最後の晩餐レストラン
会社員の後藤は空腹であった。
当てもなく、飲み屋街に来たのだが、行きつけの店は、すべて閉店していた。
昨今の情勢を恨みながら、後藤はまた一段と腹を空かせた。
やがて後藤は、普段ならば来ない様な場所まで歩いていた。
夜も更けて、飲み屋街のネオンは、少しだけ勢いを失う。
そんな時後藤は、一軒のレストランを見つける。
古びた店だ。こんな店が、飲み屋街にあるなんて、後藤には覚えが無かった。
見れば見る程気になって、後藤は店内におずおずと入っていった。
「いらっしゃい」
室内は想像より狭い。木製のカウンターと、四つの椅子。
客は一人もおらず、対する従業員は、先ほどぶっきらぼうな挨拶をした、料理人らしい男性だけだ。
「まだやってますか?」
「……今、準備するよ」
男性はそういうとメニュー表を差し出し、彼自身は奥の厨房へ消えていった。
メニュー表
・本日のおすすめ
・一家団欒焼き飯
・牛肉ステーキ
・カビパン
しばらくして後藤は男性を呼びつけた。
「あの……このカビパンの、カビっていうのは、何でしょう?」
料理人の男性は、間髪入れずに「青カビです」と答える。
「なんでそんな物を提供するんですか」
後藤は尋ねる。
すると男性は、再び間髪入れずに答えた。
「お客さん。このお店では、この世の誰かの最後の晩餐しか提供しないんだよ」
「は?」
「カビパンは貧困家庭の女児の晩餐だ」
後藤は困惑する。
きっと冗談だろうと思ったが、それでもなんとも気味の悪い話だとも思った。
しかし空腹の後藤は、また飲み屋街を歩くのを嫌い、ここで食事を済ませようと決めたのだ。
「じゃあ……このステーキをくれ」
「わかりました」
しばらくすると、男性が厨房からステーキを持ってきた。
後藤は差し出されるや否や、口の中に放り込む。
「ん? このステーキ冷えてるじゃないか!」
「えぇ。とある死刑囚の最後の晩餐です。看守の嫌がらせで、冷えたまま提供されました」
後藤は、いよいよ困惑が極まり、かえって怒りを覚え始めた。
「こんな物食えない。この焼き飯とやらをくれ」
「わかりました」
またしばらくすると、厨房から四人前の焼き飯を持って、男性がやってきた。
「四人前も頼んでないぞ」
「セットメニューです。一度の注文で四人前です」
「そんな馬鹿な話があるか」
「ご安心ください。値段はお客様に決めて頂きますので」
後藤はキツネにつままれたような顔をする。
「私が決める?」
「はい。無料と言われれば、それで結構です」
後藤は少し間を空ける。
しかしやがて、空腹に耐えかねて、焼き飯を頬張った。
「少し苦いな……匂いも変だ」
「えぇ。それは、心中を図った家族の最後の晩餐です。毒死でした」
嫌な事を聞いた、と言わんばかりに、後藤は少し動きを止めた。
しかしそれでも、空腹に負け、結局食事を続けてしまった。
「何だか気分が悪くなってきたな……あの、トイレは何処です?」
「あちらです」
「どうも」
それから数日が経ち、あのレストランにまた客が来た。今度は若い女性だ。
「じゃあ……メニューの一番上の、焼き飯お願いします」
「わかりました」
男性はぶっきらぼうに返事をすると、女性の前に、一皿の焼き飯を提供した。