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タナカ、最強生命体に転生す。ただし黒い  作者: 柴大流
第一章 『救世主の導き』
12/26

11 お前を人たらしめる

  

 体が徐々に麻痺していくのを感じながらも高速で考えを巡らせて辿り着いた解毒方法は、かなり力技なものだった。

 私は急ぎながらも集中して節約していた吸魔ナイフの魔力を吸い上げて体に巡らせる。


 空間魔法【転空】


 少しずつ右手の平の上に茶色の液体が集まっていき、最終的に手から溢れるくらいの量になる。

 身体中に広がった毒素を少しずつ集めて手の平の上に転移させたのだ。

 それから手を振って液体を払う。右手には傷を負っていないので、そこから再び毒が体に入るというような間抜けことにはならない。


「はあ、はあ」


 体の血液中の毒素を完全に分離することはできず、転移した液体の中には血も少なからず混じってしまった。少し貧血気味になってくらくらする。

 それからなにより、かなり精密な魔法発動だったので精神的に疲れて頭もふらふらした。

 

 眼帯男を除くと今まで合計6人の急襲を返り討ちにしてきた。彼らは村長やその息子に比べていくらか魔力量が多かったようで一人につき、【断空】二発分くらいの魔力が吸収できた。一人一発でかっきりと仕留めてきたので、若干のプラスがあったのだ。

 しかしその分の貯金も今の解毒でほとんどなくなってしまった。

 残った魔力は再びちょうど【断空】一発分。敵の魔法使いを相手にするには心許ない魔力量だ。


 問題なのは魔力だけではない。むしろこっちの方が切実な問題だが、体力は魔力と違ってなくなっていく一方だ。傷口が痛むのはまだ我慢できるが、傷口から血が流れるによって体力がガンガン削られていくのは看過できない問題だった。


 しかし私は満身創痍になりながらも再び走り始める。結局ここで待っていても意味はないのだ。体力が限界を迎える前に敵を全員始末するしか生きる道はない。


 それから何人の敵と戦っただろうか。さっきの反省もふまえて、敵が投げてくるナイフも頭一つ分くらいの超短距離転移で避けて戦った。その分魔力はほとんど溜まらなくなったが、解毒はできても傷口を治すことはできないので、避けた方がましという判断だった。


 どれくらい走ったか記憶が朦朧としてきた頃、森の中から少し開けた場所に出た。再び2年前のデジャブを感じる。あのときの決着も森の中にあるこんな感じの開けた場所だった。


 そこには黒いフードの男が一人で立っていた。さっきガロア村でも見た男だ。村長の息子の後ろで控えていた監視役。確か名前はジャックといったか。おそらく偽名だろうが本名が知りたいわけでもない。

 

 彼は私がここに来たときにはすでに手を右上に掲げていた。その先には私の家を崩した岩よりもさらに一回り大きい岩が浮いている。


 間髪いれずにジャックはその岩をこちらに放って来た。


 しまった!と思った次の瞬間には目の前まで大岩が迫っている。


 残る魔力は【断空】二発分。

 このままでは【断空】を放ってジャックを殺したとしても、迫る大岩につぶされてしまう。

 だからと言って転移で避けたら魔力はカラッケツになってしまい私は戦う力を失う。


 敵を倒して死ぬか。敵を倒すことを諦めて数秒の命の延命を望むか。


 私は咄嗟の判断で後者を選んだ。しかし、それでも最後の希望は捨てていない。

 横に避けるのではなく、前に避ける。ジャックに迫る形で転移する。そのまま最後の力を振り絞って、まっすぐ前へと走った。


 ジャックも大魔法の反動なのかはあはあと肩で息をしている。迫ってくる私に手を向けるが、魔法が形になる前に私がジャックの元まで辿りついた。

 

 走っている勢いのまま右手を振ってジャックの黒いフードを取り払う。尻餅をついたジャックは怯えた顔で私を見ていた。


「結構かわいい顔してるじゃないか」

 

 まだ十代半ばくらいであろう顔立ちは童顔だった。そしてその頬にはかすり傷がある。


「おや? 頬に切り傷があるみたいだね」


 フードを取り払ったときに、残りカスの魔力で私が【断空】を使ってつけた傷だ。

 

