3話・守る者、抗う者
2200年。シンギュラリティ台頭により、人工知能の性能が上がると共に人間の生活の質も向上していった。
しかし、その影響で知的生命体同士での闘争が絶えなくなっていた。
……そう、機械反乱軍の出現によって。
その脅威から人間は逃れるため、すこしづつ進化していった。
人類として、さらに超えた“超人類”として存亡をかけるために───。
◆◇◆
【~山道~】
レイゲンと呼ばれる金髪の青年は、自動で動くバイクに乗り、颯爽と山道を走っていた。
彼は浮かれる気持ちを外に出す事を我慢できず、サングラスを掛けて大声で歌うように声を出す。
「──ふ~!!風を突っ切るのって楽しい~~~!!!」
『……こちら西側護衛団“ルアト”。おいレイゲン。聞こえてるなら応答しろ~』
その時、レイゲンの腕に着けていた通信機器が振動し、とある声が聞こえた。
レイゲンはその声に気付き、楽しそうに答える。
「聞こえてますよ~!ふ~!!対象地は東街ですよね?俺ちょっとだけ副隊長の画面見てたんで大丈夫っすよ~!全力で飛ばしてますから~!」
『あぁ……そう?……いやそれは置いておいて、重要な事を今から言うから。』
「ん?なんですか?今更おごるのナシとかやめて下さいよ~?」
──するとその時レイゲンの目の前に、一体の飛行する大きい翼を持つ人型の機体が見えた。
『多分位置的にレイゲン、キミが居るところを丁度通り過ぎたぐらいだと思う。敵機と思われる機体がリアン部隊長の位置へと向かってる。数は全部で四体。非戦闘者は部隊長の甥っ子で、名前は“シン”って言うらしい。』
「……ふーん。今、大体わかったっす」
「……要は援護ってとこっすか?一応念のために敵機のデータをそっちに転送します」
『ありがとう、助かるよ』
レイゲンは真面目な表情でそう言うと、腕に付けている液晶画面を指で操作し、飛行機体に向けて画面を傾ける。
「映像をそちらに送りました。どうすか?」
『ん?“F500”型……?』
「なんかあったんすか?」
ルアトは少し黙った後、声に出す。
『……いや、後で事情は話す。先に向かってくれ』
「……うーっす」
レイゲンは自身の糸のような細い目で上空を眺め、全自動バイクで地を駆けた。
◆◇◆
【東街】
一方、シンとリアンは一体撃破し、怪我の治療を行っていた。
「クソ痛ってぇな……ったく、あの機械は何でこうも暴走しちまってるんだ?」
「叔父さん、これは“暴走”じゃないと思うんだ」
「……は?まだ言って──」
「叔父さん。本当はなんか知ってるんだろ?機械達の“暴走”について、とか」
シンは真っすぐリアンに目線を向けてはっきりと声を出した。
だが、リアンはバツが悪そうな顔をしていた。
「…………悪いな、今は俺の口からは言えない」
「……」
リアンはそう言って視線をずらし、タバコを咥えて火を付ける。
火はタバコの先端に付き、小さく燃え上がる。
「ふ~。そんな事より、仕事後の一服はたまんねぇな……」
「っておい叔父さん、勤務中になんつうもん……は?」
『グ……ギギギ……』
───二人が安堵したのつかの間、リアンの背後から“四体”の飛行型の機械兵が現れたのだ。
機械兵は目が赤く光っており、機械の部品が擦れるような音が辺りに響き渡る。
『対象……発見……ハハハ排除……グギギギ』
「まただ……目の赤い機体。さっきのと同じだ……しかも、同時に四体ッ……!?」
「ったくまたか……シン、俺から離れるんじゃねぇぞ」
シンは絶句した。
あんなに苦労した機体が四体、自分らに対して敵意をもってここに現れたのだから──。
「ク……ソ……」
シンは今、自分に対して強く嫌悪感を抱いた。
一刻もこの場から早く逃れたい、生きたいと願ってしまった自分自身に対して──。
持ち前の“知識”や“身体能力”で、街や国を、父親のように守りたいと誓ったはずなのに。
一時の恐怖によって、夢から醒めてしまったのだ。
“死にたくない”と。
「シンッ!どこ見てんだッ!迫ってくるぞッ!」
シンはリアンの怒号に反応し、意識を目の前に移す──。
だが、その時にはもう遅かった。
「ッ!?」
『グ……ギギギ』
目の間には大きな翼が広がり、その翼は一瞬にして自分の体を軽々と放り投げる。
シンの体は宙を舞い、身体中の力が抜ける。
(……速すぎるッ!!)
そして次の瞬間、別の機体が宙を舞うその体を片手で掴み、思いきり床に叩きつけたのだ。
体は悲鳴を上げるかのように、痛みが骨に重くのしかかる。
「あぁぁぁッ…!」
痛みは限界まで達し、その痛みだけで意識を失いそうになるくらいだった。
『ググググギギギギギギ』
「ッ!!」
──だが、そんなことは機械兵にとって知ったことではない。
ただ、殺戮を行う兵器なのだ。ヒトとは違う。
「は、離れ……ろッ!!」
『グググギグ……』
機械兵の一体は倒れ込むシンの上に乗り、鋭い刃をシンの首に向けて突き立てくるが、シンはそれに必死に抵抗する。機械兵の腕を手で掴み、丁度首に刃が通らないように必死に抑える。
──だが相手は機械でこちらは人間。そう、限界があるのだ。
「うぐッ……!!」
『ハハハ排除……ス……ルルルルッ!!!【アップグレード】』
機械兵から機械音が鳴り出す。
その音の直後、今までの力より更に増強され、簡単に抵抗できるものではなくなっていった。
(ち……力が強まったッ!?なんだコイツ……まだ全力を出してなかったのか!?)
