31話・作戦Ω
《住宅街フィールド》──シンside──
『……もう、貴様らに向ける慈悲も容赦も無い!もちろん護衛団“全て”だ!』
人ならざる異形と化したゼフォドラが言い放った言葉は戦場を駆け巡り、対峙するシャド隊に響き渡る。
ゼフォドラの体は分身したキールの包囲を突き破りシャドに向けて突進したのだ。
───しかしシャドはその攻撃を望んでいたかのようにニヤリと口を歪ませる。
シャドの両方の掌からは黒く禍々しいオーラが漂い、彼の特徴的な金色の眼は黒目で覆い尽くされ、顔中が闇で覆われた仮面のような物が実体として現れる。
これこそ彼の進化能力『闇憑』、闇を宿す力である。
「……キール、ザイン。手を出すな」
「……」
「了解」
シャドは部下にそう伝えると、狐のお面を付けたキールは無言で頷き、姿を隠す狙撃手のザインは無線で応える。
するとその刹那、突進していたゼフォドラの横薙ぎ払いがシャドを襲った。
「シャドォォ!!!!お前だけはッ!!!!」
怒号と共にシャドに向けて斬撃が飛ぶ。
そのゼフォドラの姿こそ哀れな鬼神の様な覇気を纏って、涙を流しながら覚悟を決していた。
「”怒り”という感情抱いた時点で俺の勝利は確約される」
シャドはその攻撃を予測してたかの様に両手を広げ、その手に力を込める。すると、そこには闇にまとわれた短剣が生み出されたのだ。
「シャドォォ!!!」
「………」
そして彼は一瞬の隙を見て闇を宿す双剣を、迫る来る猛威へ”バツ”の印を刻む様に異形の骨格に深く叩きつけた。
「……ガハッ……」
ゼフォドラはその斬撃を受けて思わず血反吐を吐き、体制を崩すと、自身の身体にすぐさま異変を感じる。
「……闇ッ…憑ッ…かァ……。貴様ァ……」
異形の身体には彼自身の血とシャドが放った“闇”が混じり合ったものが流れていることに、ゼフォドラは勘づいていた。
「ガァ……あ゛ぁ゛!!」
その身体に混じり合った闇はゼフォドラを蝕み、皮膚の一部が黒ずむ。そんなゼフォドラは一見すると、生物の枯れ果てた姿の様だった。
「……その通り。お前の体には闇が取り憑いた。これで終いだ、ゼフォドラ」
シャドがそうゼフォドラに諭した時にはもう、ゼフォドラの身体は闇に覆われ、鎖で繋がれた様にピクリともせずに動かなくなっていた。
「…………」
「ゼフォドラは打ち倒した。退却────」
シャドはその姿を見ると後ろを向き、部下らに連絡をしようとした時だった───。
「…………」
シャドの背後には消えかかっていた巨大な殺意が突如として火を灯す。
そしてその殺意は単純な力強さへと変貌したのはシャド自身この後に痛感することとなる───。
「………まだ……死ねねぇんだよッ!!」
───ゼフォドラは黒ずんだ自身の顔を空に仰ぎ、大きな声で再び咆哮をあげたのだ。
その咆哮はなんと、今までの咆哮とは違いリース団長の作ったフィールドの大部分を破壊しようとしていた。
「……まだ死んでなかったのか死に損ない、が──」
シャドはその刹那、後ろを振り返る。
しかしシャドは先程のゼフォドラとの違いに驚愕した。
それもそのはず、フィールドが崩落しているではないか、と───。
「……何?」
シャドの目の前には、理性を失いかけている猛威が爪を立て、彼へと強撃を繰り出していた。
その大きな爪はシャドの瞳に映るその時、シャドの視界に衝撃が伴う。
「……た、隊長……何やってるん…!ら…らしくないで」
シャドは副隊長であるキールに横槍を入れられ、キールの武器である手斧で大爪からの強撃から守られていたのだ。
キールの身体はボロボロになり、狐の仮面がひび割れて真っ二つになっている。
「……こ、コイツが叫んだ瞬間、ここにいるやつ皆強い衝撃で吹き飛んでったんや……大将とシンっちゅー新人だけがこの衝撃に耐えて此処に留まっとる───」
「……じゃあ何故お前は此処にいるんだ」
「そりゃ吹き飛ばされた後に全力で向かったに決まってるやろ!!誰が大将の背中守ると思ってんねん!」
キールは自身の傷ついてる腕を押さえつけながら珍しい真面目な表情でシャドに怒号を被せる。
「……」
「何ぼーっとしてんねん!!俺はな、大将の野望に俺は外道にでも成り下がる覚悟はあるんや、アンタ一人でどうにもならん時は────」
するとその時ゼフォドラの足蹴により、キールは強い衝撃を受けて体制を崩す。その一瞬の隙を突いたゼフォドラは自身の爪で突き刺そうとする。
「……ふん。キール、俺に指図するな……」
シャドはその姿を見るや否や、自身に闇を纏わさせ、闇に体を任せるかの様にゼフォドラに上段蹴りを喰らわせる。
ゼフォドラはその上段蹴りを喰らった後、キールへの追撃をやめてシャドへ向けて縦に切り裂く様に爪を振り上げた。
「……隙が大きすぎる───」
シャドはその大ぶりな攻撃に対して、双剣をクロスに構えると同時に剣先に力をたぐり寄せ、闇の刀身を伸ばす。
そして胴に目掛けてバツ印をつける様に高速で双剣を振り上げ、シャドは唇を噛みながら力を入れて切り裂いたのだ。
「……“罰”ッ!!」
「……ガァッ!!」
──だが、ゼフォドラの目はとんでもない根性と彼の熱量により死んでいない。
むしろ振り上げた爪をまだ振り下げようとしているのだ。
「……チッ」
このまま振り上げた爪が思い切り振り下げられたら自分自身だけでなく、満身創痍なキールまで被害が及んでしまう。
シャドは初めて焦りを見せたが、咄嗟の判断で、傷が深く刻まれているバツ印を刻んだ場所に突き刺す様に蹴りを入れる。
「………」
ゼフォドラは何メートルも吹き飛ばされたが、復讐心が灯る表情を変えずに息を切らしながら強い殺意を持ったまま生きている。
シャドはうまく距離を取った後、自身の無線へと声を繋ぐ。
「……シャド隊に告ぐ───」
そして遂に、シャドは今までした事の無い指示を掲げた。
「前線への戦闘、つまりは最後の手段。作戦Ωを実行する」
「キール、ザイン、ステラルは俺と共に前線へ。セナは援護を。逃げたい者は逃げろ。ただ……お前らの力が必要だ」
「……珍しいなぁ、素直な大将久しぶりに見たわぁ」
『伍長ザイン、前線へ向かいます』
『……痛ってェ、了解っす』
『わ、わかりました!!!私の力で、何とかなるなら!』
シャドがそう報じた後、それぞれ隊員からの応答があったのを聞いたシャドは、自身の長髪を後ろで結び、真面目の表情でポケットに手を入れながら身体を闇で潤し、ゼフォドラへ歩き始めた──。