「どれどれお姉さんに見せてみな」


 そう言いながら私もしゃがんで茶色に染まった右手で頬をさすってやった。これであとは毒が効いてくるまで時間稼ぎをするだけだ。


「動いじゃだめだ。手が滑ってしまう」


 完全なはったりだが、吸魔ナイフ内の魔力はこの子にも探知はできない。つまり私がもう魔法が使えないということはばれていない。

 まっすぐに目を見つめて言うとジャックも素直に従った。


「ジャイルさんは? あなたの家にいた眼帯の————」


「ああもちろん生きている。君と同じで殺すには惜しいと思ったんだ」


 自分で大岩を落としておいて何を聞いているんだとも思うが、きっと大切な仲間だったのだろう。

 まあ正直に言って自暴自棄になられても困る。ここは生きていると思わせておいた方が都合がいい。


「そうか。やっぱり死んじゃったんだね」


 ジャックは悲しそうな顔をした後で、私をきりっと睨みつけて来た。


「おい! 話を聞いてたか!」


「さすがのジャイルさんでもあの状況で生き残ったっていうのは無理があるよ」


 やっぱり慣れないことはしない方がいいな。こんな子供に見破られるなんて私に服芸は向いてないみたいだ。


「お前がやったことだろう」


「そうだよ。ジャイルさんに命令されて僕がやった。それでもやったのは僕自身だ。後悔は、、少ししてるけどほとんどしてない」


 ジャックは座ったまま手を空に掲げる。


「ほら、僕を殺してよ。他のみんなにやったみたいにさ」


 一瞬にして空に岩が生成された。そんなに大きくは見えないがそれは実態とは異なる。ジャックの体から放出される魔力量からして、今までで一番大きい大岩だ。少し遠くにあるからそう見えるだけ。

 もう今から全力で走っても疲弊しきったこの体だと、あの大岩の落下範囲から逃げることはできないだろう。


「じゃないとあんたも死んじゃうよ?」


 もちろん、少年の首を絞めて殺しても大岩は落ちて来て私は潰されてしまう。

 つまり、もう私の死は確定してしまった。

 そしてそれはこの少年も同じことだ。ジャックは残り全ての魔力を大岩の生成に使った。すなわちこの大岩を遠くに放る魔力は残っていない。体力の方は私より残ってそうだが、そろそろ毒が効いてくる時間帯なので、機敏に走って岩の範囲外にでるなんて不可能だ。


 ジャックは上に掲げていた腕をだらんと下ろした。

 麻痺によって体に力が入らなくなったのか、後ろに倒れそうになっていたところを私が抱きとめる。


「なにをしてるの?」


 制動を失った大岩は真っ逆さまに落ちてくる。


「深い意味はない。ただ、お前がかわいそうだと思ったんだ」


「本当に死んじゃうよ?」


「そうだな」


 上を見上げるとものすごいスピードで岩が落ちてくるのが見えた。


 これが私の最期だ。

 そう思うと、色々と心残りが出てくる。

 出てくる? 意外となにも出てこない。あと数秒で死んでしまうというのに感傷にも浸れないとはうっすい人生だったなと我ながら思う。きっと人間関係が希薄だったのが良くなかったんだろう。慕ってくれる人はそれなりにいても、深く関わって仲良くなるというようなことはなかった。人と長く一緒にいることがそもそもなかった。


「わけでもないか。まあ、人というにはちょっとアレだけど」


 そうだ。今まで変に刺激するのも良くないと思ってできなかったが、最期の最期だけ、ちょっとくらいなら話しかけてみても悪くはないだろう。今まで数え切れないほどの人間を救ってきたのだ。それくらいの身勝手は許してほしい。

 さて、この2年間で言葉はそれなりに覚えたはずだ。それくらいの知能はあるとみている。

 私の愛しき隣人になにか言い残してやろうじゃないか。


「なあ、アホ毛になって隠れたつもりか?」 


 2年前の最初は黒獣がアホ毛になるなんてどんな目的があるんだとビクビクしていたが、しばらくして行動の意味を理解した。

 この黒獣はあろうことか私から隠れるためにアホ毛になったのだ。天下の黒獣様が人間の私に勝てないと勘違いするなんてお馬鹿にもほどがある。


「本当にお前は阿呆だな。けどそれこそが————」


 もう大岩が目の前まで迫って来ている。


「お前を人たらしめる」


 ドゴオオオオン。

 爆音が彼女の声をかき消したとき、同時に大岩も消滅した。


 

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