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タナカ、最強生命体に転生す。ただし黒い  作者: 柴大流
第一章 『救世主の導き』
1/26

0 生誕


 「それ」は何もない空間から生まれた。

 何もないのは「それ」が生まれる直前、前触れもなく一帯の森林がすべて消滅したからだ。青々と生い茂っていた森林が一瞬にして荒野に成り果てた直後、「それ」は5秒ほどの時間をかけて虚空からぬるりと現れた。

 

 「それ」は真っ黒な物体だった。質感はどろどろとしている粘度の高い液体だ。決まった形はとらず、大地の上をうねっている。


 「それ」は思考した。はて、自分は一体何者なんだと。


(オレはタナカだ)


 次の瞬間、それは形を変え始めた。不定形の液体だったものが球の形をとる。


(体がない)


 球から下に伸びるように体ができた。


(腕がない)


 体から腕が生える。


(手が、足が、指が————)

 

 「それ」はやがて人間の、タナカの形になった。触り心地は人肌と同じだ。体温も鼓動もあった。


「あ?」


 タナカは自らの手の平を見つめて疑問を浮かべる。なんで真っ黒なのかと。手の平だけではない、腕も足もお腹も体のすべてが真っ黒だ。加えてそれはよく見慣れた艶のある漆黒ではない。光を反射しない闇のような黒だった。


(オレはこんなに黒くない)


 そう思っても色は変わらなかった。姿形は思い通りに変えられたのに、色は全く変えられない。


 しばらく経つとタナカは体の色を変えるのを諦め、右足を一歩前に踏み出した。特に深い意味はなく、ただ歩いてみただけだ。


「ん?」


 しかし、一歩踏み出すと同時にタナカは違和感を感じた。地面からズトンと音がしたのだ。左足を前へ。ズドン。右足を前へ。ズトン。一歩踏み出すたびに地面が震える。


 後ろを振り返ってみると、そこにはタナカの歩いてきた数歩の足跡が地面に深く刻まれていた。ずいぶんと柔らかい地面だなあと思いながらもタナカはぼんやりと歩き続ける。

 そのまましばらく歩いていると当然の疑問が思い浮かんできた。


(どこだ、ここは)


 目の前には見渡す限りの荒野。草も木もない。あるのは茶色の地面だけだ。遠くに目を向ければ山もある。見渡してみれば360度似たような景色だった。


(というかオレはこれまで何をしてたんだっけ)


 小中高と卒業し、大学へ。大学を卒業し、就職。上司に叱られる日常。変わらない通勤風景。

 一つ一つ思い出していく。

 そうして最後の記憶に辿り着いた。


(オレは車を運転してた)


 横から少年が飛び出してきて、それを避けようとハンドルを右に切る。気づいたら目の前には大きなトラックがあった。


(死んだんだ。オレは⋯⋯)


 タナカはやっと行き着いた衝撃の事実に慟哭した。


「くそっ、くそっ」


 真っ黒な足で地団駄を踏む。そのたびに大きな音を立てて柔らかい地面は陥没していった。


「なんで! オレが死ななきゃいけなかったんだ!!」


 叫び声がこだまし、やまびこが帰ってくる。そんなことにすら腹が立つ。飛び出してきた少年にぶつからないようにするためにはブレーキじゃ間に合わなかった。狭い路地だ。避けるにしても反対車線しかない。でもトラックが来ていると事前にわかっていたら自分を犠牲にしてまで少年のことを助けなかっただろう。自分の命は何事にも代えられない。それが簡単に奪われた。ほんの一瞬で奪われた。オレはなにも悪くないのに。


 考えれば考えるほどイライラが増幅されていく。


 しかし、そんなイライラも地面に八つ当たりをし続けていると少しずつ収まってきた。自分は死んだということがなんだか客観的に思えてきて不思議な気持ちになったのだ。そして冷静になった原因にタナカは思い至った。


(なんでオレは生きてるんだ??)


