] 1部完、お疲れ様でした。 続き楽しみにしてます。 [気になる点] さてさて、どんな分岐になることやら…
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