2話・超人類
【─東街─】
東街は炎上し、地獄と化していた。
さっきまで聞こえていた怒号や悲鳴の類はもう、シンの耳には入ってこない。
その地獄の中、リアンの救出により命を取り留めたシンは声を吐く。
「……叔父さん。どうなってるんだ?これ」
「ん?この状況のことか?大量に不具合起こしたからじゃないか?」
「いや、絶対に違う」
シンは即座に否定する。
そんな彼の対応にリアンは聞き返した。
「“絶対”だと?なんでそんな風に思える?」
「分かんない。俺の勘」
「……んだよ分からねぇのかよ」
そう言ってリアンは吸っていた紙タバコを吸い終わると、自分のポッケから出した袋に吸殻を入れる。
「でも、なんとなくは分かる。あいつらの言動と行動。明らかにおかしかった気がする」
「ん~?なんだ、お前の推理を聞かせてみろ」
リアンは子供の話を聞くような態度で、そう言った。
「アイツらは東街の“護衛団”の為に製造された旧型モデル“G500”型、叔父さんも知ってるだろ?その機体が故障して暴走する事例はあった。でも、アイツら全員『排除する』って言ってたんだ」
シンは真面目な顔でそう言った。
だが、対するリアンは笑いながら反論するのだった。
「いいや、嘘つくなシン。そんな言動システム上存在しない。俺達人間に少しでも“柔和と安心”を与えるために過激な言葉をシステムに組み込むことは禁止されてるはずだぞ?……ったく中途半端に脳みそと筋肉を鍛えたせいで変なもん見えてるんじゃねぇか?」
シンはその言葉を聞き、少し考えるそぶりをする。
そしてその思考を飛び越え、声がもう出ていた。
「いや、でも俺は見たんだ!小さな女の子の頭を割ろうとしてたし、現に俺だって──」
「あー喚くなめんどくせぇ……分かった、後で聞く。つかお前明日“入団式”来るんだろ?」
「え、は?……なんで知ってるんだよ、叔父さん……」
そう、シンは明日“ある組織”に入団しようとしていた。
名前は『護衛団』。
“平和”と“調和”という思想のために武器を掲げる“政府とは違う”集団である。
そんな護衛団にはいくつかの派閥が存在する───。
東地方を占める、人工知能に親和的な心優しき“東側護衛団”。
西地方を占める、軍事施設や人員に恵まれる“西側護衛団”。
南地方を占める、強者達が集う反人工知能派の“南側護衛団”。
北地方を占める、沈黙を貫き通す、謎の派閥“北側護衛団”。
──そして、その派閥を束ねる最大派閥“中央護衛団”の五つが。
「単細胞のお前の事なんて誰でも分かるぞ?……なんでそもそもこんなとこにお前居るんだよ。西側出身のお前が東側に行く理由なんてねぇだ……あっ、お前彼女の“ミレイ”に会うためか!?いやー!熱いなッ!!」
「か、彼女!?ち、ちげーよ。叔父さん、勘違いしてるみたいだけど、ミレイとは幼馴染なだけだからな。あと、ミレイが所属してる東側護衛団に用があっただけだからな」
「用……ねぇ。ケッ、若いっていいねぇ、俺にも分けてくれよ。」
シンはその言葉に慌てて訂正する。
その初々しさにリアンは思わず笑いながら声を漏らし、紙タバコに火を付ける。
「話し戻すけどよ、お前はやっぱり昔から言ってた“西側護衛団”に入団すんだな」
「あぁ、俺も親父みたいな立派な護衛団になるのが夢だったからね」
「……“親父”みたい、か。よくもまぁ“アレ”を尊敬できるなお前」
リアンはそう言って下に目線を移し、ポケットに両手を突っ込む。
「もちろん。俺が此処にいる理由だから。そういえば叔父さんもあの人に憧れてここに──」
「……兄貴の話はもうやめ───」
その瞬間、リアンの腕についている機械から振動音が流れる。
彼は左手をポケットから取り出し、その腕についている機械の液晶画面を見た。
「……ルアトから着信?」
「叔父さん、どうした?」
「シン、ちょっと電話するから黙ってろ」
リアンは不思議に思い、その着信画面に触れる。
その直後、大きな声でルアトが叫んでいた──。
『──リアン部隊長!!貴方の位置が何者かに追跡されてます!』
「うるせぇな、ルアト。何があった?」
『具体的に誰かまでは分かりませんッ。ですが、物凄い速さでそっちに向かってます!』
「はぁ…?お前俺にドッキリなんて仕掛けても───」
『……排除……』
──次の瞬間、リアンの頭を目掛け、飛行する人型の機械が刃を振り下ろしていた。
その飛行する機械は大きな翼を持っており、刃を手に装着して機械音を鳴らしながら威嚇する。
『グ……ギギギギ……』
