12話・二重進化能力者
《上層部会議室》
シン達が模擬演習にて切磋琢磨している中、上層部が会議室にて、幹部達がとある話し合いをしていた。
「……あのシンという男、一撃で八割を?」
メガネを掛けた黒髪ポニーテールの若い女がそう言うと、白い髭を蓄えた老人が困った表情でモニターを見ながら声を震わせる。
「あのォレイゲンが一撃で決めるのはわからんでもない。じゃがあれは……」
団長、副団長を含む幹部ら四名がシンの活躍に目を張り巡らせる。
そして白髭の老人は絞り出すような声で発した。
「団長ォ…こりゃなんとも酷いですぞ。貴方があれ程期待していた人物が、まさかの『越破』を持っているとは……アラギ様以来ですぞ?」
「確かに。団長補佐の貴方が仰る通り、これは今後またあの凶悪な過去を繰り返す可能性があります。また、たとえシンが『越破』を持つ人物ではなくとも、最近流行って来た“進化強化剤“なるものが裏で流通している要因も加味した上で判断をしっかりとお願いします。団長」
団長補佐と称された白髭の男に若いメガネの女はそう言って、団長へ返事を促した。
「……シンが『越破』か……。アラギさん。あんたの言う通りなら……」
団長であるリースが苦い感情を表情に写しながら、モニター内の気絶しているシンに目線を向けていた。
その態度に対し、メガネの女は思い切りデスクを手で叩きつけて声を荒げる。
「団長ッ!」
「副団長補佐」
「……ッ」
その声に対し、団長の横に座っていた副団長のロギが淡々と副団長補佐と呼ばれていたメガネを掛けた女に向けて言葉を投げかける。
「会議のマナー本に“机を叩きつけて声を荒げろ“と書いてあったか?」
ロギは冷静にその言葉を投げかけ、鋭い目線で副団長補佐を突き刺す。
「……ひッ……いいえ!も、申し訳ございません。出過ぎた真似をしてしまい、申し訳ありま───」
「言っておくが、君達の意見は正しい。確かにあの青年はとてつもない力で相手の体力を大幅に削った。でもそれが『越破』なのか強化された他の進化能力かなど今更審議するのは如何なものかと思う。現に今は査定のための時間であり、仲間同士で言い争いをする場では無い」
「……はい、その通りです」
副団長であるロギがそう言うと、副団長補佐は自身の下唇を噛み、黙り込んだ。
「は、話は変わるのじゃが……あの男はどんなやつだ?もう既にじゅっ、十名を撃破しているが…」
団長はモニター内に映っていた三白眼の男に指を当ててそう言った。
「……なんだと?」
その団長補佐の声に他の幹部らは、とある男に目線が行く。すると突然、団長であるリースが開口する。
「……アイツはうちの団員じゃない───」
「な、なんとォ!?」
「……そ、そのような事があるはずは…ッ!?」
幹部二人が驚きを隠さず焦りを見せる一方で、ロギ副団長は既に通信機を片手に連絡をしていた。
「リアン隊レイゲン伍長、サグラ隊サグラ隊長。直ちに侵入者を排除しろ。そして全新人に告ぐ、非常時により撤退を命ずる」
『りょうかいで〜す』
通信機からはレイゲンの軽い声が響く。
そして、次にサグラという男から連絡がロギの耳へ入ったのだった。
『殲滅許可ありがとうございます。報告ですが、もう既に二十名の負傷者が出ています。そして侵入者名を分析した結果、“ゼフォドラ“という右手の爪が異様に進化した半怪の男でした。そして奴はシンという新人団員を探しているそうです───』
サグラの低い声と共に、リースはまたもや苦い感情を顔に出して誰にも聞こえない声で呟くように言った。
「……アラギさん、あんたの言う“運命“が今始まろうとしてますよ」
そしてその瞬間、ロギはサグラに命令を下す。
その声は硬く重い意思で強い声であった。
「──ゼフォドラを絶対にシンに近づけるなッ」
「承知しました」
◆◆◆
《住宅街フィールド》
