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キスと瘢痕  作者: ES
2/13

罠に落ちた転校生

「北野さん、自己紹介して」


 転校して担任になった若林先生が沙紀に促した。


 「北野沙紀です。えっと小学校1年から今までドイツにいました。小学1年まではこの町にいたんですけど」


 沙紀は緊張のせいでそれしか言えなかった。きっとドイツ語だったらもっといろいろ言えたのかもしれない。きっと言葉は性格にまで影響を与えるのだ。日本語でいろいろと自分自身のことを話すということは、当時の沙紀にとってとても恥ずかしいことだった。


 「バイオリンやってる人というか、ここにいる人で北野さんを知らない人はいないと思うけど。このクラスにもバイオリンやってる人たくさんいると思うからきっと刺激になると思うわ」


 若林先生は自分と同じバイオリン奏者のせいか、沙紀には冷たく感じた。先生は沙紀のバイオリンの経歴について暗にそう言って、沙紀を空いている席に座るように促した。沙紀は言い方に少し棘のあるのを感じたが、先生の指示通り席に向かった。席に座るまでの刹那、沙紀は有名人である沙紀への羨望の眼差しを感じた。調子に乗るつもりは全くなかったが、ヨーロッパで頑張ってきたことが日本にも伝わっているのだとうれしくも感じた。だけどたった一人だけ全く違う視線を送ってきている人がいた。どんな感情を抱えているのか分からないが、左後ろの方の席に座っているその女の子が沙紀を鋭く睨みつけてきている。


 沙紀は思わずはっと息をのんだ。怖かったからでは決してない。表情こそ敵意をむき出しにしているけどその顔は思わず目をとめて見つめてしまうぐらい可愛い顔をしていた。日本のアニメに出てきそうな美少女だと沙紀は思った。その子は今度はおもしろくなさそうに沙紀を見つめると、すぐに横を向いて視線をさけてしまった。


 席についた後、ちらっと後ろを向いてさきほどの子の席に目をやると、また沙紀を睨みつけてきている。沙紀は先行きがとんでもなく不安に思えた。あんなに可憐で綺麗な人によく思われてないなんて何かとてもショックだった。そしてとてつもなく面倒なことが待ち受けているようなそんな嫌な予感がした。


 「あたしは園田恵、ピアノやってるんだ」


 休み時間になると隣の子が愛想よく話しかけてきてくれて沙紀は救われた思いだった。実は沙紀はこのまま友達もできずに帰国子女としてみんなから浮いてしまうのではと気が気じゃなかった。それにあの睨んできた子にはどう考えても好かれてはいない。その子はとても人気があるらしく周りにはたくさん人が集まっている。沙紀は思い切って恵に名前を聞いてみた。


「円城寺さん。円城寺えんじょうじ音巴おとは


恵は誰を聞いているかすぐ分かったみたいで即答した。


「音巴ちゃんて言うんだ」


沙紀はオトハという名前にどこかで聞き覚えがあったような気がした。


「綺麗な子でしょ?」


沙紀はうなずいた。ちょっと見渡せばいやおうなく音巴のところで視線を止めてしまう。音巴の視線の行く先がどうしても気になる。ただ綺麗なだけでなく、人をひきつける魔力とでもいうのだろうか。音巴にはそんな力があるように思えた。


「でも、あんまり近づかないほうがいいよ」


「どうして?」


「あんまり綺麗すぎて、女の子にも大人気で。うかつあの子と話したりすると嫉妬されるよ。クラス全員があの子と仲良くなりたがってるから」


「ふーん。そんなに人気なんだ」


女の子で同性にそこまで人気というのが沙紀には危険な気がした。なるべく関わらずいるほうがいいかもしれないと沙紀は思った。


「あの子もバイオリンやってるんだよ。今までだったら校内で一番うまいと思う」


恵は言った。


 多分「今まで」というのは沙紀を意識して言ったのだろう。容姿だったらあの子には敵わない。でもバイオリンの腕はおそらく自分のほうが圧倒的に上だろうと思った。いくら校内でバイオリンが一番うまくても音巴には国際コンクールの出場経験さえないはずだった。中学のときから世界を相手にして、しかもヨーロッパで実績を残してきた沙紀とは明らかにレベルが違った。


