第21話:多田楓と女性限定のポケットティッシュ
「改めて多田楓です! これから、よろしくお願いします!」
仮入部の期間が終わって、多田さんは結局写真部に入部することになった。
理由を聞いてみると、
「忙しすぎないっていうのもあるはあるんだけど、それ以上に、写真って素敵だなって思って! 高校時代のこと、フィルム写真で残せたら最高だなってそう思ったんだ」
とのこと。
多田さんらしい理由だな、などと知ったようなことを思ったりした。
ということで、結局写真部の新入部員は礼奈と俺と多田さん(入部順)の3人ということになったらしい。
「年中入り放題だからこれから増えるとも限らないけれどね。それでも、まあ、こんなものだろう。今年は豊作だ。わたしは嬉しいよ」
榎戸部長は似つかわしくないほど穏やかな微笑みを浮かべながらそんなことを言っていた。
それにしても、つまり、礼奈の1回目の人生では、新入部員は俺と多田さんの二人だったということなんだろうか?
聞こうにも、今日の部活に礼奈は来ていない。仕事だ。
「それじゃあ、入部一日目の多田楓サンも写真を撮って回ってみるかい? あそこにあるのが岩瀬礼奈サンの初日の作品なんだけど」
「それなんですけど……」
多田さんは胸元で両方の拳をぐっと握る。
「私、自分のカメラが欲しくて、もしよかったら二人にも付いてきてもらえないかなって」
「自分のカメラって……、結構高いよ?」
「……それも含めて、ちょっと見てみたいなって」
「へえ。どうしてそんなに? 部室のじゃだめかい?」
「なんというか、吉田くんのカメラを触らせてもらったら、なんかかっこいいなって。憧れちゃって。その、相棒、みたいな?」
相棒。
なんだかそう言われると誇らしくなってしまう。
どうやらそれは榎戸部長も同じようで、口角をにんまりと上げて、
「良いコダワリだね。じゃあ、この後、新宿にでも行ってみようか」
ということで、新宿の中古カメラ屋の前につく。
「あの、アキ先輩。中古専門ショップにまっすぐ来ましたけど、やっぱり新品よりも中古の方が安いんですか?」
「んー。というよりも、新品のフィルムカメラってないんだよね。今時は。メーカーがデジカメしか作ってないんだ」
「なるほど……! え、それなのに安くないんですか?」
「そうだね。新しいのを作っていないからこそ、あとはある意味減る一方だから。最近レコードプレイヤーがまた流行しかけているらしいが、レコードはCDよりも高いからね。まあ、安いのもあるんだけど、きっと欲しがらないと思うよ。」
「そうなんですね……」
ふむふむ、とメモ帳にメモを取りながら店内に入っていく。真面目だなあ、相変わらず。
「初心者向けってどれなんですか?」
「この棚にあるようなオートフォーカスのコンパクトなフィルムカメラが一番初心者向けではあるし、値段も安いものからある。ただ、中の構造が複雑らしく、壊れたら直せないのと、それに……」
店の中だから少々気を遣ったのか、前屈みになって口の脇に手を添えて、
「……かっこよくないだろう?」
と小声でつぶやいた。
「ああ……」
多田さんは納得してしまった、という感じで苦笑いを浮かべる。
「なんだか、うつるんですがそのまま機械になったみたいな見た目ですね……?」
「そういうことだ。吉田啓一郎クンのやつに憧れているなら、もっとおしゃれなものの方がいいだろう? そうすると……」
そして、榎戸部長は別の棚に向かい、とある機種を指差す。
「これが一番かな。半分オート、半分マニュアルのタイプだ」
「どういうことですか?」
「詳しく説明するとややこしいんだが……。まあ、撮影する時に設定しないといけないことが3つあるとしたら、一番難しい1つをカメラ自体が設定してくれるから、残り2つだけ設定すればいいってことになる」
「なるほど……?」
「まあ、店員さんに聞いた方が確実だろう」
そこまでいうと、榎戸部長は俺の肩をぽんと叩く。
「さあ、吉田啓一郎クン、店員さんを呼んでくれたまえ」
「え? 俺ですか?」
「わたしに呼べというのかい? 喫茶店などでも、呼び鈴ボタンがあるお店をリストアップしてそこ以外にはいかないようにしているわたしに?」
「分かりましたよ、圧が強いですよ……!」
ていうか普段カメラ屋でどうやって買い物してるんだよ、この人。
俺が呼んだ店員さんに多田さんは説明を受けると、惚けた様子で店を出る。
「わたしは西武新宿駅だから、こちらで失礼するよ。よくよく考えることだね、多田楓サン」
「はい……!」
ということで俺と多田さんは二人連れ立って、新宿駅に向かった。
「本体とレンズ合わせて5万円かあ……お小遣いじゃ無理だなあ……」
「そうだよな……」
俺はおじさんにもらったから最初は一銭もかかっていないが、そりゃあそうなるだろう。
「でも、すっごく欲しい……! 帰ったら親に相談してみよう……! アルバイトとかすればいいよね?」
「そうだなあ……」
と、ちょうどその時。
「こちらどーぞー」
JR東南口にのぼるエスカレーターの手前で、やる気のなさそうな茶髪の男から、多田さんがポケットティッシュを受け取る。
「……これかも!」
「ん?」
俺が眉を顰めると、ポケットティッシュを俺に向けてくる。
「ねえ、女性限定で時給6000円だって! これなら二日くらい働いたらカメラ買えるんじゃないかな?」
「いや、それはダメだろ……」
そこに書かれていたのは、よく分からないが多分いかがわしいお店の求人情報。ていうか制服を来ている多田さんに渡すとか、あのティッシュ配りも何を考えてるんだか……。
「どうして?」
「いや、俺もよく知らないけど、なんか、エロい店なんじゃないの?」
「……ぅあ、これ、そういうこと……!?」
多田さんは顔を真っ赤にする。
「だな……」
「危ない危ない……」
そして、自分の顔を手のひらで扇ぐ。
「……アルバイト始める前には、一回吉田くんに相談することにするね?」




