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第12話:多田楓と写真写り

 入部試験のため、それから多田たださんと学校の中をいろいろ回った。


 だが、俺が「じゃあここで撮ってみようか」とカメラを向けると、多田さんは毎回気まずそうな作り笑いを浮かべるばかりで、正直あまり良い感じにはならなかった。


「ちょっと休憩しようか」


 そう言って、外の自販機で缶のカルピスを買って、近くのベンチに座る。


「ごめんね、モデル、うまく出来なくて……」


 ちびちびと飲みながら謝る多田さん。


「いや、そんな。突然モデルとか言われたら緊張するよな。俺が無神経だった」


「ううん、そんなことないよ」


「……写真撮られるの、苦手だったりするの?」


「うーん、そうだねえ……」


 俺がなるべくさりげなさを意識した質問に、多田さんは、少し困ったような笑みを浮かべた。


「私のお母さんね、昔、アイドルだったんだ」


「アイドル? 昭和のアイドルってこと?」


 突然お母さんの話になって戸惑うものの、『アイドル』という単語に耳が反応する。


「うん。そんな感じ。平成も活動はしてたかもだけど……。って言っても、有名なアイドルじゃなくて、何十人もいる大きなアイドルグループのあんまり人気がないメンバー……って、お母さんは言ってた」


「へえ……」


「25歳くらいまでは続けてたんだけど、もうそろそろ潮時かなって引退した直後で、自分からアイドルを取ったら何にも残ってないってことに気づいたんだってさ」


「何にも……」


 25歳のアイドルの抱えた悩みに、俺は彼女のことを思い、少したじろぐ。


「アイドルとしても特段成功していたわけじゃないのに、それすら残らなくて、自分はどうしたらいいのか分からなくて、それまで勉強してなかったことをすごく後悔した……って」


「そうなんだ……」


「その話をお母さんが私にするときの最後のセリフは、いつも、一緒。『楓、あなたは可愛い。でも、容姿には消費期限がある。あなたは内側に武器を持ちなさい』って」


「なるほど、それで高1から塾に通うって……」


 俺は昨日の多田さんの言葉を思い出していた。


「そう。そういうこともあって、なんだか、外見に関することに苦手意識があって……。昔から、写真撮るとかビデオ撮るとかって言われると、変に構えちゃうんだよね。写真写りも悪いし……」


「そうか」


 多田さんは、どう考えても容姿端麗だ。でも、写真を撮られる時に構えてしまうから、結果写真写りが悪くなるということなのだろう。


 ……だったら。


「ごめん多田さん、俺、ちょっとトイレ行ってくるわ」


「あ、うん。ここで待ってるね」


 俺はそこから一度離れて、校舎に入る。


 そして、入ったのとは別の出口から出て、遠回りしながら、ベンチの後ろに回った。


 なるべく物音を立てないように、斜め後ろから近づき、ファインダーを覗く。


 多田さんにピントを合わせて、そして。


「多田さん」


「ん?」


 カシャリ。


「……え?」


 振り返った瞬間の多田さんを撮影した。


「うん。良い表情してると思う、多分」


「え。え? もしかして、今、撮ったの?」


「うん」


 ちょうど最後の一枚だった。俺はフィルムを巻く。


「隠し撮り……?」


「え? 初めに撮影の許可は取ったじゃん」


「そうかもだけど……」


「よし、現像してもらいに戻ろう」


「……吉田くんって、意外と、写真のことになると周りが見えなくなるタイプ?」


 いや、人をマッドサイエンティストみたいな言い方をするなよ。




 俺はカメラを持って、写真部の部室に戻る。


「おかえり、良い写真は撮れたかい?」


 俺はカメラから撮り終えたフィルムを取り出して、部長に渡す。


「はい、最後の一枚が上手に撮れたと思います」


「ほお、じゃあ、それだけ現像すればいいかな?」


「きっと大丈夫だと思います」


「……ほお」


 榎戸部長は、少し驚いたように目を丸くしてから、ふふ、と微笑む。


「すごい覚悟だね。とても女子をはべらせるために写真部に入ろうとする男の顔には見えない」


「いやだからそれ濡れ衣ですから」


「どうだか」


 ふふ、と楽しげに笑う榎戸部長。


「じゃあ、現像するから、少し外で待っていてくれ」


「え、現像はさせてくれないんですか?」


 楽しみにしてたのに!


「現像用の薬品は貴重なんだ。それにうまく現像出来なかったら、キミの作品の出来以前の問題になってしまうだろう? 部員になったら、いくらでもさせてあげるから」


「じゃあ、まあ……」


 外で待つこと15分くらい。


「女の子をあんな風に不意打ちで撮影しちゃだめだよ?」と、多田さんから優しい口調で説教を受けていると、部室の扉が開く。


「……歓迎しよう、吉田啓一郎クン。どうやらキミは素晴らしい写真家らしい」


「……!」


 くいくい、と親指で部室の中に案内される。


 そこには、乾かすためか、天井から垂れている紐に、洗濯バサミで挟まれた写真があった。


「わあ、すっごい……!」


 多田さんが目をキラキラさせて写真を見る。


「私じゃないみたい……。こんな顔で写ってる写真見たことない。いつも、気まずそうな顔してて、それが私の顔だと思ってた」


「自分が思ってるより、写真写りがいいんだよ、多田さんは」


「そう、なのかな……!」


 多田さんは感激したようにため息をついた直後、「あれ?」と目を細める。


「写真写りが良い、ってそれ、褒め言葉なのかな……?」


 ……たしかに。


「いやあ、非礼を詫びるよ。許してくれ。素晴らしい写真だ」


 横で腕組みをした榎戸部長が頷きながら笑みをこぼす。


「ありがとうございます」


 とにかく、俺が写真を好きだということは信じてもらえたようで、俺の入部が決定した。


「まあ、吉田啓一郎クンが女たらしだという認識は正しかったみたいだが」


「はい……!?」


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