7話・連邦の“銀狼“
【東街】
「西側護衛団、ドレット──」
目の前に現れた青髪の男“ドレット“は気だるそうにそう言って、長い刀を取り出し、両手で柄の部分を持つ。
ドレットが着ていた黒色の戦闘スーツは袖や裾の場所に黄色で装飾をされており、胸の辺りに“虎“が猛る姿のマークが描かれていた。
「こちらドレット。新人を庇護下に置きました」
『分かった。後は任せたよ』
「承知しました」
ルアトに通信機で状況を伝えた後、自身の刃先を“ザー“に向け、視線を揺らすことなくしっかりと構えるドレット。
(……な、なんだよこの人……)
ドレットと称した男の周りには木の葉が舞い、風をまるで生まれつき持っているかのように自在に操っている。その姿にシンは唖然としていた。
「あ、ありが────」
「御託はいい、これとこれを使え」
シンがお礼を言おうとした時、その声を遮り、小型の通信機と拳銃の形をした何かを、後ろでたじろぐシンに投げ渡す。
「通信機はポケットにでも入れとけ。僕らの上官から連絡が来る。そしてその指示に従え。あとその“装備品“で奴を狙って撃て。要は僕の援護だ」
「そう、ですか……」
シンは1つ疑念があった。
それは“ザー“を含めた敵機の行動、そしてその姿である。
本来、機械兵などのアンドロイドは目の色によって状態を表す。
“青“は正常に作動、“黄“は動作不良を指し示すものだとシンは分かりきっていた。
(“赤“は非常事態を表す……。つまり単なる故障じゃない。やはり“レジスト化“ってのと関係が……あるってことか)
そんな時、レイゲンが言っていた言葉をシンは思い出した。
『そう、“レジスト化”だよ。あいつらは機械に命があると思い込んでる集団で、意識がプログラムとして生まれた個体を俺らはそう呼んでる。』
(命がある……機械……か)
シンはザーが自分に掛けた“情け“とレイゲンの言葉を重ね合わせる。
もしやこの機体、G100型は人間のように心があるのではないか、と───。
『ガガガガ……起動中……起動……中』
「僕が合図を出したら撃て」
「……はい」
シンは護衛団として撃たねばならない。
だが苦しむ者を守るというシンの信条に、撃たねばならないという現実は相反し、矛盾するのだ。
「……“レジスト化“ですよね、これ」
「……ッ」
ドレットは構えながらもシンの声に動揺している素振りを見せ、言葉を吐いた。
「……どこでその言葉を?」
「レイゲンって人が───」
「伍長…が……?また余計な事をしやがって」
毒づくドレットに対してシンは先程あったことを告白する。
「実はあの機械兵、俺を殺すのをためらってるみたいでした。あたかも“心“があるみたいで──。だから俺にはアイツは撃てな───」
シンの言葉にドレットは振り返らず、言う。
「……心なんて無い、機械には存在しない」
「……ッ。でも…ッ」
ドレットはシンの言葉に振り返る。
「新人。要らん“情“は捨てろ。誰かの助けになりたいと思うのは勝手だが、その“情“に飲み込まれて死んでった仲間は腐るほど見てきた」
その目は真っ直ぐにシンを捉えているが、曇りがかかったように虚ろであった。
「……ッ」
ドレットは前を向き直し、目を閉じて深呼吸を始める。
「……新人、お前は今からならまだ間に合う。」
「……」
「“情“を掛けて戦いから逃げ、お前が目指していた父親のような兵士になるという夢を捨てて、自身が生まれ育った街や国すらも捨てるのか」
「それとも持てる限りの人間の“情“を切り捨てて、組織の歯車として、冷徹な悪鬼となって戦うか」
「お前はいつかどちらかの悪を選ぶ事になる」
「俺は……」
シンはそう言ってドレットより前に歩き出す。
“どちらも選ばないッ!!“
「おい、新人何してる。お前は援護を──」
「俺は逃げることも、情も捨てたりなんてしない」
「何を言ってるんだ新人、お前は───」
「じゃああんたはッ!?」
シンは“ザー“に対して指を差し、ドレットに視線を向ける。
