表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
タナカ、最強生命体に転生す。ただし黒い  作者: 柴大流
第一章 『救世主の導き』
15/26

14 バケモノ 上


 かつて黒獣(こくじゅう)に対してこんな仕打ちができる人がいただろうか。地面に這いつくばらせて謝るよう強要し、挙げ句の果てには頭に足を乗っけている。

 黒獣は天災と、たしか自分自身で言っていた気がするがあれはきっと聞き間違いだったんだろう。耳に口を寄せて「良い子だ」なんて囁いているのがかすかに聞こえてくる。


 世界中の誰しもが目を疑ってつい凝視してしまいたくなるような状況に、しかし僕は静かに目を閉じた。こんな人間と関わってはいけなかった。いくら自分たちが世界有数の暗殺ギルド『密影会(みつえいかい)』の精鋭だったとしても、黒獣を手下として従えてしまうような常軌を逸している存在に勝てるわけがなかった。

 自分が下した決定ではなかったものの、仲間たちの、そして何よりジャイルさんの命が無為に散らされてしまったことへの無念がじんわりと胸に沁みていった。



「ロクス」


 そんなときに自分の名前が呼ばれる。


「お前も何か言うことあるだろ」


「⋯⋯」


 続く言葉に対して僕は寝たふりを続行することに決めた。

 さすがにもうこの人は黒獣の頭の上に足を乗っけるのはやめたとは思うが、あの場面を見ていたと黒獣に知られたら不興を買いかねない。一見温厚な性格に見えても、俺に対してどういう態度を取るのかはまだ分からないのだ。

 黒獣と関わるんだったら普通はこれくらい気を使うものなのだ。身じろぎ一つで都市が消えさってしまうような相手に、いくら気を使ってもやりすぎということはない。


「起きてるんだろ。まぶたがぴくぴく動いてる」


 最悪だ。なんで密影会は寝たふりの訓練を導入してなかったんだろう。

 恐る恐る目を開けると、さっきと同じ俺の両脇に挟む形で二人がいた。一応黒獣が不機嫌になっている様子はない。


「それで何か言うことは?」


 救世主アストル様が目を合わせて催促してくる。

 黒獣がしていたように土下座でもしてみるか少し迷ったがやっぱりやめることにした。


「僕は何も言うことはないよ」


 今更僕が本心を隠して取り繕った態度を取っても意味はない。そんなことをしてもこの人を襲った事実は変わらないのだ。

 黒獣に気を使うのもやめよう。今となっては僕のせいで人類が滅ぼうがもうどうでもいい。


「本当にないのか?」


「あんたを殺そうとしたことについて謝るつもりはないし、解毒してくれたことにも感謝しない」


 殺しに罪悪感なんてかけらも持ってないし、解毒で一時的に命を拾ってもらったことについても最後の魔力を使って大岩を生成したときには死に場所はここだと覚悟を決めていた。そもそも助けてもらって悪いが僕の命に価値なんてないのだ。

 

「そうか。まあ今はそれでいい」


 意外にもそれ以上謝罪を求められることはなかった。


 それにしてもこの人は僕をどうするつもりなんだろうか。気まぐれで僕を生かしたんだろうが、その理由がいまいち分からない。

 たしかに僕は魔法がそこそこ使えるという意味では希少な人材かもしれないが、世界最高の魔法使い様がその点で僕に利用価値を見出しているというのは考えづらい。金銭もすでに十分持っているはずなので、奴隷商に売り飛ばすというわけでもないだろう。


「今はって、それはこれからもあるってこと? というか、なんで僕を生かしたの?」


「これからのことが気になるか? 自分の命なんてどうでもいいみたいな態度を取っている割にはかわいいことを聞くんだな」


「さっきからかわいいかわいいうるさい⋯⋯」


 もう15歳になるのにそんな風に言われるのは不愉快だ。不思議とそうならないのはジャイルさんに言われたときだけだった。


「お前を生かすことに決めたのはそっちだ。知りたいならそっちに直接聞きな」


 そっちといって指さされた方を見ると黒獣が僕を見ていた。はじめて目がしっかりと合う。

 今更だが、顔も体もすべて真っ黒だ。それでいて輪郭はしっかりと人間で、瞬きまでしてる完成度の高さだったが、逆にそれがとてつもなく気持ち悪かった。こんなにリアルな輪郭じゃなくて、良い感じにデフォルメされていた方がまだましだっただろう。


