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第18話:吾妻莉久と一目惚れの是非

 放課後になって、器楽部の演奏会会場になっているレクチャールームに向かう。


 レクチャールームは1学年まるまるくらい入るくらいの大きな教室で、器楽部が部室みたいに使っている部屋らしい。


 とはいうものの、俺も入学前のガイダンスみたいなもので来て以来だ。


「そういえば、礼奈れいなちゃんは、器楽部に興味があるの?」


「ああ、うん、まあ、そんな感じ……。あ、そうだ! かえでさんも器楽部入ったら?」


「えっ、どうして? いやあ、まあ、中学の時は吹奏楽部だったんだけどねえ。でも塾と両立出来るかなあって不安だよ」


「両立なんて楓さんならきっと出来るから、器楽部に入ったらいいと思うけど」


「なんでそんなに器楽部を勧めてくれるのかな!?」


 礼奈が思いつきみたいな杜撰ずさんな作戦を展開しているみたいだな……と呆れていると、


「やあ、吉田よしだ啓一郎けいいちろうクンと岩瀬いわせ礼奈れいなサンと多田ただかえでサン……と、ご友人」


「ご友人!? おれは吾妻あずま莉久りく……で……す……」


 前から榎戸部長が手を振る。首からはカメラをかけている。ん、吾妻? なんで声が小さくなった?


「ん。アキ、友達?」


 すると、榎戸部長は自分の横に立つ黒髪ポニーテールの3年生を興奮気味に見上げる。


「聞いてくれ、紗代さよ。あちらの短髪の男子と明るい髪の美少女は写真部に入部してくれたんだ」


「へえ、入部してくれたんだ……って、2人も!? しかも、女子の方って、岩瀬礼奈さんじゃない……?」


「おお、岩瀬礼奈サンは有名人なのかい? 彼女は写真部のホープなんだ。さては成績優秀で新入生挨拶でもぶちかましたね?」


 ぶちかましたって。ホープになったのか、岩瀬礼奈サン。


「いや、そういうことじゃなくてね……。まあ、成績優秀なのも有名人なのも多分本当だろうけど……まあ、アキにそういうことを期待するべきじゃないか」


「なんだい? その失礼な態度は」


 紗代と呼ばれた3年生が苦笑いし、榎戸部長は不満げに鼻を鳴らした。


「……ぁ、ぁの……!」


 すると、俺の横で、吾妻が小さく声を出した。


「どうした? 吾妻?」


「……あ、あのぉっ!!」


 今度は大きな声を出す。


「びっくりしたあ……!」


 礼奈が心臓の上を抑えて吾妻の方を見る。だが、吾妻自身の眼差しは紗代先輩にまっすぐ向かっていた。


「ん。どうしたの?」


「あ、あの……ロック部の、あ、有賀ありが紗代さよ先輩、ですよね?」


「そうだけど?」


 勇気を振り絞った様子の吾妻に、キョトン顔で首をかしげる紗代先輩。この先輩、ロック部なのか。


「あ、あの! おれ! きょ、去年の! 学園祭のライブ、見て、それで……! 有賀先輩のこと……その……」


 吾妻はそこで下唇を噛んで、なぜかしゅんと顔を落とす。


「……知ってるんです」


「ああ、見てくれたんだ! ありがとう。覚えてくれてたの? すごい記憶力だね」


 かなり挙動不審な新入生に対しても柔らかな対応を見せる有賀さん。先輩の余裕を感じる。


「いえ、そんな……。あの……、先輩の弾き語り、すっごく良かったです」


「……ありがとう」


 褒められているのに、何故だか、少し寂しげな顔をして彼女は笑う。


「……うん。それじゃあ、わたしたちは写真を撮影する関係で前方の席を取りに行くからね。また終演後に部室で会おうじゃないか。ほら、紗代、行こう」


「あ、うん。それじゃあ、またね、みんな」


 何かを気遣った様子の榎戸部長と有賀さんはレクチャールームの前の方の扉に消えていった。




 残されて、なぜか顔を伏せる吾妻を、多田さんは不思議そうに、礼奈は切なそうに眺めている。


「なあ、吾妻。あの先輩のこと、もしかして……」


「……吉田は、一目惚れって信じるか?」


「は?」


 唐突な質問に虚をつかれる。


「一目惚れってさ、結局外見にしか興味ない軽薄なやつのすることだって思うか? 軽蔑するか?」


「いや、それは……」


 俺は正直、一目惚れということに元々肯定的ではなかった。ただ……。


「でもな、おれはそのために、この高校に入ったんだ。有賀紗代(あの人)の何かになるために」


 ……吾妻に見せつけられたその熱量は、どう見ても『軽い気持ち』ではなかった。なんだ、どうした、いきなり。


「それは、興味深いね」


 たじろいでいる俺を置いて、多田さんが応じる。


 それはきっと、


『そう。そういうこともあって、なんだか、外見に関することに苦手意識があって……。昔から、写真撮るとかビデオ撮るとかって言われると、変に構えちゃうんだよね。写真写りも悪いし……』


 多田さんの抱えている苦手意識に関連のある問いかけだったのだろう。


「……そろそろ演奏始まるよ、みんな」


 礼奈が、頬をかきながら、俺たちを会場の中に促す。



 2、3曲の演奏が終わる。


 見終わった吾妻は、瞳を輝かせていた。


「おい、おれはまた、一目惚れしちゃったかもしれない」


 ぽつりとこぼした。


「……これこそ、青春じゃねえか」


「青春?」


 そして。


「おれ、決めた」


 ガタン。


 未来を変えてしまいそうな重い音を立てて彼は立ち上がる。




「……おれ、器楽部に入る」


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