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タナカ、最強生命体に転生す。ただし黒い  作者: 柴大流
第一章 『救世主の導き』
11/26

10 急襲


 さて、少しもしない間に盗賊団が襲ってくる。こんな回りくどい方法を取った相手だ。私に魔力を回復させる時間を与えてくれるはずもない。

 ただ村人たちを守りながら戦うのは面倒なので、早くこの村から離れた方がいいだろう。私の家に帰れば、おそらくそっちにも見張りがいるはずなので、そいつが仲間を呼んでくれるはずだ。そうしたらノコノコやって来た敵を一人ずつ倒していって最後の一人にガロア村から連れ去った女たちの居場所を聞けばいい。


 自分の家屋に被害がでるかもしれないのは正直嫌だが、村を巻き込んで戦って人質を取られたりしたら面倒なのでそっちで戦うとしよう。

 

 村長の家をでるとそこにはムックがいた。物音を聞きつけて来たのか逃げ出した男二人から事情を聞いて来たのかのどちらかだろう。


「大きな音がしたので来てみたんですけどってその血! 大丈夫なんですか!」


 どうやら前者の方らしい。ムックは私の足に付いた返り血を見て心配してくる。


「怪我してるわけじゃないから気にするな」


「気にするなって言われても気にしますよ! またインキュバスが襲って来たんですか?」


 たしかにムックからすれば気になるだろう。でも今は時間がない。


「まあそんなところだ。後でちゃんと説明するから、今は帰ってマーサと一緒にいてやれ」


「わかりました⋯⋯」

 

 直接聞いたわけじゃないが、彼らに母親がいる影はない。ということはマーサを一人で家に置いて来たということだ。

 暗にそのことを責めるとムックは素直に従ってくれた。

 

「いい子だ」


 私が言葉に悔しそうな顔をしたムックは私が今から戦うことを空気で察したのか「気をつけて」と言い残して帰っていった。きっと自分に戦う力がないことが悔しいのだ。

 私からすれば戦えることだけが強さじゃないと思うのだが、今回みたいなことがあったからには明日から素振りくらいはするようになるんだろうな。素直でかわいい男の子だ。



****



 ガロア村から自宅に帰る途中、盗賊団と戦う前に一回休憩しておこうと思って大木に背を預ける。皮袋の中の水はもうほとんどないが最後の一滴まで喉に流し込んだ。

 

「さすがに疲れて来た」


 精神的なものもあるが、より深刻なのは純粋に体力の問題だ。

 ほとんど家に引きこもっていたこの2年間は言うに及ばず、それ以前も私は今までこんなに歩いたことはほとんどなかった。一回行ったことのあるところなら空間魔法【転空】で転移できたし、ないところなら馬車などを使って移動していたのだ。戦闘も魔法をちゃちゃっと打っておしまいということが多かったので、体を動かしたりすることはなかった。

 今日はこれまで山道をひたすら行ったり来たり、ダークメイルコブラとの戦いでは子供のとき以来の全力疾走をしたりと体はすでに悲鳴をあげていた。

 足に腰に肩がずしりと重たいこの感覚は自分がもう若くないということを実感させられる。31歳の限界は近い。


「行くか」


 吸魔ナイフに残された魔力は【断空】三発分しかないし機敏に動ける体力もない。そんな状態でも元世界最高位の冒険者が盗賊相手に負けることは万に一つもないと感心している。

 ただし、気になるのは今回の敵が盗賊を名乗っただけのどこかの国の特殊部隊かもしれないということだ。そうなったら戦いは5分の勝負になってくる。いや切札の吸魔ナイフも見られていることも考えればだいぶ不利だろう。

 まあ死ぬ覚悟ならすでに2年前のあの戦いのときにできている。もし私の体を利用して何かしようとするくらいなら、潔く死んでやろう。


 それから少し歩くといよいよ家に近づいてきた。普段は帰ってくる愛しの空間だが、今日は敵が待ち構えているかもしれない場所だ。

 緊張感を保ちながら、家の前まで来る。

 一回深呼吸してから腰のナイフを抜いて、ゆっくりと中に入った。


 私の家は一階建ての1LDKだ。玄関から入るとまずリビングがある。私が作業する机が奥に、手前に昼寝用のふかふかのソファがある。


————そのソファに知らない男が座っていた。


 ソファは奥側に向いているので顔は見えないが、茶髪を短く切り揃えた男だ。大柄というわけでもないのに偉そうに膝を組んでソファに座っている様はなかなかに存在感がある。

 男は首だけでこちらに振り返った。鋭い目をした男だった。しかしその目は片方だけ。右目には眼帯をしている。

 男は私の顔をじっくりと見てからにやっと笑った。


「おかえりなさいお嬢ちゃん。早速だけど死んでくれ」


 ドゴオオオオンと爆音が響いた。

 上を見ると茶色いものが見えた。岩だ。大きな岩が私の家を押しつぶしながら落ちてきている。

 もう目と鼻の先に岩がある。

 このままだと潰されてしまう。【断空】でこれを両断するのも今の魔力だと厳しい。


 空間魔法【転空】


 視点が外に切り替わる。すぐ隣には大岩で無惨にも潰れてしまった私の家があった。

 まさか敵がこんな自爆的な攻撃をしてくるとは思わなかった。眼帯男の動きには注意を向けていたが、ただの囮だったなんて完全に予想外だ。

 おかげで【転空】を使うしかなかった。最期までソファでくつろいでいた眼帯男は確実に岩に潰されてしまっただろう。


「クソ!」


 2年前に最大魔力が少なくなり自由に魔法を使えなくなってから、私は【転空】という魔法を全く使わなくなった。おかげで世の人々は使えなくなったのではと勘違いするようになったが、そんな噂が流れるくらい人々にとって【転空】は私の象徴する魔法だったのだ。