 自分の真っ黒な手を見る。これが人間の手だとはとてもじゃないが思えない。

 しかし、動く。息もしている。タナカは死んだという事実と現在の自分の生との矛盾に違和感を感じていたのだ。

 そうして、その矛盾を解決する結論にタナカはすぐに辿り着く。


(異世界転生??)


 生前の趣味であったアニメにはこういった展開はよくあった。その中には人間以外の存在に転生する主人公も結構いた。よく分からない真っ黒な存在に生まれ変わった自分もそうなのかもしれないとタナカは理解する。


(それならこの状況にも納得できる。それにしても異世界転生か⋯⋯)


 オタクだったタナカからしたら夢にまでみた状況。のはずなのだが、人間に転生したわけではないことを考えると素直には喜べなかった。この体のままでは人間と一緒に暮らすのはとても難しいだろうということは容易に想像できる。

 そして差し当たり目下の問題としてのしかかってくるのが、もしこの体がそんなに強くない生物だったら、大自然の中こうして歩いているのもかなり危険な状況ということだ。


(危機感が足りなかった⋯⋯)


 特になにも考えずに歩いてきて、さっきは死んだことにむかついたあまり取り乱して暴れてしまった。騒いだ音を聞いた魔物たちが自分のことを狙いにくるかもしれない。

 異世界には魔物がいるというのが定番だ。この世界にもいる可能性は高い。


(これからどうしようか⋯⋯。ここでずっと突っ立っててもよくないしな)


 結局この場所が安全地帯である保証は全くないのだ。前世の知識を頼りにするならば、異世界では人が暮らす街以外、つまりここのような自然が広がる場所は魔物の跋扈する危険地帯だ。


(よし街を探そう)


 タナカはとりあえず歩き回って人が暮らしている街を探すことにした。どこに街があるのかわからない以上とにかく歩き続けるしかない。


(まずはあの山を越えるのが目標だ)


 ここは草一つない荒野だが、遥か遠くには森があり、その先には大きな山があった。前後ろ右左どの方向も同じような景色が広がっているので、タナカは進んできた道をそのまままっすぐ進むことにする。


(まあ人がいるのかすら分からないんだけどさ)


 そもそもはこの世界に人類がいるという確証もないのだ。世界によっては人類が生まれなかったまたは昔はいたが絶滅してしまった、というような世界もあるだろう。異世界といえば人がいるというのは物語だから当たり前なのであって現実がその通りかは分からない。

 

(いなかったらジャングル生活か⋯⋯)


 タナカは一人でだれとも会話もせず黙々と森で暮らしていくことを想像する。そもそもこの体が食事を必要とするのかどうかすら分からないのだが、そんな生活やいやだとはっきりと思った。



****



 人が暮らす街を目指し始めてから大体1日が経過した。日が落ち、暗闇が訪れ、再び日が登ってきた。その間、タナカは休まず荒野を歩き続けた。歩き続けることができた。疲れない。飢えも渇きもない。便利な体に生まれ変わったなあという嬉しさと、もう完全に人間ではなくなってしまったなあという悲しさでなんとも複雑な感情だった。


(やっと森まで来たか)


 複雑な心模様とは関係なくタナカは森まで辿り着いた。

 この森は予想以上に遠くにあったようでここまでくるのに丸一日もかかってしまった。こんな意味不明なな体じゃなかったら、途中で干からびていたかもしれない。


(でも近くでみてもやっぱり小さい)


 少し前から薄々気づいていたことだったが。やはり小さかった。

 なにが小さいかというと。

 ————それは森だ。


 面積が小さいということではない。面積だけでいえば目の前いっぱいに広がっている。


 小さいというのは森を構成する木が小さいという意味だ。普通、木と言ったら見上げるものだろう。それをタナカは見下ろしていた。

 足のふくらはぎのあたりまでしかない木というのは違和感しかない。


(でも形は普通の木なんだよね)


