22話・作戦α
《住宅街フィールド》──シンside──
「───死んでくれ」
反乱軍を率いる”ゼフォドラ”は、ギザギザと鋭利な刃先を持つ短刀を取り出すと、憎悪の表情でシンに突進する。
(雰囲気が変わった……ッ!?)
その動きは短刀を取り出す前のイノシシの様な突進ではなく、まるで蝶が舞うかのように綺麗に直線を描きながらシンに向け刃先を振り払うのだった。
(ちがう……ッ!雰囲気どころじゃない、戦い方ごと変わってるんだ!)
ゼフォドラは短刀を右手に逆手で持ちながら、シンが両手で持つ木刀に対して全体重を乗せ、鍔迫り合いで押し切ろうとする。
その時、ゼフォドラは憎悪にまみれた眼でシンに問いかけてくるのだった。
「……こんな状態でも、“守りたい”とでも言うのか?」
妙に彼の言葉は冷静で、焦りや怒りの感情は読み取れない。だがしかし、力は一層強まっていく。
もちろんシンの力では事足りる訳がなく、後ろへズルズルと押し戻されている。
「……もちろん。大事な人達を───」
シンは言葉を発しようとした時だった。
ゼフォドラは左手から拳銃らしき物を取り出し、シンに照準を合わせる───。
「アホかぁ?守られるべきはお前だったんだよ」
三白眼の鋭い眼をしているゼフォドラは笑いながら八重歯を見せてそう言った。
(嘘だろ……俺は正面突破されると思って飛び道具を一切警戒してなかった……それが俺の敗因。いや、俺はこのままだと死ぬ……何かいい手は───)
だが、そんな暇など無い。
ゼフォドラが引き金を引くのは一瞬だった。
鉛玉が放たれる乾いた音がシンの耳に入り、その直後に彼の右肩の痛覚を刺激した。
鋭い痛みは気を失うほど体を震わせ、木刀を握る力が抜けていく。
「……ッ!?」
ゼフォドラはシンの力が無くなったのを悟ると、思い切り腹部目掛けて蹴りを一発撃ち込んだのだ。
「……」
だが、シンは体を震わせながら笑っていた。
腹を蹴られ、吹き飛んだはずの体を自らの意志で立ち上がらせて、涙を頬に伝わせながら──。
”……私は“あなた”をこれ以上育てられないッ”
シンの脳裏に母親らしき姿が後ろを向きながら自分から去っていく。
(母さん、どこ行くんだよ。なぁ、政府のヤツとも親父は仲良くなったんだよ?これから先は母さんに──)
“お父さんは“悪魔”、あなたもそうに決まってる”
母親はこちらに振り返り、俺に向けて軽蔑の眼差しでそう言った。
「俺も、親父も“悪魔”なんかじゃねぇよ……」
シンは涙を伝わせ、そう呟いた。
「……泣きべそ掻く前に地獄に送ってやる、これも全てアラギのせいだ、可哀想にな───」
ゼフォドラは同情するかの様に、涙を伝わせるシンに向けて銃を向けて引き金に指を掛ける──その時だった。
「ガハッ…!?誰だ。これは透明化の“進化能力”か?」
ゼフォドラは見えない何かに斬りかれたかの様に叫ぶと、それと同時に武器として使用していた拳銃を落とす。
『ひゃっほー!当たりだ!!練習した甲斐があったッ!』
すると突如、ゼフォドラ近くで若い男の声が聞こえてきたのだ。ゼフォドラはその声を聞き取ると反射的に楽しげに呟いた──。
「“シャド隊”、か。楽しませる邪魔者が増えてきたな」
彼はそう呟くと自身の鋭利な短刀を“声の場所”へと投げつける。その短刀はそのまま壁に突き刺さり、小さな爆発が起こったのだ。
『……あっぶねぇ、声出しちまった途端、ナイフ投げつけるとか怖いよ隊長〜!異常者だよ〜!ヨイショ!』
声の主はその瞬間、煙玉を投げたのか辺りが白い煙で覆われ、その間にその元気な声すら聞こえなくなった──。
「ふん、“シャド”!!お前らも出動するなんて相当上層部も焦っているみたいだなぁ?」
ゼフォドラは消えかかる白い煙の向こうを見ながらそう言って挑発を仕掛ける。
するとシンの真後ろから、今まで聞いたことのない感情を失った様な薄暗い声が聞こえてきたのだ。
『──お久しぶりです、ゼフォドラさん、今日は親友の“アラギ団長”は、いらっしゃらないんですね』
“シャド”と呼ばれた黒髪で長髪の男は西側護衛団の戦闘服のポケットに手を突っ込み、自らの金色の眼をゼフォドラに視線を向けて無表情で皮肉を言い放つ。
シャドのすぐ後ろには部下らしき三人の男女が立ったまま、シンに目線を動かしながら何か話している様だった。
ゼフォドラはそんなシャドに対して言葉を返そうとする。
「シャド、お前は何年経ってもその腐った性根は変わらなさそうだな。不意打ちを部下にやらせてまで──」
「いえ、不意打ちではありません、これは実戦練習です」
シャドは煽るかの様に無表情でそう返答する。
その煽りに、先ほどゼフォドラを襲った若い声がヤジを入れるように身を乗り出して声を出す。
「あ〜!俺です俺俺!!二等兵士“ステラル”です!すごいやばくなかったっすか!?俺ッ!」
ステラルと呼ばれた茶髪の若者は心底嬉しそうにゼフォドラに手を振りながらそう叫んだ。
だが、それを止めようと他の隊員がステラルを羽交締めにして声を漏らす。
「うわッ!!“キール副隊長”かいじめてくる!隊長ッ」
「まぁまぁ、ホンマ厄介者やわッ!落ち着けて!隊長ッ、続けてええでッ。コイツしばいときますわ。“セナ”ちゃん、縄とかある?」
口調が変わっていて、薄目で黒髪に黄色が少し入っている男“キール”は背中に二つの斧を背負い、首には“狐”のお面をぶら下げている。そんなキールはステラルを羽交締めにしながら“セナ”と呼ばれた色黒の白髪女性に声を掛けた。
「う……えぇ縄ですか?そ、そんなのないですよぉ〜」
セナは必死に顔の前で手を振りながら否定するが、何かを探そうと模索する。
──だが、その騒がしさもシャドの一声によって静かさを取り戻すのだった。
「……作戦α決行だ。キールは俺と標的へ、行動パターンは“狐”。ステラルは戦場を掻き乱せ。セナは“ザイン”の援護をしろ」
「了解しました」
「分かりました」
「はい」
シャドの声が隊員の耳を通った瞬間、隊員達は動きを止め、指示の通りすぐさま動き出したのだ。
その直後、シャドはこの場に居なかった隊員、“ザイン”にも通信機を通して声を掛ける。
「お前はこの前話した通り“シン”を見張れ」
『───承知』
この瞬間、シャド隊とゼフォドラが追突するのだった。