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タナカ、最強生命体に転生す。ただし黒い  作者: 柴大流
第一章 『救世主の導き』
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1 進撃


 タナカは山の頂上からの景色、街を照らす無数の光たちに感動していた。


「この世界にも人はいたんだ⋯⋯」


 しかも、すっかりと暗くなった夜の中でこれだけの数の光を灯しているということはある程度文化レベルも高いのだろう。

 今になっては人ならざる体になってしまったが、タナカは文明的な生活をしている人がいるということがとてつもなく嬉しかった。


「早くいこう」


 タナカは山を駆け降りた。

 疲れない体とはいえタナカの心は疲れていたのだ。一日中一人で歩き続けるというのは意外と大変だ。この世界にも人がいるということが分かり、早く人と話したい。早くだれかと笑い合いたい。そんな気持ちが溢れ出した。


(街に入ったらまず服を手に入れよう)


 この真っ黒な体を見せたままでは誰とも仲良くすることはできないだろうから、まずは全身を覆えるだけのマントが必要だ。それから足を隠すには靴、手を隠すには手袋も必要だろう。

 お金はないので買うことはできない。良心が痛むがこの真っ黒な見た目を利用すれば、「服をくれ」と頼んだら怖がって応じてくれる人がいくらかはいるかもしれない。服をくれた人にはあとで10倍にして恩返しをしよう。そうすれば許してはもらえなくても心は傷まずにすむ。


(そのあとは仕事探しだ。お金がないとなんにもできないからな)


 この世界にはどんな仕事があるんだろう。定番の冒険者は本当にいるのか、騎士団なんてものもあったりして。せっかく頑丈な体があるのでやっぱり戦う仕事に就きたい。

 それでお金が手に入ったらまずはご飯だ。こんな体でご飯を味わえるのかは分からないけど、異世界の料理というのもぜひ食べて見たいものだ。


 頭の中で想像が膨らむとさらに早く街にでたいという気持ちが強まってくる。それに呼応するように自然と地面に踏み込む力が強くなり、その度にゴオンという音と共に土砂が後ろに舞い上がっていく。

 ますます勢いをつけて山の傾斜を駆け降りていくと、瞬く間に麓まで到達した。タナカは勢いに乗ったまま森林を駆け抜ける。足が地面を蹴るたびにズドンズドンという音が響き渡るがそんなことはお構いなしだ。


(あと少し。あと少しで⋯⋯)


 山の麓から街までは見たところそう遠くない。森林を踏み潰しながら駆け抜けていくと、平野にでた。そのまま平野を抜けるとタナカはついに街の前までやってきた。


 と同時にデジャブを覚えた。同時に血の気が引く。血はおそらく流れていないが、気持ちはまさに言葉の通りだ。

 タナカは口をぽっかり開けて街の光を見下ろしていた。


(街も小さい? なんで⋯⋯)


 街は外壁に覆われていた。それはそれは頑丈そうな外壁だ。タナカはその外壁の目の前まで来ていた。しかし、その背丈はタナカの膝ほどまでしかない。


「#$%D3$D!!」


 声が聞こえた。怒鳴るような必死な声。

 目を向けるとそこには人がいた。小さな城壁の上に小さな人が立っている。手のひらにすっぽり乗ってしまうようなサイズ感だ。


「#$#FS」「F$$T""FT%!」「#"'%#%DG$! %HG%RGHUDR$H#!」


 他にも城壁の上に次々と人が登ってきては知らない言語でなんだか叫んでくる。最終的に20人は越えるほどの兵士たちが登ってきたが、みんな大きさは手のひらサイズだった。


 ここは小人の街なんだろうか。

 いや小人というには、違和感がある。今まで通ってきた森も小さかったからだ。


「#$de3! #$#Dーーーーー!!!」


 最初に声をかけてきた人がより一層大きな声を出すと城壁の上の人々が一斉に弓を構えた。

 それをぼんやりと眺めながらタナカはようやく気づいた。


(みんなが小さいんじゃなくて、オレが大きいんだ。というか、こうなったらこの人たちが小さいのか俺の方が大きいのかなんてどっちでも関係ない)


 彼らから見て自分がはるか大きい存在であるということが重要だ。

 それに加えてタナカは全身真っ黒。頭から爪先まで暗闇に覆われている。


 巨人で真っ黒。彼らからしたらもうそれだけでバケモノにしか見えないだろう。


(そりゃこの反応は当たり前だな)


 タナカはそんなことを考えながら、足に矢を受けた。

 ダメージはない。それどころか全く痛くもなかった。

 体にぶつかった矢はことごとく刺さらずに地面に落ちる。矢を放った城壁の兵士たちは激しく動揺していたが、指揮官らしき人が指示を出すと、今度は股間のあたりを重点的に矢を放ってきた。


(この体はそこに急所はないよ)


 と思いながらも、無意識に手で股間を隠してしまう。気分的になんだか恥ずかしかったからだ。

 全く変なところを攻撃するなと思ったが、なにせ城壁がひざのあたりなのだ。それより遥か上にある顔や目を狙うことは難しかったのだろう。


(ここは一旦敵意がないことを示さないとな)


 金的狙いの矢をあっけなくガードされていよいよ混乱のピークに達したらしい兵士たちは、ひどい顔をしていた。

 タナカは今でも人として生きていきたいと思っている。今後、人間たちと友好的な関係を気付いていくためには、早く敵意がないことを示す必要があるだろう。

 タナカはしばし白旗を挙げる方法を考えると、膝を下ろしてしゃがんでから両手を上にあげた。両手を上げるだけでなく、しゃがんだのは目線の高さを少しでも合わせるためだ。


 しかし、それはうまくいかなかった。挙げた手を振り下ろして攻撃しようとしてるとでも考えたのか、兵士たちは一目散に城壁から降りて行った。城壁の階段はひどい混雑状態になっている。