 しゃがんで近くから見ても形自体は普通の木と変わらないみたいだ。木以外も同様で草や花もミニチュアサイズになっていた。


(まあ異世界だしな)


 こういうミニチュアサイズの森があっても不思議ではない。タナカは森の木々を踏み潰しながら、再び山へと歩き始めた。

 ズドンという地面を踏みしめる音だけでなく、森を踏み砕くバキバキバキという音まで追加されてしまい、タナカは魔物が音を聞きつけて襲ってくるんじゃないかと不安になった。ただし、ここで立ち止まっていては意味がない。これまでも大丈夫だったんだからここらへんに魔物はいないと自分を奮い立たせて、タナカは進んだ。



 小さな森に入って2時間ほど経過した。その中でタナカはいくつか気づいたことがあった。


 まず一つは小さな森の生き物は、森と同じく小さいということだ。荒野をひたすら歩いていたときには生物なんて全く見つけられなかったが、森の中には多くの生き物がいた。ネズミほどの大きさの鹿や狼、イノシシに似た生き物たちが自分から忙しなく逃げていく様子は見ていてかわいかった。

 中にはカラスくらいの大きさの赤色の竜みたいなやつもいて、そいつはミチチュアサイズのはずなのに顔がとにかく怖かった。住処を荒らされて怒っていたのかもしれない。少しだけ申し訳ないと思った。


 次にこの真っ黒な体はそこそこ頑丈らしいということだ。森林を踏み潰しながら歩いていると、たまにトゲトゲした木がある。そんな木を裸足のまま踏み潰してもぜんぜん痛くないのだ。最初は木が柔らかいだけだろうと考えていたが、バキバキという轟音がその考えを即座に否定した。ためしに自分で自分のほっぺたを思いっきり殴ってみたところ、ほっぺたも手も全く痛くならなかった。血もでない。

 これで怖い魔物が出てきても大丈夫かもしれないと少し安心できた。まあここまでの道中でタナカを襲ってくる存在なんて全くいなかったので、魔物というものがいるかすら疑問に思えてきたところだ。


 最後に自分の体についてだ。タナカは服を着ていなかった。裸足なのに痛くないということからそのことに思い至ると、自然とタナカの視線は自らの股間にいく。そこにはなにもなかった。前世は男だったのでもちろん胸もない。

 真っ黒な体でも裸はよくないかなと思い、最初に腕や足を生やしたときと同様に服を想像して体を変形してみる。なんとも不恰好な体になった。全てが真っ黒で服と体に境界がないので違和感しかない。

 それならと仕方ないとタナカは服を作ることをあきらめて、リトルボーイはいないしセーフだろと全裸に戻った。


 全裸のタナカはそのまま歩きつづけ、日が沈みかけた頃、ようやく山の麓まで辿り着いた。山の木も小さかったので、いままでと同様に木を踏み潰しながら山を登っていった。


(日が登るまでには山頂に着きたい)


 と思っていたところ意外と数分ほどで山頂の直前まで辿りついた。山道を気にせずに一直線に登れたからだろうか。かなり早い到着にタナカは嬉しくも同時に不安になった。


(これで人里が見えなかったら厳しいな)


 最後の3歩を緊張しながら登っていく。タナカは山のてっぺんに辿りつくと、その先の景色を食い入るように見つめた。


「街だ⋯⋯」


 山の先には見渡す限りの街並みが広がっていた。真っ暗なのに見えるのは家々から光が漏れているから。炎の光か電気の光なのかは分からないが、こんな夜に光を灯して生活する生物なんて人間以外には考え付かない。


「よかったあ」


 自分の体が真っ黒であることも忘れて、タナカはこの世界にも人類が存在していることに一人涙した。

 頬を伝う涙すらも墨のように真っ黒だった。


書きためは一切ないのでがんばって書いて更新します!

ブックマークなどつけてもらえたらやる気出ます!

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