 そんな魔法を全く使わなくなった理由は単純。魔力消費が激しいからだ。


【転空】は基本的に転移する距離に比例して消費魔力が増大していく上、短距離でもそれなりの魔力が必要になってくる。

 今回のように家の外に出るだけの転移でも、最小火力の【断空】二発分の魔力を使ってしまった。もう残りは断空一発分しかない。


 敵一人を倒す(というよりは自爆だったが)のに使う量としてはどう考えても割に合わない。

 それに、大岩の下に埋もれてしまったであろうあの男の魔力を吸魔ナイフで吸収することもできなかった。 

 完全なマイナスだ。敵はまだまだ沢山いるだろうが、あたりを見回しても簡単には姿を見せてくれない。姿が見えないと【断空】で狙いようがなく、敵を倒せなければ魔力も補充できない。吸魔ナイフの弱点をしっかりと分かっている動きだった。


 敵からしたら、あとはさっきの大岩の魔法を放ったやつがもう一度魔法を放つのを、待つだけの状況だ。

 こんな状況、悪態の一つも吐かないとやってられない。

 しかし、このまま立ち尽くしていても状況は好転しないというのもまた事実だった。


「あっちか⋯⋯」


 この動かないでいればそのまま敵の魔法の餌食になってしまう。私はとりあえずさっき大岩が出現したときに魔力反応がした方に走ることにした。

 途中に敵がいたら最小規模の【断空】を一発放って倒して吸魔ナイフで魔力を回復。回復した魔力で次の敵を仕留める。一度のミスも許されないが理論上ではこれを繰り返していけば、途中の敵を殲滅しながら大岩の魔法を放ったやつのもとまで行けるはずだ。

 魔力反応的にそんなに遠い距離ではないと、疲れていた体に喝を入れて森の中を走り始める。


「なんだかデジャブだな」


 立場は逆だったが、魔法を恐れて森の中を走るというのは2年前のあの戦いのときと同じだ。あいつもこんな気持ちで必死に私から逃げていたんだろうか。

 まあ私は体力がないからずっとは走っていられない。早くけりを付けたいところだ。


————ビュッ。


 と思っていた矢先に風を切る音が聞こえる。目の前にナイフが迫っていた。

 私は全力でナイフを避けるが、茂みから突然現れた男は返す一撃でナイフを振り下ろしてきた。


空間魔法【断空】


 その前に男の首が落ちる。手に持っていた吸魔ナイフが淡く光った。

 

 魔法を発動する速度と精度だけは現役時代から衰えていない。視認さえできればこうやって一撃で終わらせられるので近接戦でも有利に戦えるのだ。逆に遠距離戦ができなくなったせいでこうして走るはめになっているのは悲しいことだ。


 ともかく私は再び間を置かずに走り始める。足も頭も止めてはいけない。これまでの奇襲でそのことがよーく分かった。

 やはり今回の敵は盗賊団などではない。

 あまりにも統率が取れているし、さっきの魔法も今の男の身のこなしも相当なものだった。おそらくどこかの国の特殊部隊か、大手の暗殺ギルドの精鋭だろう。


 そして、相手はどう考えても私を殺しに来ている。私の体を利用するのが目的ではないとすると、魔導国をはじめとした魔法関連の相手ではなさそうだ。

 私に恨みを持っている国といえば、アルティナ聖王国は聖獣と崇められていた紫雷鳥を私が討伐してしまったのでありそうなラインだ。


 まあ相手の裏にいるのが誰であろうと、とりあえず今は戦うしかない。


 そのまま走り続けていると今度は数人が一気に襲って来る。連携が取れた見事な動きだったが、私は変わらず近い敵から順番に一人ずつ首を落としていった。

 しかし、今度はさすがに無傷とはいかず、体のところどころに切り傷を追ってしまった。

 加えて後ろに結んでいたポニーテールも結構根元の方からバッサリと切られてしまって、ショートカットになってしまった。


 2年間伸ばしていた髪が切られて切り傷まで追ってしまったのは相手の捨て身の攻撃のせいだ。

 彼らは一人目が私の魔法で殺された後、ナイフを振るのではなく投げてきた。


 こうなると投げた相手を魔法で殺しても、その前に投げられたナイフは私にまっすぐ向かってくる。かつての私なら転移すれば簡単に避けられる攻撃だが、今の私にそんな魔力の余裕はないので、体を少し動かして急所を外すくらいしかできなかった。


「最悪だ」


 倒れた敵のナイフの刃先を見てみると、やはりというべきか黄緑色に鈍く光っている。確実に毒だろう。致死性のものか麻痺性のものかまでは分からないが、毒ナイフで切られた傷口を放置しておくということは自殺行為に等しい。


 男たちの死体をまさぐって解毒剤がないか探してみるが誰も持っていなかった。


「こいつら⋯⋯」


 普通毒を使う物は解毒剤も持っているものだ。

 自分たちが殺されることを見越して用意していなかったんだろう。相当な覚悟というかなんというか、どうしようもない。


 そうこうしているうちにも、体が痺れ始めてきた。かなり速攻性のある毒みたいだ。

 

「急がないとな」

 

 焦りながらも解決策を考える元救世主アストルティア。彼女のアホ毛はいまだそよ風に吹かれるがままだった。


  

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