第22話:多田楓と未来からの借金
翌朝。
吾妻も礼奈も多田さんも来ていなくて、4人の中では俺が一番乗りだ。
なんとなく手持ち無沙汰なので、本でも読もうかとカバンに手を突っ込んだその時、
「吉田くん、おはよう!」
上機嫌な声に、後ろからぽんっと肩を叩かれる。
ルンルンとした雰囲気をまとった多田さんは、俺の左隣に座ると身を乗り出して、
「ねえ、聞いて聞いて!」
と、子供みたいな笑顔を浮かべた。
「おお、どうした……?」
「お母さんに話をしたら、お金を貸してもらえることになったんだ!」
「おお……! カメラ買えるってことか?」
「そう! 将来、ちゃんと返しなさいって」
ぶいっ!と、顔の脇にピースサインを掲げるその様子が大変あざとい。窓を背にした彼女は後光がさしているようにも見える。
「結構柔軟なご家族なんだな」
「私も驚いたよ。そんな暇あるなら勉強しなさいって言われると思ったから。『学生時代はお金はないけど時間があって、社会人になるとお金はあるけど時間がなくなる。私は昔の自分にお金が貸せたらなあってよく思うわ』だって。そういうものなのかなあ?」
「それはちょっと分かる……」
「うおっ!?」
背後から声がして、多田さんの方に向けていた体を振り返ると、礼奈が神妙な顔をして頷いていた。いつ着いたんだ……。
「若ければ若いほど知識も知恵も吸収率が高いからね。おはよう、楓さん」
「あはは、礼奈ちゃん、本当に人生2周目みたいなこと言うね?」
「あはは……」
多田さんは笑っている。俺は冷や汗をかいている。
「二人で何話してたの?」
と、礼奈が聞いてきた。
「カメラの話! 私、カメラ買えるかもしれなくて」
「へえ、良かったね」
微笑む礼奈。さながら、25歳のお姉さんが15歳の従姉妹の自慢話を聞いてるみたいだった。
「ということで、吉田くん!」
「うん?」
と、多田さんはそこまで言ってから、
「ていうか、礼奈ちゃん!」
と話の矛先を急転換した。俺は?
「は、はいっ!?」
突然呼ばれた礼奈の肩が跳ねる。
「礼奈ちゃんってカメラ持ってるの?」
「へ? カメラ? iPhoneしか持ってない……」
「ええ、iPhoneは携帯電話でしょ? カメラには到底及ばないよお」
「あはは、iPhone 4Sはたしかにそうかもね……」
礼奈は苦笑いを浮かべながら自分のスマホを眺める。10年後ってまだスマホなんだろうか……?
「買う気はないの? カメラ」
「あー……あたしはとりあえず部活の備品でいいかなーと思ってる……けど?」
「そっかあ。高い買い物だもんねえ……。そしたら悪いかあ……」
むむむ……と少し考えるような顔をしてから多田さんは、
「そしたら吉田くん、もしよかったら、今度の土日、新宿のカメラ屋さん、また行けないかな?」
なるほど。それがさっき俺を呼んだ理由か。
「ああ、いいよ。榎戸部長もこのあと誘うか」
「アキ先輩は土日は法事でご両親の実家に帰るって言ってなかった?」
「ああ、そんなこと言ってたな……」
昨日、新宿に向かう途中で、『いやあ、法事自体は面倒だがね、家から離れて普段見ない景色を撮りに行けると思うと悪くないね』と話していて、多田さんが『写真家って感じでかっこいいですね……!』と感心していたのを思い出す。
「じゃあ……2人になるか」
「うん、そうなっちゃうね?」
ハの字眉で笑う多田さん。
すると、
「あー、でも写真部入ったならカメラも必要かー、あたし、部活初めてでわかんなかったなー普通に学校ない日にも持ち歩くだろうしなー撮りたい物色々あるしなーあたしも買いに行こうかなー」
と右隣から棒読みのセリフが聞こえてくる。この間の映画ではいい演技してたのに、なんでそうなる。
「ほんと!? そしたら、土日どこかでどうかな?」
多田さんは棒読みの演技に気づいてか気づかずか、とにかく嬉しそうに応じる。
「ちょっと待ってね、新宿でしょ……? んーと……えっと、タクシー使えば……」
礼奈はしゅばばっと取り出したスケジュール帳とにらめっこをして、スマホを操作しながら、結論を出した。
「うん。日曜日の12:35〜13:18の43分間ならいける」
「すっごい分刻みだね!?」




