29話・借りを返しただけ
『……もう、貴様らに向ける慈悲も容赦も無い!もちろん護衛団“全て”だ!』
強烈な闘気をシャドに向けて叩きつけるかのように咆哮するゼフォドラ。
その声は各地で戦いを繰り広げる兵士達にまで耳に入るほど、轟音であったのだ。
◆◆◆
《住宅街フィールド郊外》─メリカside─
そしてそれと同時刻、メリカは判断を迫られていた。
それは至って単純明快、“見逃す”か“止める”かの二択であった。
「“二つの柱”の実力の見せ場ですな」
サングラスをかけた大男、ガンギルドはその大きな腕を組み目前の戦いを達観してそう言った。
「彼は……先ほどから言ってますの」
メリカは二択を選ぼうと口をゆっくりと開き、副隊長に向けて言葉を繋いだ。
「私の友人なんですわッ───」
「……」
「止めてあげて欲しいんですの──」
彼女はガンギルドの眼を見てハッキリとそう言って自身の唇を噛む。
「…彼が何したって言うんですの…?何にもしてないのにこれは理不尽……ですわ……」
メリカは傷つく悪龍の姿を見て、そう言って目に涙を溜める。
悪龍は体に亀裂が入り血がそこから流れ、ウロコが銃弾によって破壊されていた。
その彼の表情はその痛みと“何かへの”恨みによってぐちゃぐちゃになっている。
それを語るメリカに向けてガンギルドは小さく呟いたのだ。
「……これが戦争が産む憎悪です」
「……え?」
ガンギルドは戦いを続けるスライドに目線をずらして話を続ける。
「──元々スライド隊は、ゼフォドラという人物が反乱を起こした時に殺された隊員の“遺族”で形成されてるんです」
語り始めたガンギルドは何処か寂しそうにメリカに向けて言葉を紡ぐ。
「特にスライド隊長は六傑であった兄がおりました。……結果的にゼフォドラの元部下によって寝込みを襲われて亡くなられたそうです」
「──そこから彼は反乱を行う者や道理から外れる者を嫌い、あのような思考を持っておられるのです」
ガンギルドは改めてメリカに向けて冷静にとあることを伝えたのだ。
「貴女の仰る通り、この世界は不条理で理不尽です。ですがそれはどこの時代、誰でも言えること。この時代において誰にも避けられない道なのです」
その言葉にメリカは怒りのような感情が芽生え、それが声となって淡々と吐きだされる。
「──たった一人に対して暴虐を行うのは道理から外れていないんですわね」
「……」
その言葉に何も返す事が出来ないガンギルド。口をつむぐ彼の姿を見たメリカは続けざまに強い決意を持って言い放ったのだ。
「……お願いですわ。止めるよう説得して下さい」
メリカの頬には涙が伝っていたが、表情には信念が込められていたのをガンギルドは感じとった。
「……恐らくその必要はありません。今の我々は命令を受けた別働隊でもなんでもなく”独断の行動”をしていますので、副団長からのお叱りを受けるでしょうから」
「……どういうことかしら?」
メリカがそう言って首を傾げると、丁度その時にガンギルドの方から通信音が鳴り始めたのだ───。
◆◆◆
《住宅街フィールド郊外》─ドラークside─
『──スライド隊長。君は護衛団本部の周辺に配備したはずだが、どうして郊外にいる』
スライドが伍長であるランドロ、アバテロを引き連れて悪龍に対して戦闘を仕掛けようとしたその時に低くしゃがれた声がスライド隊に響き渡る。
「……反乱を抑えるために緊急出動したまでですよ、そんなに怒らないで下さい──」
スライドは攻撃の手を一旦止め、その声ににこやかな表情で返す。だが、その声の主は変わらずに淡々とした声色で語りはじめる。
『──謹慎だ。二週間の間スライド隊を謹慎対象とし、一切の任務を許可しない。……お前がやっているのは正義ではない。ただの───“暴力”だ』
その声にスライドはピクリと眉間が動く。
「……そうですか。分かりました。帰るよ、君達」
その答えは意外なものだった。
スライドは承諾して部下に命令を下したのだ。
「了解しました、スライド隊長の命令ならばついて行きますとも」
「我らスライド隊は今から帰還しますぞ〜!ハッハッハ!!」
「ガタガタうるせぇクソピエロッ!さっさとやれ!!」
アバテロはイラつきながらランドロに命令口調でそう言った。
「さぁ、帰りますよ!我々の故郷即ち“楽園”へ!!開けゴマ!すりゴマ!!へそゴマァ!」
突然ランドロが急に両手を広げはじめると、そこに大きなゲートが現れると同時にそれが開かれる。そしてそこには別世界のようなキラキラ輝く草原が広がっていたのだ──。
「……」
顔を俯かせ、悪龍の下を去ろうとするスライド。その目は優しさなど微塵も感じさせないほど燃えたぎっていた──。
◆◆◆
──縄を解かれ、悪龍へ駆け寄るメリカ。
その悪龍は体がボロボロになり、倒れ込んでいた。
目に涙を溜めて、痛みに耐えながら苦しんでいる。
そんな悪龍は憎悪を心に宿し、立ち去ろうとするスライド隊に一撃を喰らわそうと立ち上がろうと奮起。だがメリカは自身の能力で悪龍を地面に繋ぎ止める。
「───ダメですわ」
『ガァァァァ…ッ!』
手の鋭利な爪を剥き出しにし、メリカに向けて一撃を喰らわそうとする悪龍。
だが、メリカはそれに怖気づいたりもせずに悪龍の濁った目を見つめていた。
「貴方にどんな過去があるのか、私には分かりませんし、貴方のことなんて推しの事をバカにされた身ですから寧ろ嫌いな方なんです」
『……』
悪龍は鋭利な爪をメリカに向けるのをやめ、体を休めるようにそのまま突っ伏したまま動かなくなる。
「でも───」
メリカの声は芯があった。
強く固い切っても切れない、姉とのとある約束が芯を強くしたのだ。
「──仮にも命を助けてもらった人が、理不尽に私の目の前で殺されるなんてまっぴらごめんですわ」
「──だからアタシはアンタに借りを返しただけだから変な気起こしたりすんなよ」
メリカは目を逸らしながら悪龍に聞こえないくらいの声でひっそりと呟いた。
「──ってあれ?ドラークさん?」
メリカは気づくと地面に突っ伏したまま動かなくなる悪龍に向けてそう言って顔を伺う。
するとその顔は怒りと安心が中和したような表情で疲れ果てて眠りについていただけだった。
そして次の瞬間、足音が聞こえてきたのだ。
だがその足音は敵意を発するものではなく、どうやら救援のようだ。
「よう、新人達。いちゃついてるとこ悪いんだが、お前らを助けに来た。つーか、ルアトに行けって言われたからなんだけどよ」
そこには意外な人物“リアン”が立っていたのだ。
リアンは大量の機械兵と戦闘を他の隊長達と行なっていたが、副団長の命令により一度離脱してメリカ達を救出に来たというのだ。
その話をリアンがした直後、メリカは喜びを隠せない表情で口を開いた。
「リ、リアン隊長ッ〜!?⭐︎ほ、本物ですわ!なんでこんな所にいるんですか?⭐︎」
「あれ?……さっきその話しなかったか?」
こうしてリアンは倒れていた悪龍を嫌悪することなく保護し、メリカを連れてルアトがいるリアン隊の部屋まで向かったのだった──。