「アイツを見ても何にも思わないんですか!?」
「……ッ」
『ハハハハ……排除……ス……』
ザーは地面に突っ伏したまま、目の色がまだ赤色と青色で点滅を繰り返す。
「……ッ。でも新人お前は機械兵に友を殺されたかもしれないんだぞ。」
「ミレイは殺されてなんかない。絶対に───」
ドレットはシンの眼を見る。
何にも囚われていないその覚悟の眼にドレットは呆然とした。
それもそのはず、自信溢れるその目こそ、ドレットが憧れていた護衛団の人物にそっくりだったのだ。
「……ッ。わかった。お前の好きにしろ、新人」
シンはドレットのその言葉に頷き、ザーに駆け寄っていく。
『タス…テ…ヒ…ト……』
“ザー“は失われてない片手を走り駆け寄るシンに向け、まるで助けを求めているかのようだった。
するとその時、銃声のような重低音が辺りに響き渡る。
シンは生きているザーの元には辿り着くことは出来なかった。
────“政府連邦軍“の襲来によって。
「“オーバー“がガラクタを助けるだァ?片腹痛てェなァ!」
とある銀髪の男が笑いながらそう言った。
その男は右頬に深い傷が刻まれており、黒く硬い防弾装備を身にまとい、右腰と左腰には大きなショットガンのような銃が付いている。
「……さっさと行け、ザコ共」
「了解ッ…」
そしてその銀髪の声を筆頭に数人、メタリックに輝く防弾装備を着ている者らが武器を携帯しザーを取り囲む。
『ガガガガガガギガガガガッ!!!』
「おい、サンプルを取っておけ」
「了解」
ザーの体は燃焼していた。
燃え盛る炎はザー本体のシステムを破壊していく。
そんな燃え盛る体から何かを取る兵士達。
「な、なんだよアイツら…ッ!」
「新人ッ……一旦引くぞッ!」
シンはその一部始終を目視していたが、ドレットを手を引っ張られ、その場から強制的に引き剥がされ、戦線から離脱するのだった。
◆◆◆
「待てッ…!“オーバー“ッ!」
逃げる姿を見ていた一人の一般兵士が気づき自身の大型の銃で逃げるシン達に向けて狙い澄ます。
「──おい。何をしてんだ?ザコ」
だが、その一般兵士の後ろにはポケットに手を入れている銀髪の男が佇んでいた。
「ロ、ロウガ隊長……すみま──」
「俺言ったよなァ、“オーバー“に手を出すなって」
ロウガという銀髪の男は鋭い眼光でその一般兵士を問いただす。
「おい、そのサンプルよこせ。コイツで試す」
「ハッ……」
ロウガは他の兵士に、先程ザーから取れた“サンプル“と言われたICチップのようなものを手渡しさせた。
「おい、ザコ。お前にチャンスをやる」
「は、はい……ッ」
「今から俺と戦って勝てたらこの隊をやるよッ。俺はハンデとして武器は使わねェしなッ……!」
そう言った瞬間、周りの兵士がざわつき始める。
「……なら今死ねェ!“銀狼ロウガ“ッ!!」
そしてその兵士は大きな銃でロウガの頭に銃弾を打ち込んだ。
「……だからザコのままなんだよ」
「ッ…!」
しかしその銃口はロウガによって掴まれており、大きく狙いが外れてしまう。
「近距離での銃は発射してから着弾するまで時間が早い分、狙いをつけるのが不安定になる。その撃つ瞬間の殺気を読み切れば簡単に避けられンだよ」
「そ、そんなバカなッ…!」
ロウガは“サンプル“を自身の防弾装備の腕付近に張り付ける。
「オ〜!スゲェ!こんなとこにチップを読み取り装置があんのかァ!」
「クソガァぁぁァァ!!!」
怒り狂った兵士はナイフを胸から取り出し、突き刺そうとした瞬間、彼の頭に激痛がよぎった────。
「ガッ……!」
“なんて速さだよ“
“俺見えなかったぞ、脚が“
ロウガはこの一瞬で、兵士の頭を蹴り上げていた。
その打撃は力強く、そして疾いのだ。それもそのはず、熟練の他の兵士が見遅れるほどである。
「なるほどッ……機械の性能が人体にも……ヤッベェなぁ!これでクソ強ぇやつ共とも殺り合えるッ……ダハハハハッ!!!!」
“銀狼のロウガ“は日が暮れようとしている街で吠えるように笑い声を上げたのだった─────。