『ワ……レワ……レ……機械反乱軍ハ……人間ニハ屈シナイ』
「は……?」
シンはその言葉を聞いて驚いた。
機械が自らの意志で組織を作っている事に───。
(レジスタンス……!?コイツらやっぱり──)
『シ……シ……シネ』
その次の瞬間シンは自分の心臓に振動を感じ取った。
──死に近しい衝動、温度が高まっていく。
そして、シンは瞼を閉じようとしていた。
「リアン部隊長~!雷神の登場ですよ───ッ。」
だが、死の瀬戸際に謎の声がシンの耳に入る。
その声はリアンでもない、誰か知らない声だった。
『ギギギギ……ッ!』
その瞬間、シンに跨っていた機械兵が何かに痺れたように震え、その直後には機械兵の体が瓦礫の山へと吹っ飛んでいった。
(なんだ……?今のは……)
───シンが目にしたのは異様な光景だった。
金髪のただの人が蹴りを機械兵の頭に叩き込んだだけで、あたかも兵器で撃ち込んだような力で吹き飛ばされていたのだから。
「……あ、あなたは……?」
「ん?キミが、あのシン君?」
驚きながらも、その金髪の男の問いに頷いて答えるシン。
それに対して、金髪の男は満面の笑みで声を発した。
「おぉ~!!俺にもやっと後輩ができたんだぁ~!おっほん!俺は“西側護衛団”リアン部隊所属ッ!キミの指導役のレイゲンだ!これからよろしくな!!!」
“レイゲン”は金髪で、耳にピアスのような装飾を身にまとい、背中には二つの鉄の棒を抱えている少しばかり変わった青年だった。
「…そ、そんなことより、叔父さ───」
『レイゲン!!いつまで話してんだ!!後ろから敵機接近してるぞ!!』
通信により、ルアトの声がレイゲンの耳に入ると、それにレイゲンは答えた。
「分かってます───」
その瞬間、シンの背後に殺気に似た気配を感じた。
獲物を屠る猛獣の様な本能を、溢れんばかりの闘争心を──。
(ッ!マズイ…ッ!殺られるッ!)
しかし、その攻撃はシンには当たらなかったのだ。
「──っと!」
『ググギ!!!』
意表を付いてきた機械兵はレイゲンの回し蹴りで顔面を強打し、数メートルへ吹っ飛んでいっていた。
機械兵は吹っ飛ばされるものの、態勢を取り直すと、こちらへ全力で向かってくる。
『ガガガガガガ』
だがしかし、心なしかその機械兵は電流が流れたかのように痙攣したようにシンには見えていた。
「……よいしょ!!」
『グガガガガ……ガ』
レイゲンは背中に背負いこんでいた鉄の棒を振るい、機械兵の顔面を殴打する。
機械兵の頭は損傷し、その場で動かなくなるのだった。
「ひぃ~。話には聞いてたけど頑丈すぎでしょ~。俺の一蹴りで墜ちないなんて。こりゃ“レジスト化”も都市部まで進行するのも時間の問題か~」
「“レジスト化”……?」
シンは目を見開き、声を漏らした。
「そう、“レジスト化”だよ。あいつらは機械に命があると思い込んでる集団で、意識がプログラムとして生まれた個体を俺らはそう呼んでる。ってかさ、組織までつくっちゃってるって話だよ?東側護衛団なんて、今誰一人応答しないみたいよ?もう崩壊段階まで来たんじゃないかって噂が……ってあれ?どうしたのシン君。具合でも悪いの?」
シンは声が出なかった。
(誰もって……もしかしてアイツも……ってことか……?)
シンは幼馴染であり、東側護衛団に入団するミレイの身をずっと案じていた。
そのミレイの為にシンは“お守り”としてあるものが入っている小包を現在ミレイが住む“東街”へ届けようとしていたのだ。
シンはその“お守り”が包まれている小包を片手に握りしめながら、レイゲンに話を聞き返す。
「……それって本当の話ですか?」
「うちの上層部が言ってたんだよ。いやね?めんどくさ~ってただの愚痴だから気にしないで?」
(ミレイが危ない……ッ!)
「レイゲンさん、叔父さんをお願いしますッ!!」
「ちょッ!シン君!?急に走ってどこに──」
シンは気が付くと、足が勝手に動いていた。
何処へ向かうのかも分からずに───。
『──レイゲン!!なんでシンを置いてくんだよ!』
すると丁度、副隊長であるルアトからレイゲン宛に連絡が来る。
「……すいません、ルアト副隊長。俺どうしたらいいすか?」
『あぁもうキミは部隊長の援護へ向かってくれ!多分二人を相手してると思うから、そのかわり!今日のご飯奢る話はナシね!』
「そ、そんなぁ……わ、分かりました」
『シンに関しては俺に任せていいから。援護を頼むね。んじゃ』
「……う~っす」
レイゲンは申し訳なさそうにそう言って通信を切り、項垂れながら声を漏らした。
「寿司……食ってみたかったなぁ……」