ただ音巴は確かにため息をつくぐらいのとびきりの美少女だ。よく観察していると少しパーマがかかったふわりとした黒髪に大きくて意思の強そうな瞳が潤んだように見える。すっと通った鼻筋。まだあどけなさを残した唇は少し紅潮していて、いかにもお金持ちのお嬢様のようだ。あんまりじろじろと見ていたせいでまた音巴と視線を合わせそうになり、慌てて沙紀は音巴を見るのをやめた。


その後は何事もなく、放課後になり沙紀は一人家路についていた。自転車を走らせながら沙紀は今日一日を終えることができて本当にほっとしていた。恵という友達もできたし、周りのクラスメイトともある程度仲良くなることできた。本当はドイツからの帰国子女ということで物珍しく見られて、クラスに馴染めないんじゃないかと不安でたまらなかったのだ。


沙紀はやっと自分の生まれ故郷で高校生活を送ることが出来るんだと思った。明日から友達と音楽とどんな生活が始まるんだろう。初日が終わって、沙紀は不安よりも期待がどんどんふくらんでいた。 沙紀は小路の上を軽快に自転車を走らせていた。道の両脇は背の高さぐらいもある鬱蒼とした草木に囲まれている。学校の周辺は駅の近くなので、車通りも店も多いがいったん丘陵地にある住宅街に入ると、急に手付かずの林や緑がまばらに見られる。マンションとお金持ちが住むような大きな家が交互に並んでいた。


 沙紀の家は、蔦の絡まった古い洋館を抜けたところにある。もうすぐでその洋館の傍の小道を抜けるというときに小さな人影が突然前に立ちはだかった。沙紀はびっくりして自転車を止めた。両手を横に広げているのは、小柄な女の子で沙紀と同じ高校の制服を着ていた。


「北野さんだよね。ちょっといいかな」


その小さな子は言った。


そうこうしてる間にあっという間に3,4人に取り囲まれた。その瞬間、嫌な予感は的中した。そして無警戒にも自転車を止めてしまったことを後悔した。沙紀は、音巴の周りに集まっていたクラスメイトの顔を何となく覚えていた。今、沙紀を囲んでいるのは円城寺音巴の周りにいた人達だ。いきなりのことで沙紀の心臓が一気になり始めた。


「な、何ですか?いきなり」


平静を装うとしたが、思わず緊張で声が上ずった。


「何ですかってって言われると困るけど」


小さな女の子が自転車のハンドルに手をかけたので、沙紀がそれを払おうと触ろうとすると逆にびくっと手を引っ込められた。


「とにかく一緒に来ればいいんだよ」


隣の少し背の高い子が意地悪そうな視線を沙紀に向けて言った。集団の一番奥には、あの子がいた。円城寺音巴。最も安全な場所で腕組みして値踏みするようにこっちを見ている。そしてゆっくりと沙紀のほうへ進み出てきた。


「ちょっとつきあってくれるかなあ」


音巴の妙に馴れ馴れしい言い方が沙紀に恐怖を与えた。


「い、いやです」


言ったつもりが、相手に聞き取れないような小さな声だ。


「だからうちの高校のルール。知らないみたいだからさあ。たっぷりと教えてあげようと思ってさ」


音巴が今度は沙紀の腕をしっかりとつかんだ。


「いやっ」


沙紀は必死だった。もうすぐ行けば家だ。沙紀は振り切るように自転車のハンドルを握った。無理やりペダルをこごうとしたところで、何人かにあっけなく引きずりおろされた。


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