一方その頃、住宅街のフィールド内では大きな問題を抱えていた。
「……アラギッ……お前が憎くて憎くてしょうがねぇよォ……このゼフォドラ様から逃げられると思ってんのか……?ァァ……?」
三白眼の目つきが悪く、八重歯が特徴的なその男“ゼフォドラ“は右腕が大きな爪のような形をしており、体から黒紫色の異彩を放っている。
「……痛いよォ…」
「……」
「……」
「ハァ……ハァ…ッ」
そしてゼフォドラの周りには二十名近い新団員らが倒れ、目の周りに黒い靄がかかっておりもがき苦しんでいたのだ。
「アラギ……お前は俺の人生を壊した。だからよォ……俺ェ……お前の作ってきた礎も何もかも────」
ゼフォドラは奇妙に笑い、二十名近い新団員に向けて自身の大きな爪を振り上げる。
「───ぶっ壊してやるよォ……!!」
彼はそう言ってその大きな爪を思い切り振り下げる。そうすると黒い斬撃がそれぞれ倒れている新団員の背中に目掛けて飛んでいき、切り裂かれていく。
断末魔は酷いものだった。
まるで大虐殺を行う狂王のような表情で愉しそうな顔をしているゼフォドラ。
「アハハハハハッ……憎き護衛団のタマゴがァ……ハハハッ……!」
だが、そこに一人新人団員が歩いてきたのだ。
その者は自身をエリートと称するオレンジ髪の鎧を着た猛者“ミカヅキ“であった──。
「……やっとボクの出番だね。さっさとやられてもらうよ、誰かさ────」
“誰に口を聞いている“
しかしその瞬間、ミカヅキの頭に声がなだれ込んでくる。その声の主こそ、ゼフォドラ自身であったのだ。
「……ッ」
するとその時、ミカヅキの眼が黒く濁った色に侵食されていく。
「シンって奴を探し出せ」
『……はい、ゼフォドラ様』
──ミカヅキは濁った眼でゼフォドラにそう応えた。
◆◆◆
【上層部会議室】
「……なんていう事じゃッ!?団長ッ!なぜ部隊をもっと注ぎ込まないんじゃ!?」
「……」
一方その頃、上層部では大きな混乱を招いていた。
「な、何故ゼフォドラという人物は大きな爪を持っているのに……ッ。まるで洗脳みたいな“進化能力“まで!?」
「……そうじゃッ!確か二つ以上の進化能力を持つ事はあり得ないはず───」
「……」
団長補佐と副団長補佐が慌てている中、リース団長はやっと声を発した。
「“二重進化能力“だと思うぜ。アラギさんから俺は聞いただけだが、稀に二つ以上の進化能力を持つ者も居る。らしい」
それに対して、ロギ副団長は補足するように続ける。
「二重進化能力を持つ者は考え方が偏狂的であり、常人には理解し難い思想を持つ傾向がある。そして今現れた“ゼフォドラ“という人物は、前団長が追い払った反乱を起こした張本人であり、前団長アラギ様へ強い執着があったのだ。……やはりリース団長の仰る通りまさに二重進化能力を持つ者の特徴と一致する」
その言葉に団長補佐は困った表情でロギに訊いてくる。
「でも何故じゃ……アラギ前団長が務められていたのは十数年も前じゃぞ?それまで何度も基地の移転は行われていたはずで、ゼフォドラは政府連邦の所管する監獄、通称“方舟“へ収監されていたのじゃろ?」
「……あぁ、その特定に至った経緯が私にもわからないんだ」
「……うぅーむ」
ロギはそう言い終わると、リース団長へ視線を移す。
「……それにしても団長。貴方はいつもならこの辺で私に判断を任せていましたが、随分と真面目なんですね今回は」
ロギが皮肉っぽくそう言うと、リースは苦笑いをしながら答える。
「コイツはヤバいってアラギさんから聞いてるからな。……団の長として居ないってのはダメだろ?」
◆◆◆
《住宅街フィールド》
「“ライオット・ワン“。……お前のおかげでやりたいように出来るぜ、教えてくれて助かるぜ───」
ゼフォドラはそう言ってシンが居るエリアへと歩みを始めたのだった───。