20話・唯我独尊
《住宅街フィールド》
『ギガガ……承知した。では私から行くぞ。“強力形態”へ移行する』
オーガはそう言うと、その体はまさに名の通り細々とした身体から、鬼のような強靭な体へと変形していくと、持っていた槍も大きな棍棒のような型へと姿を変える。
そして頭角は更に大きく、おとぎ話に出てくるような鬼の象徴ともとれる姿へ変容したのだ──。
その姿を目の当たりにしたメリカはドラークへ睨みつけながら少し苛ついた態度で声を発した。
「……本当に、変な意地張って戦わないつもり?」
「俺は”戦わない”とは言ってないだろ、進化能力を使わずに勝つ」
「……あっそ、どうでもいいわ」
メリカは興味なさげにそう呟くと、巨大に腫れ上がったオーガを好戦的な目線を向けて笑い始める。
「……なら私一人で相手───」
『──うるせぇッ!』
だが、メリカの体は言葉を発し切る前に空に舞っていた。
そしてそれと同時に、彼女の腹部に酷い痛みが襲い掛かると目の前にはまさに、”赤鬼”という大昔の怪異がいるではないか。
──メリカは恐怖する。
今まで戦っていたのはあくまで人間であったからだ。
在籍していた“マリアーヌ学園”では一切負けた事が無かった彼女は、自分の力を過信して護衛団の兵士へと志願する。
そしてゼフォドラ率いる戦闘集団が投入されてからメリカ自身はワクワクが止まらなくなったのは事実だが、そんな余裕もこのオーガによって断ち切られることとなる。
「……ッ」
吹き飛ばされたメリカは地面に叩きつけられる前に受身を取るように着地し、口に付いてしまった血を手の甲で洗う。
派手なメリカの服は泥が付き、少し血が付着してしまっていた。
「……汚れてしまったわ……アンタは絶対ゆるさねぇ」
メリカは少し怒りをあらわにするその口調は、お嬢様、 というよりも不良に近しい口調をしていた──。
◆◆◆
《メリカ実家─メリカ中学生時代─》
メリカが“マリアーヌ学園”という高貴なる学園に足を踏み入れた理由、それは彼女の姉に影響されたものだった。
メリカの姉はずっと護衛団のアラギという人物に憧れを持ち、護衛団になる事を夢に生きていた。
『メリカ……私。病気になっちゃった』
だが、メリカの姉は一生その夢を追いかける事は出来なくなったのだ。
足が動かず、座ったままの生活をする姉がメリカは嫌いだった。
『……私、メリカにお願いがあるの。こんなこと姉として情けないんだけど。わがままなんだけどね。あなたがマリアーヌ学園を目指して、そして護衛団の一員になった姿を……見せてほしい、なんて──』
偉そうにする姉が嫌いだった。
夢ばかり語る姉が、いつも笑う姉が大嫌いだった。
笑えばなんでもいいと思ってる姉が──。
「はぁ?……姉はいいよね、いつも笑ってて楽しいの?私は辛いんだよ。なんで姉なんでそんなに笑ってるわけ?意味わかんない……」
『そういうわけじゃ…ッ』
「どうせ姉も私のこと不良なだらしない妹とか思って見下してんでしょ、分かってるから──」
それから彼女は一年も経たずして、独りになった。
そしてマリアーヌ学園へ、張り付いた笑顔と取り繕ったおしとやかさを身につけた幸せを探す少女が入学することとなるのである──。
◆◆◆
「これは姉が最後に作ってくれた──」
メリカは自身の派手な服を自分の手で触り、そう言った。
そして彼女は両手を合わせ何かを始める。
だが、オーガはこちらへ鬼の形相でゆっくり近づき、自慢の棍棒を振り下ろそうとしている──。
「──“吹き飛んで”ッ!!」
メリカはその時、自身の手を大きく広げてオーガに向けて言い放つ。
すると彼女の手から紫色の光が漏れ出すとそれがオーガへと収束していくのだ。
彼女の進化能力こそ、“超念力”という物体を捻じ曲げることもできるとんでもないものであった。
だがメリカはその時、とある異変に気づく──。
『あぁ……!?何したんだぁ?今ァ……?』
「……効かない?まさか──」
そう、彼女の進化能力はある程度“重さ”があると発揮する事が出来ない。
そのオーガは体は更に肥大化し、化け物と評しても申し分ない大きさに変貌していたのだ。
『クソガキの分際で良く考えたなァ……でも“人工知能”には勝てねぇんだよォ……あのもう一人のクソガキは逃げやがったからなァ……ッ。お前は独りだッ!』
メリカは涙が溢れて止まらなかった。
それは死への恐怖ではなく、自分の立場が“孤独”だと思い知らされ、体が打ち砕けるような絶望感であった。
「……ち、ちがう」
するとその時、オーガがこちらに赤い目を光らせると分析をし始めているのだ。
『……分析。進化能力種【特異種】“超念力”。マリアーヌ学園トップの実力者であるが、家柄は悪く中学生の頃は不良学生として暴れ回る。その姿に呆れた父親と母親は姉を連れて──』
「や、やめて……」
メリカの両親は教育を放棄したのだ。
不良学生であったメリカを家に置いて──。
でもメリカはずっと待っている。
いい子のフリをしてでも家族を今でも待っているのだ。
『健気だなぁ、でも悲しいねぇ……政府に殺されてるわ。父さんと母さんは。可哀想に』
オーガの声は無機質に事実だけを告げた。
殺した名は政府連邦軍の“ファルガン”という成金の男だと、オーガは更に続ける。
「あ、あぁ……」
だがメリカはそんなことより、その事実が心を揺さぶり壊していく──。
『雌犬がァ、お前もそっち側に連れて──』
オーガは頭を抱えて狼狽するメリカに目掛けて自身の大きな棍棒らしきものを振り上げ、叩き割ろうと力を入れる。
彼女は目の前に広がる鬼の強撃行う姿を自身の眼でしっかり見た後、その眼から涙が頬まで流れるとそれがぽつりと地面に落ちる。
「──それがお前の“素”か?」
「……え?」
──しかしそんな危機の中、とある声が聞こえてくる。
「あぁ、そういえばキッショいオニさん、雌犬呼ばわりは今の世の中まずいんじゃねぇの?」
メリカはその声の主の方へ目線を動かすと、そこには目の下に隈がある男が大きな“ライフル”を持ち、オーガへ向けていたのだった。
その男の口調はふざけているようだったが、目はまるで“撃つ”という殺気が溢れ出ていた──。