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第10話:多田楓と白衣の部長

 翌日の放課後。


「写真部の部室って昇降口の近くなんだねー……」


「そうだなあ……」


 俺はなぜか、多田たださんとともに、写真部の部室の前に立っていた。


 昨日の部活説明会を受けて、今日から仮入部期間がスタートする。


 中学時代帰宅部だった俺には、「仮入部ってなんだよ」って感じだったが、要するに入部体験みたいなことを部活側が受け入れてくれる期間らしい。その上で、入りたいと思った部活を選べるということだ。

 

 多田さんは昨日、部活説明会では入りたい部活を絞ることが出来ず、


「とりあえず興味のありそうなところ一通り仮入部をしてみようかなあ。忙しいのかどうかも、実際行ってみないと分からないし」


 と言っていたが、その1日目として、なんとなく昨日一緒に説明会に行った俺のいる写真部に来たと言うことらしい。


 さっき教室を出る時に「私もついていってもいい?」と聞かれたので、断るのもなあと思ってそのまま連れてきた。ちなみに礼奈れいなはホームルームが終わった瞬間ダッシュで教室を出ていった。今日もラジオ収録かなんかの仕事があるんだった気がする。


「部室、入らないの?」


「ああ、うん、そのつもりだけど……」


 扉をノックしないと行けないのだが、写真部の昨日の発表を思い出すと少し気詰まりだった。


 それくらい、淡白な発表だったからだ。


 各部活が持ち時間の4分をめいっぱい使って、自分の部活の特技(例えばコーラス部ならアカペラ、サッカー部ならリフティングなど)を披露する中、部長らしき女子生徒が一人で出てきて、


「写真部です。写真を撮ったり現像したりします。現状部員はわたし一人です。初心者歓迎です。兼部も歓迎です。よろしく」


 ……以上である。


『歓迎』という言葉が2つも入っているのに、全然歓迎ムードは感じられなかった。


 あの人がこの中にいるんだよなあ、と思うとなんだか腰が重い、ならぬ腕が重い。かといって、俺も本気で写真部に入りたいので、他に方法もない。


 ふう、と息をついて、こんこんとノックする。


「はい」


 中から小さな声がしたかと思うと、扉が開いた。


「お。仮入部希望者かい?」


 白衣を着てメガネをかけた、やや小柄な女子先輩が出迎えてくれた。


「はい、出来れば……!」


「そうか、わたしのあのスピーチで来てくれる気になるとは。歓迎するよ。さあ、こっちへ」


「ああ、はい……」


 部屋の中へ招き入れられ、俺は安堵あんどのため息を漏らす。あのスピーチは踏み絵的なものだったってことか?


 窓のない狭い部室の中には、大きめの机が1台と、囲むようにパイプイスが4脚。


 イスに腰掛けると、俺の隣に多田さん、向かい側に部長が座った。


「わたしは部長の3年1組、榎戸えのきどアキ。へんに夏の「えのき」に、戸棚の「」。アキはカタカナ。キミたちの名前は?」


吉田よしだ啓一郎けいいちろうです。1年1組です」

多田ただかえでです。おなじく1年1組です」


 俺と多田さんが自己紹介すると、榎戸部長は満足げに頷いた。


「二人とも良い名前だね。それにしても、今年は随分と豊作らしい」


「豊作? たった2人で、ですか?」


「2人だとしてもすごい成果さ。去年なんて1人も来なかったからね。おかげで部室は独り占めできたけど、写真を撮っても見せる相手がいないし、ちょうど飽き飽きしてたところだよ。それに、」


 メガネの奥の瞳が光る。


「キミたち2人だけじゃない」


「え、他にもいますか……?」


 この狭い部室の中には俺たち3人しかいないように見えるけど……。


「ついさっき、既に入部届を1枚届けに来た女子生徒がいてね。今日は忙しいから帰らないといけないそうなんだけど、『なにがなんでも写真部に入らないといけないんです』と言っていたよ。写真部に入れないとこの子は死ぬんじゃないかというくらいの真剣な眼差しだったね。血眼ちまなこってああ言うのを言うんだろうな。圧倒されたよ」


「えっと、それって……」


 もしかして……?


「誰なのか気になるかい? まあ、どこの部に入るのかくらい、個人情報ってわけでもないか。彼女の名前は、えっと……」


 そう言って、榎戸部長は近くに裏向きに置いてあったその入部届を見る。


岩瀬いわせ礼奈れいなサン、だね。彼女も良い名前だ」


「やっぱり……」


「……やっぱり?」


 俺のあいづちに、榎戸部長が目を細めた。


「……なあ、吉田啓一郎クンとやら」


「はい?」


 突然温度の下がった声に、背筋がゾクっとする。


「キミは、本当に写真に興味があるのかい?」


「はい……?」


 なんでそんなことを質問されているのかわからず戸惑っているうちに、


「多田楓サン」


 部長は質問の矛先ほこさきを変えた。


「は、はいっ……!」


「キミは吉田啓一郎クンの誘いでここに来たのかい?」


「いや、彼女は俺の誘いっていうか……」「はい、そうです」


 否定しようとした俺の言葉を多田さんが遮る。


「え?」


「え、だって、私、吉田くんがいなかったら写真部の仮入部には来てなかったよ?」


「いや、そうかもしれないけど……」


 でも、それってそう言う意味じゃないだろ……?


「やっぱり……。で、さっきの反応を見ると、岩瀬礼奈サンも、キミを追ってこの部活に入部したということかな?」


「え、そうなの?」


 今度は多田さんが驚く番だった。


「いや、それはどうなんでしょう……」


 俺がしどろもどろになっていると、


「違うなら、否定するところだと思うけれど?」


 と指摘が入る。


 まあ、たしかに……。


 とは思うものの、あっさり認めるわけにもいかない。


「岩瀬さんとは、中学が一緒なんです。中学時代、岩瀬さんは部活には入っていなかったのですが、その……写真のモデルみたいな仕事をしているので、それで、もしかしたらと思ったくらいで」


「なんだい、その理屈は。意味不明だ」


「ですかね……」


 うん、俺も自分で何言ってるのかよくわからなかった。


 そのうちに、榎戸部長がため息を吐く。


「……残念ながら、キミを入部させることは出来なさそうだ」


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