「いやー、子供を殺すほど鬼畜じゃないよ」


 口の中まで真っ黒だった。歯も舌もすべてだ。だめだ。声はふつうの青年の声だが、それも含めて気持ち悪い。話の内容なんて頭に入ってこないし、なんなら吐き気がしてきた。これが黒獣⋯⋯。

 

「うッ、グホッ」


 今僕が見ているのが、そして今僕を見ているのが黒獣だと思うと、恐怖と混乱と嫌悪感とで頭の中がぐちゃぐちゃになって本当に吐いてしまう。

 何度もえづくがお腹の中には何も入ってなかったからか、苦い胃液しかでてこなかった。


 一通り吐き終わって冷静になって黒獣の方をちらっと見ると、心なしか下を向いてしょぼんとしていた。そんな彼を「はは、まあ気にすんな」と慰めているのは我らが救世主アストル様だ。この人は本当強いとかそういう次元を超越した存在だと改めて思う。


「なんだか疲れた⋯⋯」


 すると救世主様はそう言って、草むらにそのまま寝っ転がった。

 僕の隣に寝転がる形だ。

 横を見て様子を見ると、すぐ近くに顔がある。彼女は眠そうな目で空を見上げていた。


「もう夜だな」


 そういえば、いつのまにか黄昏時を過ぎていた。空には隅から隅まで星々が輝いている。


「私はこのまま寝るが変な気は起こすなよ」


「起こさないよ」


 咄嗟にそう答えた後で、こんな外で寝るのかという疑問が湧いてくる。ここは少し開けている場所とはいえ、森のど真ん中だ。ましてやこの人はいくらか傷も負っているみたいだし、その血の匂いをたどって魔物はいくらでもやってくる。


「そんなことより、こんなところで寝たら魔物が来る」


 黒獣がいる以上、撃退することは簡単だろうが、魔物が次々と襲ってくる状況で寝れるだろうか。いや、よく考えてみればこの人なら普通に寝れそうだ。


「問題ない。最高の魔物避けがそこにいるだろ」


 あくびをしながら再び指を指した先には黒獣が座っている。今度は目が合う前に目を逸らした。

 

「魔物避けって俺のことだったのか⋯⋯」

 

 黒獣はぶつぶつと何か言っているが、確かに言われてみればこれ以上ない魔物避けだ。魔物達は本能的な部分で自分より強い相手の力を測ることができるという。

 

 星空をぼんやりと眺めているとなんだか眠くなってきた。すぐ隣に黒獣が座っているというのに、眠くなれるなんて僕も意外と鈍感な方なのかもしれない。

 瞼がだんだんと重くなっていき、気づいたときには深い眠りについていた。



****


「ドゴーーン!」


 轟音と共に目が覚める。

 目を細めてもなお眩しい空、後頭部と背中の硬い地面の感触。ベッドの上でないことはすぐに分かった。続けて記憶が蘇ってきて、仲間は昨日全員死に自分だけが生き残ったことを思い出した。

 

 上体を起こして隣を見るとその標的だった相手がすーすーと寝ていた。まるで警戒心がないが、いまさらこの人を殺そうという気にはなれなかった。まあ、今この人を殺そうとしても絶対に成功しないのだが。

 その理由である存在がさっきの音がした方に立っていた。魔物の王、黒獣だ。

 

 彼には魔物避けの作用があると昨日寝る前に聞いたのだが、その奥には熊の魔物であるグレイアスベアが倒れていた。ダークメイルコブラと同等のA級の魔物だからなのか、無謀にも黒獣に挑んだようだ。結果はご覧の有様だが、腹に大きな穴が空いているので殴られたのだろう。


 黒獣がふいにこちらに振り返った。


「ひッ」


 心臓を直接掴まれたような感覚に陥る。蛇を目の前にしたカエルの気持ちがよく分かった。

 無意識に体が震える。昨日は間に救世主様がいたが、今は眠りこけてしまっている。黒獣と二人きりという状況がなぜかとても怖かった。


「俺、そんなに怖い?」


 あろうことか黒獣が僕に話しかけてきた。


「ァ————」


 思うように声が出ない。歯ががたがた震えてくる。

 こくりと頷くと、黒獣は「そう、だよね⋯⋯」と言って、こちらに寄ってきた。

 殺されるのか?とびくびくしていると、黒獣は俺の横を通りすぎる。

 

 恐る恐る後ろを見て様子を確認すると黒獣は消えていた。

 いや、消えてはいない。

 元に戻ったというべきか。黒獣はいつのまにか主人のアホ毛に戻っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