表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/26

第16話:岩瀬礼奈と200メートルの約束

 翌日、月曜日の朝。


 家の前でまた靴を履くフリをしながら礼奈れいなと話をしていた。


「改めて、昨日のライブ、来てくれてありがとうね」


「お礼を言うのはこっちだろ。呼んでくれてありがとう」


「どうだった?」


「……良かったよ」


「ほう?」


 見上げると、礼奈はニマニマと笑ってる。


「まったく、昨日の可愛い啓一郎けいいちろうはどこに行ったんだか?」


「うるさいなあ……」


 昨日の終演後のアワアワした俺の態度をいじってるんだろう。俺だってどうしてあんなになったのかは分からない。


「ていうかさ、吉田よしだ君。今日の放課後って部活行くよね?」


「行くつもりだけど」


 俺は学生鞄のチャックを開けて中に入ったカメラをみせる。


「あたしも今日オフだから行ってみようかなって思うんだけど……いい?」


 俺に聞いてきているのは、俺と同じ部活だと分かったらまた冷やかされるんじゃないかと言う心配のせいだろうけど。


「良いも何も、俺が許可をするようなことでもないだろ」


 分かった上で、俺はそう返す。あの時も今も、礼奈に責任なんかないのだ。


 まあ、もちろん俺にも責任はないけど。悪いのは嫉妬心というくだらない感情とそれを悪い形で発散させたあいつらだ。


「そっか……。でも、さすがに教室から一緒に行くのは……よくない……よね?」


「いや、ていうか、教室から部室までの200メートルくらい、それぞれでいいだろ……?」


「ああ、うーん、そうかもだけど……」


「部室の場所はわかるだろ? 先週、入部届出しに行ったんだから」


「まあ、それも、そうだけど……」


 モジモジしている礼奈を見て、一つの仮説が浮かぶ。


「……もしかして、一人で行くの緊張するとか……?」


「え!? いや、それは、その……」


 明らかに狼狽ろうばいする礼奈。


「まじかよ、あんなでかい舞台にあれだけ堂々と立っておきながら……?」


「そ、それとこれとは別でしょ! だって、部活とか人生初だし……!」


「おれだってそうだけど……」


 俺も礼奈と同じく帰宅部だったからな。


「そんなこと言ったって、仕方ないじゃん……! それに、あたしの方が先に行ってアキさんと一緒になるのもちょっと気まずいし……」


 アキさん。榎戸部長の名前を一回で覚えている上に下の名前呼びである。すごいな。


 それにしても、いつまでもモジモジが止まらない岩瀬礼奈(精神年齢・25)を見ていると、段々かわいそうになってきた。


「……まあ、なんつーか。その、同じ教室から同じ部室に同じ中学校出身の二人が別々に行くっていうのも変かも知れないけど」


「ほんと?」


 ……その目でお願いするな。


「今日一回だけな? 同中おなちゅうのよしみで部室のある棟まで案内した、みたいなノリで……」


「うん、ありがとう……!」


 おれは、照れ隠しに、せめてもの抵抗をみせる。


「まったく、昨日のかっこいい岩瀬さんはどこに行ったんだか?」


「うるさいなあ……」


 唇を尖らせた礼奈の表情を確認した後、俺は手を振って駅へと向かった。




 学校につくと、既に礼奈は席についていた。今日は道路がいていたらしい。


「おはよ、吉田」


「おお、吾妻あずま


 前の席のイケメンに返事をしながら席について、カバンから筆箱を出そうとして、その手前で邪魔をしていたカメラを先に取り出す。


「お、なんかかっこいいカメラ持ってんな?」


「おお、ありがとう……」


 持ち物を褒められると素直に嬉しい。


「写真部に入んのか? 仮入部?」


「ああ、うん。金曜日にもう正式入部した」


「まじか、決めるの早いなー。入学前に写真部入るって決めてたとか?」


「うん、まあ、そんな感じ」


「おはようー、吉田くん、吾妻くん」


 話しているところに、今登校してきたらしい多田さんが加わった。


「わ、一眼レフだ! 吉田くんの?」


「うん、そう。持ってきた」


「へえ……! 見ても良い?」


「いいけど」


 多田さんがおっかなびっくりだけど目をキラキラさせて俺のカメラを手に取って眺める。


 ていうか、一眼レフって言葉を覚えたんだな、多田さん。


「ていうか、そういう吾妻こそ、それはなんだ?」


 多田さんが「うわあ……!」とか「ほお……!」とか言っている脇で、吾妻が机に立てかけている楽器ケースを指差して尋ねる。


「お、見えちゃった?」


「それだけ目立つところに置いてあったらな……。ギター?」


「ううん、ベース」


「へえ。弾けんの?」


「いやあ、それがまだ弾けないんだわー……」


 苦笑いをする吾妻。


「弾けないのに買ったのか……? なんで?」


「……ベースなら一緒に出来るかも知んないから」


 ぽしょりと吾妻はつぶやく。


「何が?」


「な、なんでもない、お前は聞き上手だな! うっかり話しそうになるわ」


「何言ってんの……?」


 俺は質問してるだけなんだけど……。


「まあ、とにかくベースを始めることは確定してて、あとはロック部に入れば教えてもらえるのかなって思ったんだけど、仮入部に行って聞いてみたら、ロック部には誰も教えられる人いないんだってさ。別に部活としてやってるって言うよりはほとんどが兼部で、定期演奏会?の時だけお遊びでバンドやるくらいのサークルみたいなものらしい。買ったベース、どうすりゃいいんだ! レッスンに行く金も無くなっちゃったよ!」


「へえ……」


 先日の部活説明会によると、うちの高校には軽音楽系の部活が二つあるらしかった。


 一つはロック部。ロックの定義はよくわからないが、バンド部みたいなもののようだった。


 もう一つは……、


「それじゃ、器楽部とかいいんじゃない? ギターもベースもドラムもあるよ?」


 カメラを見終えたらしい多田さんが左から提案する。


「器楽部ってあれだろ? ビッグバンドジャズ……?とかいうのやるんだろ? ジャズとか出来るかな……一曲も知らねえし」


「それなら大丈夫! 部活紹介の時に演奏出来なかったから、今日、2、3曲のミニコンサートあるって言ってたよ!」


 多田さん、器楽部の回し者なのか……?


 俺が眉をひそめていると、吾妻が驚愕きょうがくに目を見開く。


「よく知ってんな、そんなこと……! 高校マニアのおれですら知らないのに……!」


「私は仮入部マニアだからねっ!」


 ふん、と胸を張る多田さん。何だそれ。


「へえ……! じゃ、多田は行くのか?」


「んー、どうしようかなあ。迷ってる」


 吾妻が聞くと、多田さんは俺に視線をパスしてくる。


「吉田くんは行く?」


 ……なぜ俺に聞く。


 それ以前に、俺の右隣でちらつく不機嫌そうな貧乏ゆすりにハラハラしていた。


 俺は、貧乏ゆすりの主と一緒に部活に行く約束をしている。


 器楽部に魅力があるわけじゃないが、ここは、丁重にお断りするしかない。


「俺は、」「ねえ、それ」


 断ろうと口を開いた俺を、なんと、礼奈が遮った。


「……あたしも行って良い?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