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第14話:岩瀬礼奈と中野サンプラザ

「ふうー……!」


「はは、けいちゃん、すごい緊張してるね」


 中野なかの駅から中野サンプラザまでの道を歩きながら心臓を落ち着けようと息を吐いていると、横を歩く美人さんが、からかうように笑う。


「はい、まあ……。静香しずかさんは、礼奈のライブは毎回来てるんですか?」


「そうねえ。毎回ではないけど、関東でやるやつはなるべく。本当は毎回来たいものだけどねえ」


 彼女の名前は岩瀬いわせ静香しずか。礼奈の母親だ。


 出版社で働いているらしく、女手一つで礼奈を育てながら会社でもかなりの地位にいるらしい。


 礼奈ともほぼ一つ屋根の下みたいなものなので、当然静香さんともほとんど家族同然の付き合いをしている。


 静香さんと言う呼び方と敬語については、俺が昔「おばさん」と呼んだら、当時二十代だった静香さんに叱られ、それ以来矯正されている。俺は覚えてないけど。


 そういえば、礼奈はタイムスリップの件を静香さんに伝えているんだろうか。




 考えているうちに会場に到着する。


 一般受付の脇にある関係者受付に向かう。関係者受付……! やっぱり関係者席って言うのは最前列だったりするんだろうか? 羨ましかったんだよなあ……。


「お名前いただいてもいいですか?」


「岩瀬静香です」


 興奮しているのがバレるとダサいので、よそ見しながら、静香さんとスタッフさんの会話を待っていた。


 この、スカした態度の時によそ見をするのってなんの意味があるんだろうね。


「はい、岩瀬静香さん、2枚ですね。どうぞ。」


 静香さんは、スタッフさんに渡されたチケットの片方を俺に手渡してくれる。


 券を確認して席に向かうと、2階席の真ん中、一番前の方の席だった。


「最前列とかじゃないんですね……」


「あら、残念? 関係者だから、全体が見やすい席の方が良いでしょってことなんだろうね」


「なるほど……」


「あまり近いと、礼奈を目で追うのが大変だからアタシは結構気に入ってるけどね」


 それもそうかもしれない。



 そんなこんなで、ライブが始まる。


 1曲目は夏めくサイダーのデビューシングル『炭酸と少女』。


「うおお……!」


 会場中を包み込む歓声の中、俺の口からも、うめき声じみた感嘆の声がまろび出る。


 なんだこれ、カッコ良すぎる。可愛すぎる。


 礼奈のダンスも歌も、前回見た時から比べて圧倒的に成長していた。いや、成長なんてものじゃない。別格だ。進化だ。ワープ進化だ。


 10年の間に積み重ねた踊り方や歌い方なんだろうか? まじのチートじゃんか。


 続いて2、3曲やってから、MCが入る。


『こんにちは! あたしたち、』


 礼奈の号令があり、


『夏めくサイダーです!』


 他4人も含めた5人が同時に挨拶をする。


『いやー、みなさん、すごい歓声ですねー……! あたしたち、イヤモニっていう外の音をほとんど完全に遮断するイヤホンをしてるんですけど、それでもみなさんの声がぶわーって聞こえてきます! ……いやあ、歓声があるっていいですね。みなさんの歓声がいかに力になっているのかってことを実感しました。あたしたちのパフォーマンスにみなさんが歓声でレスポンスをくれて、』

『ちょっとちょっと、レイナちゃん、どんだけ歓声の話すんの!?』


 礼奈の話を、メンバーカラー青の鶴見つるみ那緒なおがさえぎりながら突っ込む。たしかにめっちゃ歓声って言ってたな。


『え? あ、ごめんごめん、なんか嬉しくて……』


『つか、レイナ、泣いてない!? まだ3曲しかやってないんだけど!?』


 客席からは『がんばれー!』などと茶化すような声が舞台に向けて飛んで、『別に卒業コンサートのお手紙コーナーとかじゃないから!』と、鶴見がそれにもツッコんだ。


『ごめんごめん、泣いてるわけじゃないんだけど、やっぱりコンサートは良いなあって思っちゃって。次の曲行きましょうか!』


 周りの3人も含めて、次の曲のタイトルをコールして、4曲目が始まる。




 それから、全部で20曲程度やって、ライブは盛況の中幕を閉じた。


「いやー……すごいですね」


「ね……我が娘ながら今日のステージは圧巻だったわあ……」


 うっとりとした表情を浮かべる静香さん。


 俺が立ち上がると、静香さんが「え、帰るの?」みたいな顔で首を傾げる。


「え、帰らないんですか?」


 と聞いていると、


「岩瀬さん、ご挨拶の準備が整いました」


 と、スタッフさんが静香さん(と俺)を呼びにきた。




 こんなところに扉なんかあったんか、というようなところから、だだっぴろい廊下?みたいなところに連れて行かれた。


 すると、そこには。


「あ、ママ! 啓一郎!」


 こちらににこやかに手を振る礼奈の姿があった。


「れいなー! 良かったよー! ママ感動しちゃった!」


「えーママありがとうー! また見てもらえて嬉しい!」


「またって何よ、あはは」


 美少女と美女の親子が仲睦まじく話している横で俺は、


「ちょっと啓一郎? どうしたの?」


「あ、あ、あの……」


 なぜか緊張で猛烈に固まっていた。


 やばい! あの岩瀬礼奈が目の前にいる! さっきまで舞台に立っていた超絶かっこいい美少女が目の前にいて、なぜか俺の名前を呼んでいる!


 え。うそ。アンコールの時に来ていた衣装のままなんだけど。ちょっと、無理なんだけど……!


「ちょっと、顔真っ赤じゃん!?」


「あ、う、あの……すごく、良かったです……!」


「え!? 啓一郎、別人みたいだよ!?」


 こっちのセリフだっての……!


「お母さん、いつもお世話になってます」


 俺が相変わらず真っ赤な顔でフリーズしていると、また別の女性が現れた。


「マネージャーさん、こちらこそ娘がいつもお世話になっておりますう」


 どうやら彼女は、礼奈含む夏めくサイダーのマネージャーさんらしい。


「ところで、失礼ですが、こちらのかたは?」


 マネージャーさんは俺を差して、一応聞いておかないといけないので、と静香さんに訪ねる。


「礼奈の従兄弟いとこの啓一郎くんです」


 この人はすげえスムーズに嘘をつくな……。そういう設定なら先に教えておいてくださいよ。


「へえ……! 今日のライブはいかがでしたか?」


「か、かっこよかった……です……!」


「そうですか、良かったです」


 マネージャーさんはにこやかに微笑んで、


「岩瀬さん、『ロッキン・アウト』の記者さんが取材にいらしてるから来てね」


「はーい! じゃあね、ママ、啓一郎!」


「がんばってねー!」


 楽しげに手を振る静香さんの横で、


「お、おお……」


 ぼそぼそと口籠もりながら小さく手を上げるだけの俺がいた。


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