第13話:岩瀬礼奈と天秤
「写真部に入ったらしいな、岩瀬さん?」
帰ってきてリビングにやってきた礼奈にノンカフェインの紅茶を入れてやりながら質問する。
「うん。……あれ。啓一郎も入ったんだよね……?」
心配そうにこちらを見る礼奈。俺が入ってなかったら元も子もないってことか?
「まあな。礼奈が入ったせいで入れない危機だったけど」
「え、あたしのせい? どういうこと?」
顔をしかめる礼奈に今日の一連をかくかくしかじかと説明する。
「へえ? で、楓さんを綺麗に撮影してことなきを得た、と?」
「いや、礼奈が入部しなかったらそもそも入部試験だってなかったんだからな?」
ジト目の礼奈が追及するような物言いをぶつけてくるので言い返す。まあ、礼奈が入部してない世界線で何が起こっていたかは俺には分からないけど。
「そんなこと言っても仕方ないじゃん。前回の人生と同じことやってたら戻ってきた意味もないし。まずは啓一郎と同じ部活に入ることにしたの」
「同じ部活に、ねえ……。ていうか、礼奈に部活なんてやる時間あるのか?」
「昨日話した通り、あたしのこの頭の中には向こう10年までの全曲の歌と振り付けが頭に入っているわけ。そこにかけていた時間をそのまま充てたら、結構な時間になるもん」
「なるほど……」
礼奈と同じ部活というのを想像するのが難しくて、むむ、と首をひねる。
「とはいっても、毎日とかは難しいだろうけどね。どっちにしても、人生最初の部活かあ、どんな感じなんだろう?」
「なあ、それなんだけど、俺実はちょっと思ってることがあって」
どこかワクワクしているように見える礼奈を見ながら、俺は手を挙げて、
「ん?」
「礼奈って、高校時代でやり残したこととかないのか?」
この5日でなんとなく考えていたことを伝えた。
「どういうこと……?」
「礼奈は、高校時代の写真を見ていた時に戻ってきたんだろ? 俺と結婚がうんぬんとかじゃなくて、高校時代自体になんか後悔とか未練とかあるんじゃないのかなって……」
「ああ、そういう……」
礼奈は少し考えるような仕草を見せてから、
「……まあ、ないと言ったら嘘にはなるかな」
「やっぱり?」
「……いや。でも、そんなの人並みのものだよ。普通の青春っていうのも送ってみたかったなって、それくらいのこと」
「でも、そしたら普通の青春はやっぱり心残りってことだろ?」
「ううん。違うと思う」
礼奈はそっと首を横に振る。
「それとトレードオフでアイドルとして活動していたわけだし。『アイドル』と『普通の青春』を天秤にかけた上で、『アイドル』を選んだんだもん。それに、もし今どっちか選べって言われてもあたしは『アイドル』を選ぶ。多分、何度やり直したって変わらないよ」
「そうか……」
礼奈のその理屈はとても筋が通っていた。
もしアイドルを選んだことを後悔しているんだったら、今回の人生ではアイドルをやめて普通の青春を満喫することを考えるだろう。でも、そんな素振りは少しも見せない。
それこそ、アイドルをやめたら、俺と結婚するための大きな障害は一つなくなる。
でも、あくまでアイドルを続けることは前提なのだ、と思う。
そして、俺はそんな礼奈をかっこいいなと思っている。
「それに、あたしのそういうので、啓一郎に迷惑かけちゃうのは嫌だし。そう思ったら写真部もあんまり行かない方がいいのかもね」
「礼奈……」
迷惑というのは中学時代の嫌がらせのことだろう。
なんといえばいいか、と迷っていると、
「ていうか、啓一郎。明後日の夜って、空いてる?」
礼奈は不意に、前のめりになって尋ねてくる。
「空いてるけど? どうした」
「ライブに来ない?」
「おお? え、夏めくサイダーのライブってこと?」
「そ」
夏めくサイダーは礼奈がセンターを張っているアイドルグループだ。
「関係者席が一つ空いてるみたいでね。で、ちょうどママもきてくれるから、一緒なら角も立たないかなって。男子一人でくるとちょっと邪推の目もあるだろうけど」
「ああ、へえ……。え、いいの?」
「うん、もちろん。どうしたのそんなに呆けて? 関係者で呼んだことないっけ?」
「ああ、うん……」
「この時はそうだったっけ。じゃあ初めてか」
礼奈が思い出した通り、関係者席というので呼んでもらったことはなかったので、その現実感のない単語に頭がふわふわする。
これまでは普通席を自力で取って行っていたのだが、最近出したシングルが人気になったせいで(おかげで?)、今回のライブは取れなかったのだ。
「ありがとう……!」
「そんなに感謝しないでよ、こっちがありがとうだから……!」
「なんで礼奈がありがとうだよ……。本当に嬉しい、ありがとう……」
「え、啓一郎、目真っ赤なんだけど!?」