(大きな翼を持つ飛行型アンドロイド!?型番は……“F500”型……!?また旧型だ……。いや、おかしい。飛行型は空の領域を見張るアンドロイドで、こんな大翼やブレードなんて持ち合わせる訳がッ──)
「──俺の頭を狙うのか、いい度胸じゃねぇか」
『グギギギ……ハハハ排除……スル』
だが、その刃はリアンには届くことなく、右手だけで抑えていた。
「叔父さんッ……!大丈夫なのかよッ!今俺がッ!助け──」
「シン……お前……バカだなッ……」
シンは驚愕していた。
“生身の人間”が鉄の刃を掴んでいるのだ。
なのに何故か、右手から血が溢れ出てこない。
「お前は“機械”の知識はあるくせして、“ヒト”の勉強をやってねーんだなッ!!!」
───むしろ、リアンはその鉄の刃を破壊してしまっていた。
『グギギギ……ッ!!!』
飛行型のアンドロイドは壊されたブレードを反対側の手で抑え、唸る。
「シン、覚えとけ。機械がグレードアップするように、人間も年月が経つにすれ“進化”が起こる。」
「進化……」
「今までの人を超える“超人類”として──な?」
“超人類”
それは長らく期待されていた人間の進化だった。
進化の多くは環境の変化によるものであるが、人間もそれによるものであった。
シンギュラリティの台頭により、人間は衰退し新たな生命体が誕生するはずだったが、
2200年。人間は生物としての存亡をかけ、今までの人を超えるものへと変化していく。
『グギギギ……排除……』
「まだ俺とやんのかよ……めんどくせぇな」
飛行型はその瞬間、大きな翼を活かしてリアンに向かって翼で殴りかかってくる。
その速さは尋常ではなく、まるで餌にありつこうとする猛獣のように殺意が籠っていた。
『グ……ギギギ……』
「…ちッ、クソッ!」
大きな翼はリアンを吹き飛ばし、瓦礫の上に彼は乗り上げてしまう。
「ぐッ……マジかよッ」
『グギギギギギギギギギ!!!』
そんなリアンに、ついばむ鳥のように飛行型アンドロイドはその上に跨る──。
(叔父さんが危ない……ちくしょう……ッ。なんか作戦は……)
シンは助けようと思考する前に片足がふわりと動いていた。
(あれ……俺……ッ)
恐怖心よりも、遥かに上回った“助けたい”という感情が高まっていたのだ。
そして、シンの声が大きく放たれた時、飛行型はこちらに対し、警告音を発した。
「……おいッ!!」
『標的対象推移。“シン”を攻撃対象へと移行する……グギギギギ……』
飛行型はこちらを向き、赤く光る眼でこちらを視認し、折れたブレードをこちらに向けてジリジリとにじり寄る。
「……こ、こいよ、俺が相手してやる」
シンはそう言ったが怖くないわけじゃなかった。
汗は掻き、口の中がカラカラに乾いている。
『───解析中───“シン”。未進化個体。危険度ハ限リナク低イ』
(まただ……コイツ解析機能付いてる訳ないはずなのに……)
『グググッギギッギギ!!!』
「……え?」
その時、飛行型は背後にいたリアンに背中を右手で貫かれていた。
貫かれた飛行型は機械を鳴らしながら、背後にいるリアンに解析を掛ける。
『カカカ……解析……中……“リアン”……西側護衛団部隊長、進化個体“堅士”…』
「……はァはァ。クソったれがッ」
『…………』
リアンは手を体から突き放すと、ジリジリと音を立て、飛行型は停止したのだった。
その姿を見ながら、シンにリアンは渋々こう言った。
「……ありがとな」
シンは満面の笑みで笑っていた。
◆◇◆
【西側護衛団リアン部隊室】
一方、リアンに信号を送った銀髪で童顔の男“ルアト”がある画面を見て驚いて独り言を呟いていた。
「……え?一体じゃない?……嘘だろ?残り4体…!?」
「副隊長~!メシ行きましょ~腹減って死にそう」
ルアトに対し、お腹を押さえた金髪で糸の様な目をしている男がそう言って腕を肩に回す。
「レイゲン……。お前に折り入って頼みがあるんだけど、“すし”おごってやるから」
「はぁぁぁ!?“すし”ってあの“タコ”とかいうわけわかんないバケモン食う昔の食べ物っしょ?いやっすよ~副隊長~!」
「騙されたと思って、な?部隊長の手伝いするだけだから。“雷神”って言われてるお前ならイケるから」
「そ、そうっすか~?てへへ……うっひょ~!なら行ってきます!!!ばいなら!!!」
“レイゲン”と呼ばれる男はルアトの一言で、部隊の部屋を抜けて部隊長のいる東街へ早々と向かっていく。
「……こんな上手くいくと思ってなかったけどまぁ……いっか」
ルアトはそんな後輩の気の代わり様に少し困惑していた。