「オレは敵じゃない!」


 慌てて声を出すとますます兵士たちは顔を真っ青にした。

 その後に気づく。自分が彼らの言葉が分からないように、彼らも自分の言葉が分からないに決まっていると。


 すぐに城壁の上からは誰もいなくなった。

 城壁の前に一人取り残されたタナカは再び立ち上がり、街を眺めた。


 巨大な体になってしまったタナカから見たら小さな街だが、先ほど城壁の上にいた人たちからすればかなり規模の大きな都市だ。そんな都市全体をタナカは見渡す。街灯はちらほらと点在している程度なのに、全体をしっかりと見通せるのはこの体は暗いところでも関係なくしっかり見えるからだ。

 だからこそ、気づいたことがあった。


(さっきは街がミニチュアなことに気をとられて気づかなかったけど倒壊してる建物が多くないか?)


 なぜか街の中の建物は結構な割合で倒壊していた。全壊していたり、屋根だけが壊れていたりと程度は家にもよるが、特にタナカがいる側の外壁の近くの家などはほとんどが全壊していた。

 よく見たら外壁自体もところどころ崩れかかっている。

 

 タナカは戦争でもあったのかな?と倒壊の理由をぼんやりと想像するも、自分がいま人生の岐路に立たされていることを思い出した。


(そんなこと考えてる場合じゃない! これからどうするべきか考えないと!)


 ちょうど今、この世界の人類との初コンタクトを終えたばかりだったのだ。しかもかなり敵対的な感じで。ここからのタナカの行動次第で今後人類と友好的に接することができるかどうか決まってくる。

 このままだときっと対巨人兵器を腰にひっさげた兵士たちがぞろぞろと出てきて駆逐されてしまう。


(まずは状況整理からだ)


 街の人たちから見た状況としては、急に真っ黒な巨人が現れたから迎撃しようとしたけど歯が立たなくてどうしよう、といったところだろう。

 ここで重要になってくるのは、この街に自分を倒せる可能性があるだけの強者がいるかどうかだとタナカは思考する。


(もし勇者みたいな人が出てきたらどうしよう⋯⋯)


 城壁を遥かに越える巨体に矢を全く通さない頑丈さ。多分自分はこの世界である程度強い生物なのだろうなとタナカは自分を評価していた。しかし、それでオレは世界最強だと考えるほど思い上がっているわけではない。所詮は自然発生した魔物の一体でしかないのだ。

 特級冒険者とか剣聖みたいなよくある強そうな肩書きの人たちがこの世界にもいるとしたら瞬殺されてしまうだろう。


(だからって山に逃げ帰るわけにもいかないんだよな)


 死ぬ危険を言うなら自然の世界に帰ったとしても同じことだ。どこにでも自分より強い生物がいる可能性はつきまとう。

 こんな大きな体なので街中で暮らすことはできないとしても、ある程度人間と交流を持ちたい。この感情を通すためには、この街で人間たちと友好的に接するしか道はない。別の街にいっても結局は同じことの繰り返しになるだろう。


 つまりタナカに匹敵するかそれ以上の力を持つ強者が街にいた場合は、その人と話し合って交渉すればいいのだ。もちろん人の形をしているとはいえ明らかに人間にとって有害そうな見た目をしている自分と、初めから話し合いなんてしてくれるとは思っていない。そこは気合でなんとかしよう。


 さて、最終的に考えなければいけないのは、この街にタナカと戦えるような人材がいなかった場合だ。

 その場合ただちに住民たちはただちにこの街から避難し始めるだろうが、そうなったときに、怯えていてしかも言葉も通じない相手を説得できる自信がない。

 自分と戦っている相手と話し合う自信はあっても、自分から逃げていく相手と話し合う自信はないというのは、お互いの立場が対等であるかどうかの違いだ。自分は無害ですーと言っているライオンが、ガゼルから信じてもらえないのと同じ論理だ。


(疎開でも始めるようなら。ジャパニーズ土下座でも試してみるか)


 なにも悪いことはしてないのに土下座するのは嫌だなというタナカの心配事は、次の瞬間杞憂に終わることになる。


「#$g3 G#f」


 真横から女の声が聞こえた。ざらりとした気怠げな声。

 声があった右を見るとそこには誰もいない。普通に考えたら当然だ。なにせ今立っているタナカの横はおそらく地上から50メートルは離れている。


「#$F#TFfT」


 再び右横から声が聞こえた。右を見てもやはり夜景が見えるだけだ。


「あ゛ッ?」


 急に、なんの前触れもなく、視界がぐるんぐるんと回りはじめる。

 上を向いたと思ったら下を向く。その繰り返し。


 やばい!と思ったときにはもう遅かった。気づいたら体も動かせなくなっている。それどころか首から下の感覚もない。

 視界が周り始めてからの2秒間でそこまで考えると、頭に物理的な衝撃が走った。相変わらず痛いということはないが、思い切り頭を殴られたときのような強い衝撃だ。


 すると急に視界が回るのが収まった。タナカはやっと終わったかと目だけを動かしてあたりの様子を確認する。


 首のない黒い体。その肩に乗る女の足。すぐ近くにある地面。


(死んだわ)


 それらを見てタナカは冷静にそう思った。


 いつのまにかタナカは首を落とされてしまっていたのだった。



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